映画やドラマに出演する俳優・女優は一見、華やかな存在であるが、我々と同じ人間である。途中で病気になったり、怪我をしたり、撮影途中に亡くなってしまうこともある。
 本稿でご紹介する事件は、今から40年近く前、あるテレビドラマに主演として抜擢された女優が、突然「自死」を選んだ衝撃的な事件である。

 1983年(昭和58年)、TBSは毎週木曜20時より単発のドラマシリーズが放送されていた。その中で、「人間が好きドラマシリーズ」と題されたシリーズ群は、人間ドラマを中心にしたものとして8本が連続製作された。

 その中の一本に、『赤い椿の物語』がある。実はこの作品、主演として抜擢された女優が、撮影途中に飛び降り自殺をし、話題になった作品だ。

 8月26日午前1時ごろ、神奈川県横浜市のTBS緑山スタジオの5階から女性が飛び降りた。女性は病院へ運ばれたが、頸椎骨折のため午前10時に亡くなった。
 亡くなったのは、42歳の女優・今泉陽子と判明。彼女は数日前から『赤い椿の物語』の撮影のため、緑山スタジオに滞在しており、5階の仮眠室で翌日の撮影に向けて休んでいるはずだった。

 今泉は「人形劇団ひとみ座」に所属する女優で、顔出しの女優としては決して常に陽の当たる存在ではなかった。そんな彼女が突然、TBSのゴールデンタイムの単発ドラマの主演に抜擢されたのだ。
 今泉が主演する『赤い椿の物語』は、朝日新聞のラテ欄によると、今泉演ずる人形劇団に所属する母親・牧子とその息子の物語で、牧子は厳しい演出家である浩一(竹脇無我)の指導を受けながら、人形劇『赤い椿の物語』の上演に向けて日夜稽古を続けていた。そんな中、牧子の一人息子である勇太が万引きで補導される……というストーリーであった。

 牧子の置かれている境遇が、人形劇団の女優である今泉にピッタリということで、白羽の矢が立ったのだと思われる。
 仮眠室から見つかった遺書には、「大変お世話になりました。人間は弱いものですね」と書かれており、自身の演技に自信が持てなかったことが大きかったと思われる。
本作の監督である松山善三、プロデューサーの石井ふく子は「悩みを聞いてあげたかった」と悔やんだ。

 なお、主演女優が突然亡くなったドラマ『赤い椿の物語』だが、今泉の出演するシーンは大部分が撮影完了しており、予定よりわずかに遅れて完成した。

 ドラマも同年9月29日に通常に放送され、不世出の女優・今泉陽子の最後の熱演が全国に届けられ、大きな反響を呼んだという。

文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)