相棒とガッチリと抱き合い、両手を突き上げて吼えた。感情をむき出しにしてプレーする“森薗政崇らしい”雄叫びだった。

 2017世界卓球、ドイツ大会でのことだ。

 森薗は男子ダブルスで大島祐哉と出場、準決勝でチェン・ヨンソク&イ・サンス組(韓国)を破り、男子ペアとしては1969年のミュンヘン大会以来「48年ぶりの銀メダル」を確定させた。「ひたすらに“卓球力”を磨き上げてきた。大島さんとのペアなら世界一も狙える」と自信を覗かせる。

 勝ち名乗りを上げた瞬間、喜びのあまり顔を覆った。涙は見せなかったがその顔は泣いていた。「48年ぶり」という達成感だけではない。もう1つ理由があった。この勝利は自分たちの“トラウマ”とも言うべき過去の苦い敗戦を乗り越えた瞬間でもあったからだ。

 それを紐解くためには時計の針を2年巻き戻す必要がある。

 森薗はこう振り返る。

「自分たちになかったものは“閃き”だったんです」

 森薗が語る「閃き」とはなにか――森薗・大島ペアの「心技体」の進化を追った。

2年前のトラウマが、ずっとふたりを苦しめてきた。

 遡ること2年、2015年・世界卓球選手権蘇州大会。

 準々決勝で森薗・大島ペアは当時「最強」との呼び声高かった世界ランク2位のシュー・シン(中国)と同3位のジャン・ジーカ(中国)のペアと対戦した。最終第7ゲーム、森薗たちは10−8でマッチポイントを握っていた。

 当時、森薗20歳、大島21歳。

 若きペアが世界最強ペアを追い詰めたとあって会場も異常な盛り上がりを見せていた。

 だが……そこから逆転負けを喫してしまったのだ。

「何が起きたかわかんなかった。試合中は興奮してるし、次から次へとラリーが始まる。マッチポイントをとっておきながら勝てない理由がわからないです」

 あと1点が遠かっただけではない。「何もわからないまま」に負けてしまった。試合後は憚ることなく号泣した。

 号泣したあとに待っていたのは茫然自失の状態だった。

「あとちょっとで世界最強を倒せたはずだった。とにかくひきずりまくりましたね……」

 そこから森薗・大島ペアの苦悩の2年間が始まった。

「技術的な問題じゃない。何か“閃き”のような……」

 まず森薗たちが始めたのは「負け」を直視することだ。すると試合のターニングポイントが見えてきた。

「最終第7ゲームじゃなくて6ゲーム目にあったんです。10−8でリードしていた。そこから大島さんのサーブだったので僕が3球目攻撃で2本攻めたかったんですけど、1本目逃げの一手でバックに流したら待たれて攻撃されちゃって。次の1本、違うことをすれば良かったんですけど、もう一回まったく同じことをしてしまった。あそこでストップして大島さんに攻めさせていれば……」

 森薗たちが抱いたのは漠然とした感覚だった。

「技術的な問題じゃないんです。何か“閃き”みたいなものが足りなかった」

 ペアの連携や個々のスキルの問題ではないと感じていた。ただ2人でこれだけは決めた。「世界選手権でつけられた傷は世界選手権で返そう」と。

技術を圧倒的に超えていく肉体を目指して……。

 シングルスに求められるのは個の強さだが、ダブルスではそれに加えて選手同士の相性の良さが求められる。

 森薗・大島ペアは日本代表の中でも「屈指の相性の良さ」と言われている。

 シングルスでは世界ランク65位の森薗と、19位の大島なのだが、ペアを組んだ途端にそれ以上の輝きを放つようになるのだ(ランキングは2017年7月発表のITTF世界ランク)。卓球のダブルスは交互に打球をするルールだが、左利き(森園)と右利き(大島)で組むと互いが邪魔になりにくく、同じ利き手同士で組むよりも有利とされている。さらに大島の豪快なフォアから繰り出されるパワードライブと、森薗の台上のテクニックが、このペアの多彩な攻撃を可能にしていた。

