TV番組『元祖!大食い王決定戦』で大活躍し、近年はバラエティ等でも人気の“大食い魔女”菅原初代(58)。現在は岩手県でパン店を営む彼女に、「1日1食」という食事へのこだわりや、長年抱き続けてきたという“劣等感”、発達障害をもつ息子との生活などについて聞いた。《全3回の特別インタビュー第3回/第1回、第2回から続く》

 2016年に岩手県盛岡市内の自宅を改装し、パン店「カンパーニュ」をオープンした菅原。今も生地づくりから焼き上げ、販売まで一人でこなしているという。

「子供の頃からオーブンでクッキーを焼いたりするのが好きでした。料理も好きなんですが、不器用なので繊細な盛り付けができないんですよ。工作も下手で、学生時代、美術の成績はずっと2でしたからね。

 だから、手先の器用さや美的センスが要求される製菓は厳しいな、と。パンは材料の配合や温度、湿度など数字の計算が必要だけど、それは得意なんです。加えて造形の楽しさもある。同じように作っても空気の入れ方でパンの表情が変わったり。それを工夫していくのがすごく楽しいんですよ」

 しかし、始めたばかりの頃は失敗続きだったという。

「気温や湿度の変化に対応できていなくて、上手くいかなくなったことがありました。水分や発酵時間を調整したり、試行錯誤して。いろいろなアクシデントがあるけれど、そのたびに考え抜いて答えを出す。それは、大食いに通じるかもしれませんね。大食いも、結局は自分との闘いであって、難しい場面に直面した時に自分で努力して解決するしかないので」

経営する盛岡のパン店にて撮影 ©Wataru Sato

「今は、基本的に1日1食生活」

 パン職人の朝は早い。早朝3時半に起き、生地作りを始める。それでも、「パン職人の中では起きるのが遅い方だと思う」と笑う。パンを焼き上げて店頭に並べ、午前9時に開店し、夕方5時に閉店。その間、なんと食事はとらないそうだ。

「今は、基本的に1日1食生活。私は、食事と食事の間隔があいても、我慢できないほど空腹にはならないし、とことんお腹が空いてからドカッと食べたいんですよ。昼はまだ身体が活動している最中なので、食べると活動のパワーが落ちるような気がしちゃって。だから、軽くお菓子やパンを摘まんだりする程度ですね。それで、夜7時くらいに空腹がピークに達してから一気に食べるという感じです」

 このスタイルを確立したのは、10代の頃。

 1日3食きちんと食べなさい――。大人が異口同音に口にするこの言葉に、菅原は子供の頃から疑問を抱いていたという。

「1日3食」に菅原が疑問を抱いていた理由

「だって人によって消化能力やお腹の空き方は違うし、胃袋の大きさだって違う。それなのに、『朝、昼、晩と決まった時間に食べることが身体によい』と押し付けられるのは、すごく違和感があったんですよ。

『朝食はきちんと食べないとダメ』ってよくいいますよね。でも、私の場合、朝食を食べると具合が悪くなる。子供の頃はずっと起立性低血圧だったんですが、当時はそういった病名がきちんとついていなかったから、朝礼で倒れちゃうのも『朝ご飯を食べていないからだろう』って先生に言われたりして。

 でも、私の場合、頑張って朝ご飯を食べているのに倒れるんですよ。だから、『ムリして朝ご飯を食べても倒れるなら、食べる意味ないじゃん』って。中学生ぐらいまでは何とか頑張って食べていたんですが、高校生になってからは朝食は食べなくなりました。

 朝食を食べることの是非を問いたいのではないんです。朝食を食べたほうが体調がいい人は食べればいいし、そうでないなら食べなければいい。それぞれの身体や生活スタイルにあった食べ方をなぜ認めてくれないのか、ずっと疑問でした」

現在はYouTubeチャンネルにて大食い企画なども行っている ©本人提供

「左利きはみっともないから右に直しなさい」

 世間のマジョリティの価値観を頭ごなしに押しつけられることの苦しさ。菅原は食べること以外でも、それを子供の頃から感じてきた。利き手を左から右に矯正させられたこともその一つだという。

「今でこそ、利き手を無理に矯正することで生じるデメリットも知られていますが、当時は『左利きはみっともないから右に直しなさい』という風潮でした。だから、鉛筆もお箸も右にせざるを得なかった。

 授業中、板書するのも時間がかかるし、書くことに集中しないといけないので、何をやっているのか頭に入ってこない。それもあって、もともと苦手だった勉強がどんどん分からなくなっていって……。

 両親は仕事で忙しくて基本的にほったらかしでしたし、頼っても仕方ないと思っていた。

 ある時、図書館で本を読んで利き手を矯正することで心身に様々な悪影響が生じる可能性があると知り、自分の悩みの原因が少しわかった気がして。他の人が誰も調べてくれないから、自分で調べるしかなかったんです」

発達障害の傾向があると診断「ああ、やっぱりね」

 菅原が抱えた生きづらさには、利き手の矯正以外の理由もあったのだろう。2017年に『爆報!THEフライデー』の企画で病院で診てもらったところ、発達障害の傾向があると診断された。

