近年、世界の女子ゴルフツアーを席巻しているのが韓国人選手であることは、それぞれのランキングを見れば一目瞭然だ。

 今季は世界ランキング1位にユ・ソヨン、5位にチョン・インジ、7位にパク・インビ、9位にエイミー・ヤン、10位にキム・セヨン、11位にパク・ソンヒョン、13位にジャン・ハナ、15位にイ・ミリムと韓国人ゴルファーが上位にその名を連ねている。ニュージーランド国籍を持つ同4位のリディア・コも韓国出身選手だ(7月10日時点/以下同様)。

 日本人選手の世界ランキング最上位が野村敏京の19位と、その実力は大きく引き離されている感がある。

 一方、日本女子ツアーに目を向けると、賞金ランク1位で今季3勝のキム・ハヌル。その下にはイ・ミニョン(3位)、全美貞(5位)、アン・ソンジュ(7位)、申ジエ(11位)が続く。今年は少し調子を落としているが、2015年と2016年の賞金女王のイ・ボミ(19位)の強さと人気は、日本でも大きな社会現象になった。

 なぜここまで韓国人女子ゴルファーは強いのか――。

 その答えをひとつの要素だけで決めつけるのは難しいが、その強さの理由が垣間見られる壮絶エピソードは数多くある。

申ジエ、キム・ハヌル、イ・ボミ。同い年のスター選手。

 国内女子ツアーの現場で数多くの韓国人選手に話を聞いたが、筆者がかなり驚かされたのは申ジエ、キム・ハヌル、イ・ボミの3人のエピソードだった。

 彼女たちに共通するのは、1988年生まれであること。裕福な家庭でないが、韓国ツアーの賞金女王のタイトルを手にしたという事実がある。

 そして重要なのが、その時代背景である。

 彼女たちが生まれて9年後の1997年、韓国は通貨危機による経済難を経験し、国家破綻寸前まで追い込まれていた。

IMF経済危機の最中、輝いた朴セリの偉業。

 通称“IMF経済危機”。

 国民の生活は困窮していた。

 そんななか米女子ツアーで輝きを放ったのが、国民的英雄の朴セリだ。

 米ツアー参戦1年目となった1998年の全米女子オープンにおいて、「20歳9カ月」での史上最年少優勝(当時)を果たし、同年の全米女子プロゴルフ選手権でも優勝した。メジャー2勝という驚くべき快挙は韓国で瞬く間に大きなニュースとなり、その偉業がテレビで生中継されて多くの国民が勇気づけられたというのは有名な話だ。

 ちょうどそのころ、イ・ボミ、キム・ハヌル、申ジエらの両親も「娘を朴セリのようにさせたい」とアメリカンドリームを夢見て、ゴルフを勧めている。彼女たちが“朴セリキッズ”と呼ばれるのもそうした所以だ。

貧しい中でゴルフを続けていた矢先に、母の死が。

 申ジエの父はスポーツ万能で、バドミントンを愛好し、ボウリング競技では国体選手だった。ただ、結局プロスポーツ選手にはなれず、獣医になり、さらに牧師に転身したという変わり種でもあった。

 そのせいか、娘にはスポーツをやらせたかったらしく「積極的にゴルフを勧められた」(申ジエ)という。

 真剣にゴルフに取り組む申ジエに不幸が訪れたのは中学3年生のときの2003年。父と練習している間に、練習場に送ってくれた母が車でトラックと正面衝突して帰らぬ人となったのだ。

「車に乗っていた妹と弟は入院し、家庭の事情も良くなかったので、当時はあまりいい記憶はありません」

 申ジエには、こんな逸話がある。

 家に十分なお金がなかったため、食費や宿代はいつも節約していた。大会当日の朝には、必ず「キムパプ(韓国海苔巻き)」を作ってもらって持参していた。ゴルフを始めたと言っても、プロとしての将来がそう簡単に見えるはずもなく、とてもそのままゴルフを続けられる状態ではなかったという。

 そんな時に、母が亡くなったことによって保険金を受け取ることとなった。

 そして、いくつかの借金を返済し終えて1700万ウォン(約170万円)が手元に残ったのだという。

「その1回のミスで一生後悔するという事実を」

 その時、父は娘にこう言った。

「母が命と引き換えに残してくれたお金だ。このお金で一生懸命ゴルフをさせるから、一緒にがんばろう」

 その時から、申ジエはゴルフに対する考え方が完全に変わったという。

「これまでは『ミスしても経験だ。次にがんばれば良い』という考えでしたが、その1回のミスで一生後悔するという事実を知り、後回しにせず、目の前のことをしっかりすると決めたのです」

 その決意がよく表れているのが……数々の過酷な練習エピソードだ。

「20階建てのアパートの階段を毎日7往復しました。中高時代、5年間続けました。手を抜いて階段を歩いているんじゃないかと、わざわざ父がエレベーターでチェックしに来ていましたね。ゴルフの1日の練習は13時間。すべては父に喜んでもらうため、家族のためでした」

