平成の大食いブームで「史上最強」と呼ばれたレジェンド・ジャイアント白田(43歳)。2007年の「元祖!大食い王決定戦」を最後に現役を退いた後、現在はバラエティに“食べられない男”として登場し、度々話題を呼んでいる。現役時代の姿とは程遠い現在のキャラクターはどのようにして出来上がったのだろうか。(全3回/#2、#3も)

 2000年代前半、テレビ界が空前の大食いブームに沸いていた当時、数々の猛者たちがしのぎを削るなかで、圧倒的なスター性を放つ「大魔神」がいた。

 ジャイアント白田こと白田信幸(43歳)。

 2001年のTV番組「TVチャンピオン 全国大食い選手権」で準優勝デビュー。その5カ月後の同大会で優勝を勝ち取り、TBSの「フードバトルクラブ」では“大食い大魔神”の異名を取り、怒涛の連覇を成し遂げた。2006〜07年の「元祖!大食い王決定戦」で2連覇を果たして自らの箸を置き、引退から15年が経つ今も、その名と名勝負は大食い界に強く刻まれている。

食べられる量はピーク時の“6分の1以下”に

 現役時代に鍛え上げた最大12リットル超の胃袋を武器に、引退後の数年間はバラエティの大食い企画で活躍した白田。だが、現役を退いたアスリートの肉体が衰えていくように、鍛え上げられた胃袋も年々しぼんでいったという。

「世間的には大会もバラエティも同じ『大食い』のくくりで見られがちですけど、僕にとっては全くの別物なんですよね。胃のトレーニングをするのは本気で戦う大会のためであって、バラエティのためだけにするものではない。だからどんどん胃袋が小さくなっていくわけです。

『8キロだったら受けるよ』『6キロだったら受けるよ』って言っていたのが、いつの間にか2キロまで減っていて。いやこれ全く需要ないじゃん!って思ったんですけれど……(笑)」

 そう苦笑いする白田。12.5キロの食べ物を飲み込む胃袋は身を削るような食トレがあってこそ。大食いタレントではなく、“大食い競技”の一アスリートと捉えれば、現役引退とともに激しいトレーニングから身を引く判断はうなずける。

白田が“大食いを諦めた日”

 とはいえ、大食いができない元フードファイターにバラエティでの居場所はあるのだろうか。そんな白田の予想は、現場スタッフの思いがけない反応によって覆された。

「何年か前に、全盛期に30杯近く食べていたラーメンを、今ガチで食べたら何杯いけるのかという企画のオファーをもらったんです。こっちも久しぶりに『やってやるぜ』と燃えて挑んだら、5杯半くらいで箸がピタリと止まってしまって。ああやってしまった、ほんと申し訳ないことをしたと思っていたら、スタッフさんたちが『いや逆によかった』とゲラゲラ笑ってるんですよ。

 その時にもう無理しなくていいのかなと思ったんですよね。それ以降は『もうこれ以上の大食いはできません』と伝えて、たまーに条件の合うオファーがあれば受けるというくらいのテンションです。量食べる仕事はほぼほぼ断ってるし、積極的に受けているわけではないんですよ」

「もう全然食べられないけど、それでもいいですか?」

 そんな“食べられない白田”を登用し続けているのが「水曜日のダウンタウン」だ。

 中でも2018年にオンエアされた「テレビに食べ物が映ったら同じもの食わなきゃいけない生活、フードファイターなら24時間ギリ達成できる説」は、新たな白田の一面を見せた。企画では早朝4時から24時間、テレビを視聴して、番組に食べ物が登場したら、同じ食べ物が目の前に用意される。それをひたすら食べ続けるというものだ。

 地上波6局のうち、魔女菅原やアンジェラ佐藤など、現役大食い選手がそれぞれの局を担当する中、白田はフジテレビを担当したのだが、誰よりも少ない食べ物9品、飲み物7品を完食して早々にリタイアしてしまう。

「めちゃくちゃしんどかったですよ……。実はオファーが来た段階で『もう全然食べられないけどそれでもいいですか?』と伝えてはいたんです。ダウンタウンさんには色々といじってもらってね。逆にありがたかったですよ(笑)」

 食事の品数を超える17本のタバコを次々と吸い、目の前の食事に手を付けない姿は話題を呼んだ。ダウンタウンの松本人志からは「2年くらい前から『アイツを干せ』と言っているんですけど……」といじられる始末。この企画で白田の“食べられないキャラ”は確立したように思える。

