負けてもおかしくない試合だった。

 同点に追いついた9回1死満塁。坂本勇人内野手(巨人)がドミニカ共和国の5番手、ハン・マリネス投手の初球を振り抜く。センターに舞い上がった打球を見上げたエミリオ・ボニファシオ外野手は2、3歩で追うのを諦めてがっくり肩を落とした。

 打球が中堅フェンス手前に弾んだときには、もう三塁側の日本ベンチはもぬけの空だった。全員が坂本の元に駆け寄り抱き合い、苦しかった五輪初戦白星発進の喜びを爆発させていた。

「すごく重い雰囲気で試合が進んでいると思っていた。本当にみんなでもぎとった勝利だった」

 こう振り返ったのは坂本だ。

投手交代が裏目に出た

 ドミニカの先発を託された巨人のC.C.メルセデスは、予想通りの素晴らしいピッチングで日本打線の前に立ちはだかった。

 1回に3番の吉田正尚外野手(オリックス)に左前安打を打たれたものの、2回から6回までを無安打に抑え、許した走者は四球の2人だけ。一方の日本の先発・山本由伸投手(オリックス)も立ち上がりに安打と死球で1死一、二塁のピンチを招いたが、そこを切り抜けると2回以降はこちらもほぼ完璧なピッチングでドミニカ打線を封じ込んでいった。

 坂本が言うように「重い雰囲気」で試合は進んでいったが、その均衡が破られたのが7回だった。

「今日は投げても100球まで、いっても6イニングまでくらいと決めていた」(建山義紀投手コーチ)と、球数88球の山本を交代させて、日本ベンチはこの回から2番手に青柳晃洋投手(阪神)を送り出したが、この交代が裏目となった。

 先頭のホアン・フランシスコ内野手に中前安打を許すと2死一、二塁から、チャルリエ・バレリオ捕手に外角のシンカーを左中間に運ばれて2点の先制を許してしまった。

 その裏に浅村栄斗内野手(楽天)と柳田悠岐外野手(ソフトバンク)の単長打で作った二、三塁から内野ゴロの間に1点を返したが、9回には栗林良吏投手(広島)が1点を失い、再び2点差とされる絶体絶命の状況となってしまう。

薄氷の勝利の裏に、ベンチのミスがいくつかあった

 しかし最後の最後に柳田の一塁ゴロでベースカバーを怠ったドミニカのクローザー、ハイロ・アセンシオ投手のプレーからチャンスをつかみ、代打・近藤健介外野手(日本ハム)の右前安打、8番・村上宗隆内野手(ヤクルト)の右前タイムリーと甲斐拓也捕手(ソフトバンク)のスクイズで同点に。さらに1番の山田哲人内野手(ヤクルト)の中前安打の満塁から最後は坂本が決めてみせた。

 国際試合はどうしても手探りの試合が多くなる。試合が膠着してなかなか動かなくなり、1つのミスや誤った判断で、一気に流れが相手にいってしまう。そんな難しさ、恐さを改めて思い知らされた初戦だった。その中で日本代表はまさに薄氷を渡る危うい勝利をつかんだ訳だが、この危機を招いた一端にはベンチのミスがいくつかあったことも見逃せない。

 1つは2番手・青柳の投入である。

「2番手で行くと言われたのは5回くらいだったと思います」

 本人がこう振り返った登板。しかし実はそのずっと前に青柳はブルペンに走っていた。

青柳がリリーフのマウンドに立ったのは1度だけ

 そもそも青柳はプロ入り以来、リリーフのマウンドに立ったことは1度しかない。しかもそれもプロ1年目の2016年のことで、以来ずっと先発一本で投げてきた。そしてこの投手の独特の投球モーションから生まれる間合いは、先発で試合を作りながら投げることで生きるものでもあった。

 そうした特長も考慮して、代表チームで与えられていた役割は、連戦が続くときの先発か、もしくは先発が早めに崩れた際にマウンドに上がる第2先発のはずだった。それなら試合前から先発と同じ調整をして、同じリズムでマウンドに上がれる。

 この試合でもまず与えられた任務は、その第2先発だったのである。

建山コーチ「青柳には悪いことをした」

 開幕戦の緊張もあり、初回に先発の山本がバタつくと、すぐさま青柳はスタンバイに入っていた。しかし緊張感の解けた山本が2回からは完全に立ち直って快投を見せたことで出番は無くなった。ところが5回になると中継ぎの2番手での登板を告げられ、再び準備を始めることになったのである。