 中でも森薗が得意とするのが「チキータ」だ。

 ラケットが下に向くほど手首を捻り、ボールを払うように放つチキータで多くの選手を打ち破ってきた。

 だが「それも研究されちゃうと途端に勝てなくなるんです。最後はフィジカル勝負なんですよ」。

 勝負を最後に左右するというフィジカル。森薗が特に力を入れたのが下半身の強化だ。

「180cmくらいが卓球選手としては理想。手足が長いから左右に振られた時に手を伸ばすだけで届きますから」

 一方、森薗は身長160cmと小柄な部類だ。だからこそ一歩でも早く、遠くに踏み出すために筋肉を大きくするダッシュを繰り返した。

 森園は、2年前と比べて太ももは陸上の短距離選手のような太さになっていた。素振りを続けてきた左腕も、右腕に比べると1.5倍ほどの太さになったという。

まさかの1回戦負けで、次はメンタルの強化へ。

「引きずっていた」敗戦からの立ち直りは意外なほど早かった。

 蘇州大会から9カ月後の2016年1月ドイツオープン、同4月のポーランドオープンで優勝。周りからの評価とは裏腹に、森薗たちの胸に去来したのは異なる思いだった。

「勝っても勝っても虚しかったんです。中国が上位までこない大会で優勝しても……って思っていました」と明かす。それどころか「毎日、強くなっているのか不安でしょうがなかった」と答える。

 その不安が結果に現れたのが、ドイツ、ポーランドの連続優勝から2カ月後、2016年のジャパンオープンだ。

 ここでブラジルペア相手にあっさり1回戦敗退を喫してしまったのだ。

「僕のチキータもキレがない。大島さんのフォアも入らない。酷すぎて。お互い口をきけないくらい関係は悪くなっちゃって……」と振り返る。

 メンタル面がプレーに及ぼす大きな影響に気付かされた。それでもツアーにいけばホテルは2人一部屋だ。嫌でも顔をあわせなければならない。「気まずい」と思ったことも多くあった。

 それから森薗はメンタル面の強化にも取り組むようになる。同じ卓球選手である姉の紹介で、格闘家やオリンピック選手などの一流アスリートをケアしてきた鈴木颯人にメンタルコーチを依頼した。

「勝負に必要なことをシンプルに考えるため」

 森薗が鈴木のありがたみを感じるのは、試合前夜の電話だ。

「鈴木さん、やばいっす。寝れないっす」

 そう切り出す森薗に鈴木は「もう一回思い返してみ、それって実際に試合に必要な思考かな?」とだけ答え、気負いを解消していく。

 長いと2時間にも及ぶ森薗の話にただ相槌を打つだけだ。

 森薗は「第三者が聞いたら、多分大したこと言っていないはずなんですよ(笑)。勝負に必要なことをシンプルに考えるんです。そうやって鈴木さんと話していくと、とにかくクリアに、シンプルになる」のだという。

勝つために必要な“閃き”とは?

「勝つために必要な“閃き”とはなにか」

 鈴木と相談していくうちに、森薗なりにその答えにたどり着いた。

 それは「勝負時に冷静でいること、そして最善手を打てること」だ。

 「絶対にメダルを取ろう」と満を持して臨んだ今回の世界選手権ドイツ大会で“閃き”がプレーに表れた場面がある。

 台湾のリョウ・シンテイ&チェン・ジェンアンのペアを相手に迎えた準々決勝第3ゲーム、11−10の場面だ。この直前、森薗がリョウのフォアに打ったチキータは2回連続で待たれて打ち返されている。

「もっと速くポジションに入って、もっと速く手首を返して相手を撃ち抜けるって思っていたんです」

「僕のベストチキータ」がついに炸裂!

 チェンがサーブに入る前に、右手を上げて間合いを取る。森薗は台を見据えたまま、大島にむかってこう呟いた。

「任せてもらっていいすか」

 左手のラケットを突き出すように低く構える。

 サーブが入る。

 刹那、「僕のベストチキータ」と語る強烈なリターン。

 相手のラケットに触れることなくコートのフォアサイドをぶち抜いた。

「これを打てた瞬間、2015年の負けは帳消しになった」という会心の一打だった。

「勝負どころで冷静になって最善手を打てました」

 自分が追求した理想と実際のプレーがシンクロした瞬間だった。

「48年ぶりの快挙」でも、まだ中国には勝てない……。

 次の準決勝では韓国ペアを4−2で破り、48年ぶりの銀メダル以上を決めた。

 無論、課題は残る。

 “快挙”とは言え、結果は銀メダル。決勝では中国ペアに再び敗れた。

 「正直言うとめちゃくちゃ悔しいです」と語る森薗だが、2年前とは異なり悲壮感はない。「とにかく“卓球力”をあげていくだけです」と自信を持って語る。やるべきことは明確だ。

 心技体に磨きをかけた今だからこそ2015年の惜敗を振り返ることができるようになった。「引きずっていい負けでした。あの時ダメだったから同じ失敗はしないって強く意識することができたから」

 「打倒中国」の悲願は2020年東京で果たす。ワールドクラスの若きペアに注目だ。

文=武田鼎(Rallys編集部)

photograph by Kei Ito