「私が子供の時には発達障害という概念自体がなかった。でも、何年か前から『大人の発達障害』という言葉を見聞きするようになって、自分自身でも調べていたんですよ。だから、病院で診断を受けた時は、『ああ、やっぱりね』という感じでした。大人になってからは困ったことに対して自分なりのやり方を見つけて対処することができているので、医師からも治療は必要ないと言われたし、実際治療はしていません。

 ただ、今思い返してみても……子供の頃はしんどいことばかりでしたね」

 運動が苦手でボールを投げられない、手先が不器用で工作ができない、忘れ物が多い――。

 周囲の子が当たり前のようにやっていることができない。その事実は、年を追うごとに大きなコンプレックスになっていったという。

「本当は、『みんなにはできないけど私にはできること』もあったと思うんですよ。でも、家でも学校でもできることに目を向けてくれる人はいなかった。できない部分だけをクローズアップされるから、周囲の子が優秀で自分が劣っている存在だと感じてしまう。小学校時代はどの担任の先生とも打ち解けられなかったし、ずっと自分に自信が持てませんでした。

 朝食を食べられないことについてもそうだけど、心の中では『どうしてみんな分かってくれないんだろう』という思いもあったんです。でも、自分のことを誰も理解してくれなくてもそれが普通なんだろうなって。いつしか、そうやって自分を納得させるようになっていました」

©Wataru Sato

発達障害の息子は「ロケにも連れて行っていた」

 菅原が診断を受けるよりも前、彼女の一人息子は幼くして発達障害と診断されている。

「自分がつらい思いをしたからこそ、息子には劣等感を持たせたくない。できる限りのことをして寄り添ってあげたいという気持ちが強かった。息子は支援学級でのびのびと過ごすことができたから、その点は良かったと思っています。

 一方で、私の頃とは違って発達障害への理解が広がり、様々な選択肢がある時代に生まれた息子が羨ましいと思う気持ちもありました」

 2008年に離婚した元夫は、なかなか息子の障害を受け入れられなかったという。

「私が『病院で診てもらった方がいいと思う』といっても『そんなことを言い出すなんて、お前のほうがおかしい』っていう具合で。その後、様々なことがあって別居し安いアパートに息子とふたりで住んでいたんですが、息子はとにかく落ち着きがないので下の部屋にも横の部屋にも音が響いてしまう。その都度、謝りに行っていました。

 元夫とは、離婚をめぐってモメて、家庭裁判にまでなったので、私の留守中に息子を連れ去られるかもしれないという恐怖があり、テレビのロケにも連れて行っていたんです。でもやっぱりじっとしていられないから迷惑がかかる。スタッフさんにも事情を説明してありましたが、言っておいたほうが私の中で納得感があるというだけであって、相手にとっての迷惑の度合いは変わらなかったでしょうね。その息子は、今19歳。フードファイターほどではない、単なる大食らいに成長しました(笑)」

大食いは「自分が認められる場所」

 皆にできることができなくて劣等感を抱いた子供時代。しかし、今は大食いという他の人にはできないことでスポットライトを浴びている。

「それでも、どこか自信がないところがいまだにある。何も記録を残していないのに『絶対勝ちます!』って宣言したりとか、根拠のない自信を持っている子を見ると、うらやましいなって感じてしまう。私も、テレビでは自信満々に見えるかもしれないんですが、本当は漠然とした不安がいつもあって、『ひょっとしたら1回戦負けかも』と思ってしまったり。

 これは謙虚さとは違うんです。長年植え付けられた劣等感は、そんなに簡単には消えないんでしょうね」

 一方で、やはり大食いがアイデンティティになっている部分もあるという。

「自分が認められる場所があるというのは、すごく大切なことですよね。

 大食い大会の賞金とかテレビのギャランティはもらえるけれど、それだけで生活できるレベルじゃないし、お金が目的ではないんです。

 それに、撮影で東京に行くのも楽しみの一つ。上京したついでに、地元ではやっていない美術展を見に行ったりとか。そういう意味では、一石二鳥どころか三鳥、四鳥ぐらいの効果がある。

 いつまでたっても自信満々にはなれないけど、大食いで私の人生は一変したし、世界が広がって面白くなった。これは紛れもない事実なんです」

©本人提供

来年還暦でも「勝てる。だから続ける」

 来年還暦を迎える菅原。年齢に関係なく、できるかぎりは大食いを続けるつもりだという。

「とりあえず今はまだ食べられるし、勝てる。だから続ける。まだ動く洗濯機や冷蔵庫を買い替えるのはもったいない、という主婦根性みたいなものですかね。

 もし勝てなくなったら、ですか? それでも続けるかどうかは、その時になってみないと分からない。

 でも、大食いが出来なくなった時、自分がどうするのかと想像すると、ある意味楽しみでもあるんですよ。そこからが、また新しい人生の始まりになるのかもしれませんね」

文=音部美穂

photograph by Wataru Sato