現在は大阪・道頓堀にて『串かつ しろたや』を経営中

『水ダウ』印象深い企画は「大食いミックスルール」

 ダウンタウンと白田の交流は「水ダウ」以前に放送されていたバラエティ番組「リンカーン」にさかのぼる。大食い企画にとどまらず、「人間ローションボウリング大会」など数々のコーナーに出演した。

「人間ボウリングは自分の身体にローションを塗って、レーンを滑ってピンを倒すんです(笑)。それ以外にも、芸人100人くらい集めて回転寿司を食い尽くすという企画もあって。芸人とプロレスラーがギブアップすると、最後に大食いチームが呼ばれるんです。そういうチャレンジ系の企画で何回か面識もあって、ダウンタウンさんからしても『白田、適当にイジってもいけるやろ』と思われているんでしょうね(笑)」

 そんな縁もあり、「水ダウ」でも数々の大食い企画に参加してきた白田。一番印象深い企画を尋ねると「大食いミックスルール」だそう。番組恒例のいわば“異種格闘技戦”だが、記念すべき第1弾となる2015年の「大食い×柔道」に出演した。

 この企画は大食いのジャイアント白田と柔道家の篠原信一がそれぞれの競技で交互に争うというもの。ルールは柔道で一本をとれば「一本」、大食いは巻き寿司を1本食べるにつき「一本」とする。大食いと柔道各1分30秒の計3分を1ラウンドとして3回勝負で行われ、より多く「一本」を取った方が勝ちとされた。

「オファーが来た時は『なに言ってるんだ?』と思いましたけど、いざ収録が終わったら『こりゃおもしろいぞ』とめっちゃ手応えを感じたんですよね。スタッフさんたちも『とんでもない企画を発明した!』って大盛りあがり(笑)。ミックスルール企画はすごく思い入れがあるので、その後も頑張ろう、いっぱい食べようというモチベーションでやってきましたね」

一番きつかったのは「大食い×ボウリング」

 史上初のミックスルール対決が話題となり、その後もラーメンの替え玉を食すと球を投げられる「大食い×ボウリング」、寿司1貫を食べると問題文が1文字読める「大食い×クイズ」など数々の対決に登場してきた。

「一番きつかったのは大食いボウリング。初めは1玉食べたら1球だったんですけど、僕もプロボウラーも『無理無理』ってなって……。

 大食いクイズのときは内心ちょっとイラッとしましたね(笑)。最終問題の『大食い難関オセロ』(※マス目に表示された料理名を漢字で答えるor料理を食べてヒントをもらうルール)なんて、東大王チームはひと口も食べることなく答えられるから。大食い要素が完全に破綻していました(笑)。

 ちなみに、いつもオファーが来るのは直前なんですよ。『来週って空いてますか?』みたいなノリで電話がかかってくるんです」

食べられない姿「最初はむちゃくちゃ抵抗がありました」

 大量の食べ物を目の前に弱音を吐き、タバコ休憩を挟み、食事を横目に酒をかっ食らう。今や“食わない白田”は大食い企画の見どころの一つとなり、登場するたびにSNSで話題を呼んでいる。

 だが、大食い選手としてのプロ意識が高かった分、食べられない姿をさらすことへの抵抗はなかったのだろうか。

「最初はむちゃくちゃ抵抗がありましたよ。バラエティとはいえ、大食いの白田なのにこの記録はしょぼすぎると思って、こっそり胃の容量を増やして臨んでいた時期もありました。だからといって、そんなに食べられるわけでもないし、仕事で大食いする機会が減っていくにつれて、胃がどんどん縮んじゃうんですよ。

 もう抗えないなって思ったときに振り切って、今のスタイルを確立しました。今は大食いする気もないですから(笑)。食べられないのをイジられることへの抵抗感は全くなくなりましたね」

大食いできない白田がバラエティで愛される理由

 大食いができなくなってもなお、白田がバラエティで愛され続ける理由。それは規格外の強さを誇った現役時代との、激しすぎるギャップゆえだろう。

「やっぱり現役当時の記録でいったら、僕がもう最強でしたからね。何年か前、バラエティ番組で大食い選手を50人くらい集めた、“業界あるある”のアンケート番組があったんです。その時に『この中に自分より強いと思う選手がいるか』との質問があって、僕だけが『いいえ』って答えたんですよね。まあカットされましたけど(笑)。

 それくらい自負があるし、現役時代の胃の容量では誰にも負ける気はないですね。黄金時代を知っている人たちも『やっぱり白田が最強だよね』って思ってるだろうし。だからこそ今とのブレ幅が大きくて、それはそれで面白いのかな」

《つづく》

文=荘司結有

photograph by Shiro Miyake