20歳の若武者は、海を越えてもその才を存分に発揮している。

 サガン鳥栖から日本代表のキャプテン・長谷部誠が所属するフランクフルトに移籍をしたMF鎌田大地は、来季に向けて始動したチームに合流すると、7月4日のヘフトリヒとの練習試合でスタメン出場を果たした。

 立ち上がりの4分に相手マークを剥がす動きで裏のスペースに顔を出し、ボールを受けると正確なラストパスで先制弾をアシスト。挨拶代わりのプレーを見せると、18分には今度は頭で追加点をアシスト。2アシストという最高のデビュー戦を飾り、早くも期待の戦力として注目を集めている。

 京都の東山高校から2015年に鳥栖に入団した時は、ルーキーイヤーの4月8日に行なわれたナビスコカップ(現・ルヴァンカップ)の新潟戦でトップチームにデビューし、5月10日の松本戦でJ1リーグの初陣を踏んだ。以降、トップ下やボランチとしてコンスタントに試合に出続け、1年目でリーグ21試合出場3得点をマーク。

 2年目となった昨年はスタメンに定着し、リーグ28試合出場で7得点をマーク。3年目の今年は背番号が24から7に変わり、絶対的な存在としてチームに君臨。そして、6月にフランクフルトに4年契約の完全移籍が発表された。

高校時代は、最前線のストライカーだった。

 鳥栖での鎌田のイメージは“パサー”だが、高校時代は全く違った。パスももちろん非凡なものを持っていたが、彼が最前線で仕事をするストライカーだったことは、あまり知られていない。

 それもそのはず、彼の高校3年間は、全くと言って良いほど無名の存在だったからだ。

 G大阪ジュニアユースから京都の古豪・東山高校に進学した彼は、センターフォワードとして1年時から出番を掴み、高2で一気にその才能を開花させた。

 彼はプリンスリーグ関西で“無双”と形容するに相応しい活躍を見せたのだ。背番号14を背負い、180cmの高さとフィジカルの強さを持ちながらも、アジリティーとずば抜けたボールコントロール、シュートバリエーションに秀でた万能型ストライカーとして、前線で大暴れした。

ボールを受けると、時間が一瞬止まる!?

 関西の関係者から、「あのでかくて、速くて強くて、しかも異常に上手い14番は一体何者なんだ!?」と驚愕されるほど、彼のプレーは群を抜いていた。

 プリンスリーグ関西では全18試合に出場して22ゴールを叩き出し、チームを高円宮杯プレミアリーグ参入戦に出場できる3位に押し上げた。その勢いのままゴールを奪い続け、チームをプレミアリーグへと導いたのだった。

 彼のプレーの最大の魅力は、独特の“間”にある。

 ボールを受ける時に背筋がピンと伸びているため、180cmの身長がさらに大きく見える。バイタルエリアやペナルティーボックス内でも同じで、余裕を持ってボールを受けるため、DF陣はむやみに飛び込むことが出来ない。

 まず卓越した足下の技術を存分に生かし、ファーストタッチで最適な場所にボールを正確に置く。さらに上体を起こして視野をしっかり確保し、シュートなのかラストパスなのかの選択をギリギリまで使い分ける。そのため見ている者は、まるで時間が止まったような感覚を受けるのだ。

会話にも、鎌田には独特のリズムがある。

 そして独特の“間”は、彼の性格にも当てはまる。彼を取材する時、会話に独特のリズムがあるのだ。

 こちらが質問を投げかけると、少し考えてからゆっくりと話しだす。その繰り返しだ。高校生の選手だと、質問に対して気を使って早く答えようとしたり、回答がすぐに出てこないという初々しい場面がよくあるが、鎌田はむしろ大人以上に、落ち着いてじっくりと回答をする珍しいタイプだった。

 印象的だったのは、彼が高3に上がる直前の春のフェスティバルで話をしたときのこと。

「プレミアリーグに上がることが出来たのは、先輩達の力のおかげ。僕らの力で上がって来たわけではないんです」

 謙虚な物言いからスタートしたが、徐々に話が自分のことになってくると、彼の強い意志が顔を出した。

「もっと点にこだわるプレーヤーになりたいんです。去年はまだ感覚でプレーをすることが多かったのですが、今年はもっと相手を観察して、より相手の意図を外してシュートが打てる選手になりたい。そうしないと怖くない」

