都内の喧騒から離れた白い壁の店、その一室を重い空気が支配していた。向かい合って座っている清原和博氏の表情は曇っていた。

「どこまで思い出せるか……。正直、あんまり覚えていないことも多いんです……」

 そう言った後、言葉が出てこない。沈黙の中で私はじっと第一声を待っていた。

 自らの半生を振り返る連載「告白」。

 その取材初日のことだった。

「自分の人生、どこからおかしくなったのか」

 Number930号に掲載された2時間6分に渡るロングインタビューでは、昨年2月に覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕されるに至った心の闇や、保釈後の壮絶な薬物との戦いを告白した。その中で清原氏はこんなことを口にしていた。

「自分の人生を振り返って、どこからおかしくなったのかとか、どこから狂い始めたんだろうとか。苦しかったですね……」

 それがそのまま連載のテーマだ。

 執行猶予中の今、自らの心を旅する。答えを見つける旅だ。容易なことではない。振り返る過去が栄光に包まれていればいるほど、今の本人が後悔に襲われることも想像に難くない。

 だから曇った表情も、重たい沈黙も覚悟はしていた。じっと待つしかなかった。

 清原氏が口を開いたのは入室から数分が経った頃だった。

「小学校に入ったばかりの頃からの記憶しかないんですが……。覚えているのはとにかく他の子よりも体が大きくて……」

 最初はひと言、ひと言、絞り出すようだった。言葉の合間に長い、長い沈黙が挟まる。

 ただ、不思議なのは岸和田の少年時代を巡っているうちに次第に言葉が溢れてきたことだ。

 まだバットすら握っていない、まだ何も手にしていない少年時代のいたずらを思い出す場面では冗談も言ったし、笑みらしきものも見えた。

野球を始めた頃の話から……苦い表情が混じり始めて。

 やがて野球を始めた頃になると、苦い表情が混じるようになってきた。

 岸和田リトル時代、誰よりも遠くに白球を飛ばすということに夢中になりながらも、1つの道を極めていくことの厳しさも知ったのだろう。

 そして、追想が両親のことになると急にあらゆる感情があふれ出した。

 慈しみも、憂いも、後悔も帯びたような何とも言えない複雑な顔になったことが印象的だった。

「お父さんは無口な人でした。朝から晩まで顔を真っ黒にして働いていました」

「お母さんの手料理で一番思い出すのは、やっぱり肉の佃煮ですかねえ……。弁当箱の中にもいつも入っていて。甘辛く煮たやつなんですけど、あの味はすごく印象に残っています」

15歳から親元を離れた少年の面影残る、その言葉使い。

 無口な父の働く背中と、甘さも辛さも包み込むようなおふくろの味。

 両親をいまだに「おとうさん」「おかあさん」という呼び様からは15歳で親元を離れた少年が一般社会にほとんど触れることのないまま大人になったことをうかがわせた。また、スーパースターとして歩む中で、人生の決断を唯一、相談できた両親への独特の思いを感じた。

 白い壁の店、窓から見える外は初夏の快晴だった。ただ、目の前で“曇天”から“晴れ間”がのぞき、また“雨模様”へとめまぐるしく変わる清原氏の表情を見ながら、ふと思った。

 この連載が求めていく「答え」はここにあるのではないか、と。

誰も経験したことのない栄光と挫折の49年間が、ここに。

 1つ、1つの思い出が執行猶予を過ごす2017年現在の自分にとってどういう意味があったのか、過去を振り返る表情や口調、仕草が雄弁に語っていた。

 どうしても思い出せないこともあったし、逆に今なお鮮明な記憶もある。そのコントラストもリアルタイムに心理を反映しているようだった。

 心の旅は少しずつ、少しずつ進んでいくしかない。

 なにしろ誰も経験したことのないような栄光と挫折の49年間なのだ。終わりに何があるかもわからない。

 ただ1つ、おぼろげながらにわかっているのは、すべてを語った後に残るのは単なる回顧録ではない。栄光の過去と今の自分の狭間で揺れ動いた心の軌跡なのだろう。

文=鈴木忠平(Number編集部)

photograph by Takuya Sugiyama