戦争から戻った兵士らが心の障害に苦しむことについて知って欲しいと、東京都内で資料や映像などの展示を行っています。ウクライナ侵攻が長期化しつつある中、取材しました。

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東京・武蔵村山市にある住宅の一角。中には、戦争に関する資料が天井からずらり。ここは「PTSDの日本兵と家族の交流館」です。

代表の黒井秋夫さん。見せてもらったのは黒井さんの父・慶次郎さんの従軍アルバムです。

黒井さんの父親は戦時中、満州などに派兵され、ゲリラ作戦などに参加するものの帰国し、終戦後、黒井さんが生まれました。

しかしその後、一度も定職に就くこともなければ1日中、一言も話さない日もあったといいます。

黒井秋夫さん「父親を通じて劣等感みたいなものはあった」

しかし、父・慶次郎さんの死後、黒井さんは、父親がPTSD(=心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいたのではないかと考えるようになったといいます。

そこで、この交流館を建て、多くのPTSDに苦しむ元兵士やその家族について知ってもらいたいと活動しています。

実際にこの交流館に来ていた人は――

初めて来館 菅原成子さん 「衝撃的でしたね。戦争は絶対いやという思いはずっと持っているけれど心が痛む」

3回目の来館 鈴木徳子さん「お友達に(この活動を)知ってもらいたい」

一方で、実は来館者の多くは小学生だといいます。週に2、3回はやってくるという美月ちゃん。

鷲美月ちゃん(9)「ちょっと重たくてちょっとこわい感じ」

美月ちゃんが持っているのは実際に使われた「銃弾」。戦争の恐ろしさを知ってもらいたいと思い、全国から寄贈してもらった火薬が抜かれた銃弾や手榴弾などの戦争遺品を触れるように展示しています。

黒井秋夫さん「これがウクライナではいま飛んでいて、これで死んでいる。非常に(戦争の怖さが)簡単に伝わる」

黒井さんは、ウクライナにもロシアにも、戦争によりPTSDを発症している人がいるはずだと訴えます。

黒井さん「その人たちはこれからも一生背負うわけです。一時も早く、いかに戦争を終わらせるかを本当に考えてもらいたい」

黒井さんは、戦争が終わるまでウクライナカラーの旗を掲げ続けるつもりです。