倒れたら、起き上がる。

 プレースタイルも、そしてサッカー人生も。それがFC東京の背番号「7」を背負う米本拓司である。

 7月8日、味の素スタジアムで行なわれたFC東京vs.鹿島アントラーズ戦。首位に躍り出たディフェンディングチャンピオンを、3連敗中のホームチームがどう迎え撃つか。4万3000もの観衆が集まったこの一戦には、注目すべきトピックがあった。

 約1年ぶりとなる米本のリーグ戦先発――。過去に2度、左ひざ前十字じん帯を損傷する大ケガに見舞われた彼は、昨年7月の川崎フロンターレ戦で右ひざ前十字じん帯断裂及び内側側副じん帯損傷によって三たび長期離脱に追い込まれた。

 今年4月のJ3リーグ戦で復帰し、YBCルヴァンカップで先発フル出場を果たすなど徐々に調子を上げてきたなかで、「連敗ストッパー」として白羽の矢が立ったのだ。

「サッカーをやめる」選択肢もちらついた3度目のケガ。

 誰よりも走り、ボールを奪い、縦パスのチャンスをうかがう。闘い、前に出る。個で発信する推進力がいつしか全体の推進力となっていった。王者に追いつかれての2−2ドローに、試合後の米本は悔しそうな表情を浮かべた。

「(連敗中に)出番が自分に回ってきたというのは、自分にとってチャンス。勝てばそのチャンスをつかめると思って、そういうふうに臨んだ試合だったので。勝てなかったのは残念ですね」

 一方でチームのターニングポイントになる手応えを感じ取っていたのも確かだった。

 昨年8月、米本はスペイン・バルセロナにいた。

 3度目のケガは、再び絶望から始まった。「サッカーをやめるみたいな感じも(自分のなかに)あった」と引退を考えたほどだった。

復帰からわずか半年後のケガでは、心が折れそうに。

 もう一度這い上がるためにスポーツ医療の世界的な権威として知られるラモン・クガット医師の手術を受け、リハビリで2カ月弱、現地に滞在した。

 朝からずっとリハビリ漬け。ランチも病院で取り、夕方6時までほぼ一日を病院内で過ごした。

 米本は過去2回の長期離脱において、地獄を味わっている。
孤独で、過酷なリハビリ。過去の取材ノートには、米本の悲痛をメモしていた。

「またあのリハビリをするんだったらサッカーをやめてもいいかなって、一度思いました」と復帰からわずか半年後に2度目のケガをした際は、それほど心が折れそうになった。

 眠れない日々を過ごし、入院中にはじん帯を再び切る夢を見て飛び起きた。「嘘だろっていうぐらいの量の汗」だった。グラウンドに出てジョギングできるまで回復しても、今度はボールを蹴れないもどかしさとの戦いが待っている。「ボールを蹴りたい気持ちを抑えるだけで必死でした」と、4年前にインタビューした際に語っている。

元バルサのアフェライからかけられた励ましの声。

 言うまでもなく、スペインでのリハビリも辛い日々には変わりなかった。しかし「毎日が新鮮な」環境でもあった。

 病院に併設されたリハビリ施設には、世界中からアスリートが集まっていた。そのなかに米本のことを気にかけて、積極的に話しかけてくる選手がいた。

 バルセロナに4年半在籍したストークの元オランダ代表MFイブラヒム・アフェライだった。

「リハビリをしっかり時間をかけてやっておかないでオランダに飛行機で帰ったら、(患部が)腫れて大変だった。ここでしっかりやった後で、日本に戻ったほうがいい」

 親身になって、アドバイスをくれた。

「俺も(膝を)2回やっているんだとか、経験を語ってくれましたね。リハビリで集まってくる人たちのなかでもムードメーカー的な存在で、いろんな人としゃべっていました。自分が吹っ切れたのかどうかは分からないですけど、いろんな出会いがありましたし、新しい環境という意味では良かったなって思いました」

「バルセロナに住みたいなって思ったぐらいでした」

 米本と契約する事務所関係者がサポート役に回り、オフの日には気晴らしにアウトレットに行ったこともあった。孤独と過酷がいくらかやわらいだのは、周りのおかげだと心から感謝した。

「日本に帰る際はちょっと寂しくなりました。毎日、施設まで送ってくれるタクシー運転手がいるんですけど、別れるときは悲しかった。バルセロナに住みたいなって思ったぐらいでしたから」

 引退まで頭にあった絶望は、希望にはっきりと変わっていた。

 日本でも懸命にリハビリをこなし、不屈の精神でピッチに戻ってきた。

同じ経験をした明神智和からのメッセージ。

 復帰の舞台は、U-23のオーバーエイジ枠で入った4月30日のアウェイ、J3長野パルセイロ戦。後半32分から出場を果たした。

 試合後の取材エリアで、今季から長野でプレーする元日本代表の明神智和が米本のところに歩み寄り、右ひざを両手でさすったという。ひざの前十字を3度手術してなお復帰にたどり着いた後輩のボランチに、最大限の敬意を込めて。

 後日、明神に話を聞いた。

「ヨネとは何回も対戦してきて、試合しているなかで“凄くいい選手だな”と思ってきました。大きいケガしてもこうやって戻ってきて、僕自身がワクワクしているし、まだまだ強く、うまくなれるなって思っているので。一番は、もうケガをしてほしくない。取材を受けているヨネがいたので、思わずさすろうかなって」

 あれから2カ月が経ち、チューンアップを終えた米本の完全復活のときは近づいている。今季初先発で連敗を止め、チームが上向いていくきっかけをつくった。

 ケガを怖れない、ミスを怖れない。積極果敢な“米本スタイル”は以前と変わらない。

「ケガしたらケガしたで仕方ないって割り切ってやっているんで。それはもう本当に」

 成るようにしか成らない。乗り越えてきたものが大きいからこそ、逆にそうサバサバと言えるのかもしれない。

「米本拓司」を貫く。それだけだ。

文=二宮寿朗

photograph by J.LEAGUE PHOTOS