12月15日深夜放送の『爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ系)で、訃報が伝えられた女優の浅香光代さんと、俳優でコメディアンの小松政夫さんとの思い出が語られた。

 太田光は、妻で所属事務所タイタンの太田光代社長の名前は、社長の母が浅香さんのファンだっため名付けられたという。太田は「それでそんな話もしていたらさ、すっかり良くしてくれてさ、たまに季節のあれで手紙が来て。それが巻物で、果たし状みたいなんだよな」と振り返った。これは相方の田中裕二も目にしたことがあるようで、「あんなのもらったことないよね」と浅香さんの達筆ぶりに驚きのようだった。

 さらに、小松さんと爆笑問題の初対面の場は、彼らが再ブレークするきっかけの一つとなった1993年の『NHK新人演芸大賞』だった。爆笑問題は、ここで大賞を得て、さらに同時期に放送していた『GAHAHAキング爆笑王決定戦』(テレビ朝日系)で初の10週勝ち抜きを果たし、知名度を上げていった。

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 太田いわく、それまでの『NHK新人演芸大賞』は落語家が大賞を取るのが暗黙の了解だったが、会場で爆笑問題が大受けだったため、異例の受賞となった。小松さんは審査員の一人であり、打ち上げの席で「爆笑問題、アンタはエライ!」と自身のギャグにかけた一言を放ち、大爆笑をさらったという。太田はこれには「やっぱり嬉しかったわけだよ」と当時の思い出を振り返っていた。

 この打ち上げの席では、関西の上方落語の噺家が延々と文句を付けていたエピソードも披露され、太田の思い出し怒りも見られた。これがきっかけかはわからないが、翌年から『NHK新人演芸大賞』は、演芸部門と落語部門に分かれることになった。

 これには、ネット上で「これはいいエピソードだな」「みんな亡くなっていくのは切ないね」といった声が聞かれた。爆笑問題と浅香さん、小松さんとの知られざる交流が知れる放送となった。