「22歳でプロになるのは絶対に遅いと思うんです」

 最初はゆっくり話していた鎌田だが、徐々にその声量が大きくなり、言葉の数も増え出した。それがピークになったのは、プロ入りに向けての話のときだった。

「大学という選択肢もあるけど、高卒で即プロ入りにこだわっている?」と質問をすると、間を置かずに、こう口にした。

「確かに大学進学というのも必要な道かもしれません。でも僕からすると、大学を卒業してプロ入りするときは、もう22歳なんです。世界的に見て、22歳でプロになるのは絶対に遅いと思うんです。僕は高校から直接Jリーグに行って、1年目から出ることが理想だし、そうしないといけないと思っています。僕はさらにその先も考えています。もちろん、やれる自信はあります」

 この言葉には、かなりの力があった。彼の目には“自分の進むべき道”が見えていたのだ。高卒プロ入り、1年目から出場、そしてその先、つまり世界へ――。

 高2の段階で、彼はそれをはっきりと視野に捉えていた。

キャプテンに立候補するも、監督は……。

 そして目標の実現に向けて、彼は高校時代から動き出していた。より相手の逆を取ってゴールを決めるストライカーになるためのトレーニングに加え、精神的な成長を求めるべく、新チームのキャプテンにも立候補したのだった。

「監督、俺にキャプテンをやらせてください」

 鎌田は、東山高サッカー部の福重良一監督にそう直訴した。だが福重監督は、鎌田のこの意志を叶えていいか、ためらっていた。

「サッカーに関しては凄くレベルの高い考えを持っていた。上級生がいなくなって、自分がプレー以外にも引っ張る存在にならないといけないと言う自覚から、キャプテンになりたいと言って来たんだと思います。ただ正直それまでの大地の性格は、ちょっとわがままだし、『サッカーだけやっていればいい』という感覚も見られた。みんなに声を掛けて、全体を巻き込んで引っ張るというより、俺が点を獲ればいい、という意識が強かった。そうなるとみんなが離れて、チームがバラバラになる可能性があると思った」

 福重監督はこの懸念を直接本人に伝えた。すると鎌田はこう答えたという。

「それでもやります。やらせてください」

周りに目が届くようになり、パスの質にも影響。

 予想以上の意志の強さを感じた福重監督は、「お前にキャプテンを任すことは、俺も覚悟せなあかん。やってみろ」と、鎌田を信じる決断を下した。

 キャプテンに就任した鎌田は、チームがプレミアリーグウエストで苦戦する中、最前線で仲間を鼓舞しながら、どんな状況でもゴールを目指し続けた。

 結果にはつながらずリーグ戦は最下位に終わりプリンスリーグ関西へ降格となってしまったが、10得点をマークし、最後までキャプテンとしてチームを引っ張った。リーダーとしての自覚と共に、ストライカーとしてのスケールも増大させた。

「周りに気を配れるようになったし、本当にこの1年間で大人になった。フィニッシュの精度はもちろん、周りにより目が届くようになったことでパスの質も向上した」

 そう福重監督が目を細めるほど、順調な成長を遂げたのだった。

「なぜ俺を使わないんだ?」と明言。

 そして、2015年に鳥栖に入団。冒頭で書いたように、2014年の春に語った言葉を次々と具現化させていくサッカー人生をスタートさせた。

 トップデビュー2戦目となったFC東京戦後のコメントが、印象に残っている。この試合、彼はトップ下ではなくボランチで出場すると、「ボランチと聞いてびっくりしましたが、落ち着いてやれた」と終始安定したプレーと、相手の意表を突く縦パスを繰り出し、及第点以上のプレーを見せた。

 そして、試合後に「1年目でデビューをすることができた感想は?」と聞くと、「開幕の時から『なぜ俺を使わないんだ?』と思っていました。それで森下仁志監督(現・ザスパクサツ群馬監督)と1時間話し合ったりもしました」とはっきりと口にした。

 思ったことは直接しっかり伝える。そして、自らの示した意思表示に対して責任を持って実現する。高校時代から変わらないこの姿勢こそが、彼の魅力であった。

 成長するためには決断を怖れず、自分が決めた目標、道を前進して行くためならば主張もする。そして、高校時代に培ったストライカーの気質を、鳥栖でパサーと呼ばれるようになっても、きっちりとゴールという形で残すことに成功した。だからこそ、プロ3年目で“その先”である海外に渡ることが出来た。

 今の鎌田ならば、ドイツの地でも時間と空間を操るプレーで目の肥えたサポーター達を納得させてくれるはずだ。献身性と明晰な頭脳を売りにする長谷部とは違った、独特の“間”と強烈な主張を持った異質な日本人が、今年のブンデスリーガをより盛り上げてくれるに違いない。

文=安藤隆人

photograph by J.LEAGUE PHOTOS