「青柳には悪いことをした」

 試合後にこう語ったのは建山コーチだ。

「7回はどんどん専門のリリーバーに託していくところを、ちょっと僕の中でこだわりが強すぎた。山本から変則に、というところで……。彼に負担をかけてしまったのは反省しなければならない」

 いきなりトップギアで相手を押さえ込んでいくリリーバーには、リリーバーなりの独特のリズムがあり、準備もある。だからこそ今回の五輪でもリリーフの専門職や経験者を揃えて、まず後ろから逆算できる投手陣を作ったはずだった。ところが相手打者のリズムを崩す変則モーションにこだわりすぎて、不慣れな青柳を2番手に指名してしまった。

 そのベンチの判断がピンチを招くことになった訳である。

攻撃での“疑問の判断”とは?

 攻撃でも疑問の判断があった。

 1点差で迎えた8回の攻撃だ。

 この回先頭の山田が四球で出塁して、坂本の打席。ここでセットが1.6秒とモーションが大きいマウンドのホセ・ディアス投手に対して盗塁などで揺さぶることなく、あっさり送りバントを選択したことは仕方ないとしよう。しかし坂本がきっちり送った1死二塁から吉田の左前安打で山田が本塁に突っ込んで憤死したプレーが2つ目の疑問符だ。

一か八かのバクチを打つ必要があったのか

 三塁コーチャーの清水雅治外野守備走塁コーチがなぜ回したのか。三遊間で弾んだ打球に走者の山田は一度、止まりかけて再びスピードを上げて走り出した。タイミング的にはかなり微妙で、しかも打順は4番の鈴木誠也外野手(広島)から浅村、柳田と続いていく。

 ここで果たして一か八かのバクチを打つ必要があったのか。

 硬さが見えたのは選手だけではなかった。こうして試合を振り返ると、ベンチを支える首脳陣にもいつもと違う緊張感が見え隠れしているのは、五輪という大舞台の初戦ゆえのものだったと思いたいところである。

「侍ジャパンはいつも初戦が重たくて、強化試合でも初戦は負けるし、ベネズエラのときもプレミア(2019年のプレミア12大会)のときもそうだった。慣れたらいけないけど、そういう雰囲気から解消されるのには少し時間がかかるのかなって」

 こう語ったのはコーチ陣のまとめ役でもある金子誠ヘッド兼打撃コーチだった。

「人数が24人という中でやると言うのは初めてだったので、今日は勝ちにつなげることができましたけど、終盤での選手起用と言うのは非常に我々もやっていく中で議論もしましたし、そこの難しさを感じました」

 試合後に稲葉監督はベンチ入りメンバーが通常より1人少ない五輪の難しさをこう語っている。

他チームの2番手、3番手の投手は必ず質が落ちる

 ただ逆に言えばメジャーリーガーが参加しない五輪では、トップ選手を揃えた日本の一番のアドバンテージは、24人の選手全員のレベルの高さにある。ある意味、寄せ集めの他チーム(韓国はちょっと違うかもしれないが)は、2番手、3番手で出てくる投手は必ず質が落ちることは、プレミア12などで経験してきたことでもあるはずだ。必ず終盤に得点チャンスはやってくる。あとはどう選手の状態、コンディションを把握して、ベンチがどう臨機応変に起用できるかなのである。

 世界一に輝いた19年のプレミア12で、稲葉監督は予選から8試合で8通りのオーダーを組んだ。おそらくこの五輪の戦いも、不動のオーダーには拘らず、そうして選手の調子を見ながら柔軟に動くことがポイントになるはずだ。

 初戦は最後は選手に助けられた。しかし金メダルを獲るためには、ベンチワークのミスは命取りとなり、そして稲葉監督のタクトが大きなカギを握る。そのことは紛れもない現実でもある。

 31日のオープニングラウンドの残るメキシコ戦で、いかに首脳陣がいま現在のチーム状況を的確に把握し、どうチームを機能的に動かせるようになるか。勝負のノックアウトステージに向けて、そこが第2戦とこれからの戦いのポイントとなる。

文=鷲田康

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