 韓国ツアーでは3年連続賞金女王となり、2009年には米ツアーの賞金女王に。'10年には世界ランキング1位にまで上り詰めた。

 日本ではプレー中、いつもニコニコしている印象だが、その裏には深い悲しみを乗り越えた強さが備わっている。

貧しさの中でも、ゴルフ教育だけは支え続けた。

 今季の日本女子ツアーで賞金ランキング1位を走るキム・ハヌル。

 韓国では“スマイル・クイーン”の愛称で抜群の人気を誇り、2011年と2012年の賞金女王でもある。

 ゴルフの実力だけでなく、美女ゴルファーとしても注目を集める彼女からは一見「裕福な家庭」を想像しがちだが、実は全くの正反対なのだ。

 当時、父親は造形・美術関係の仕事をしていたが、そのほかにもさまざまな職を転々としていた。キム・ハヌルは「とにかく裕福ではなかったし、父はいつもお金がなくて困っていました」とハッキリと記憶している。

 やはり朴セリに感化される形で、12歳からゴルフを始める。ただ、当時の韓国は用具、練習場代、ラウンド代と何から何まで高額で、ゴルフの練習を続けられる家庭環境ではなかった。

 それでもキム・ハヌルは「ゴルフを続けさせてほしい。成功する自信がある」と父を説得し、「娘のためなら」と父は必死に働いたという。

ボールを1個しか持っていないのに大会で優勝。

 中学生の時、ある試合に出場したキム・ハヌルは、その時ボールを1個しか持っていなかったというのだ。

 それを見かねた父親が「ゴルフ場のショップでボールを買ってこい」と言い、財布を丸ごと娘に渡した。彼女はショップに行って、1スリーブ(3個入り)のボールを買おうとしたが、その値段が日本円にして3000円ほどだったという。

 ボール1個が1000円。

 今では考えられない価格だが、当時の韓国ではゴルフが“富裕層”のスポーツであったことがよく分かる値段だ。

 キム・ハヌルが財布の中身を確認すると、全部で3000円ほどしか入っていなかった。娘は何も買わずに店を出て、父に財布をそっと返した。

「結局、ボール1個で試合に出て、2日間の36ホールをプレーしました。ボールを一度もなくすことなく、優勝したんです」(キム・ハヌル)

 みじめな思いや悔しさをバネにし、悲壮な覚悟で挑んだ結果が優勝へと導いた。

 こうした過去を今でこそ笑って語れるようになったキム・ハヌル。だが、思春期の彼女がどのような気持ちで当時、大会に臨んでいたのかを想像してみると……並大抵の精神の持ち主でないと言わざるを得ない。

イ・ボミを支えていた、苦労人だった父の応援。

 いつも笑顔のイ・ボミは2014年9月に最愛の父を病気で亡くした。

 当時の彼女の喪失感は相当なもので、みるみるうちに体重が減り悲しみに暮れる姿が本当に痛々しかった。

 イ・ボミが12歳からゴルフを始めた理由も、実は父の勧めだった。

 いつもツアーに帯同している母のファジャさんは「父が朴セリの大ファンで娘にゴルフを勧めたんです」と教えてくれた。

 父は電気技師として働いていたが、経済的なゆとりはなく、母も地元で飲食店を営業して家計を切り盛りしていた。父はゴルフ熱心で、イ・ボミを自宅からゴルフ練習場まで車で1時間30分かけて毎日送り迎えしていたほどだったという。

「今の私があるのも、父が苦労をいとわず、思い切りゴルフをさせてくれたからなんです」

 父への感謝をそう口にするイ・ボミには、必ず果たさなければならない約束があった。

「賞金女王になってほしいという約束。それを果たすためのモチベーションもありました。それが2015年と2016年シーズンでした」

自分の目標より家族への恩返しが重要という価値観。

 それに加え、イ・ボミがよく口にしていたのが“一家の家長”になったことへのプレッシャーだった。

 大黒柱である父親が他界し、母はツアーに帯同していた。姉は結婚して家を出ていたが、独身の妹2人は韓国でまだ仕事を続けている状態だった。つまり、ひとつの家族を支える“長”がイ・ボミになってしまったわけだ。

 当時、イ・ボミはこう語っていた。

「まさか自分がそんな立場になるとは思っていませんでしたが……今ではその責任感を背負う覚悟ができました。ときに気が重くなることもありますが、乗り切っていかないといけないですよね」

 イ・ボミ一家は敬けんなクリスチャンだ。

 ティショットを打つ前に十字を切ったり、大会期間中のホテルでも寝る前にするお祈りは絶対に欠かせないルーティーンだ。ただ、いくらクリスチャンとはいえ、儒教が根強く残る韓国。イ・ボミもまた両親を敬い、姉妹を大事にするというところに、まだまだ“儒教精神”が宿っていると感じる。

 自分の目標よりも家族への恩返し……一家を支えるためにゴルフを続けるという気持ちが、158cmという小さな体を今も支え続けているのだ。

悲壮な覚悟で一家全員がゴルフを続けさせて……。

 3人の経験談に共通するのは“親”だ。

 そんなゴルフ教育に熱心な親同士の会話のなかで、冗談とも本気ともつかない、韓国ゴルフ界に伝わる言葉がある。

「1年で家計が破たんしてしまいそうならカジノに行きなさい。10年で破たんしそうならば子どもにゴルフをさせろ」

 子どもを使ってゴルフで一攫千金を狙うようなこの言葉は、なんとも聞こえが悪い。だが、それくらい悲壮な覚悟で一家全員が1つの目標に向かってゴルフを続けているという証拠でもある。

 世界最高峰の舞台である米女子ツアー、そして今や大人気となった日本女子ツアーで、多くの韓国人選手が活躍できるのは、単なる偶然ではないのである。

文=キム・ミョンウ

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