浦和レッズのホーム、埼玉スタジアム2002があれほど赤以外の色で染まるのは、代表戦を除けばあまり見られない光景だった。

 香川真司が所属することで知られるドルトムントは、世界で最も観客数が多いサッカークラブであり、そして実は2000年代半ばには破綻の危機に瀕していたクラブでもある。

 そのドルトムントを率いるハンス・ヨアヒム・ヴァツケCEOは、経済的V字回復を果たした敏腕経営者である。しかし同時に、それ以上にサッカーを愛するごく普通のいちサッカー好きの側面も持ち合わせていることが、話を聞くうちにわかってきた。

 ヴァツケCEOはサッカーのどこに惚れこみ、そしてどのようにドルトムントを現在の地位まで導いたのか。

――ドルトムントのファンは今や世界中にいます。先日も年間チケット保有者の99%以上が更新したというニュースがありました。人気の理由はどこにあるのですか?

「理由は“人と近い”ことにあります。このクラブは、普通の人たちの人生を反映しています。クラブは成功するために一生懸命働き、重圧と戦う。人々はその働きぶりを見て、このクラブは本物、オーセンティックだと感じるのです。我々はファンと“人と人”の関係性で接することを大切にしています。だからこそドルトムントは国内で1000万人、国外には1500万人のファンがいるのです」

――国内での地元密着と国際化、両立する上でどちらがベースになるのでしょう?

「地元こそがクラブの基盤です。“自分がどこから来たのか”を知るのは大事なことで、我々にはボルシク・プラッツ(クラブ発祥の地)というルーツがあります。大切なのは、そうしたルーツを去るのではなく“ホーム”にいることを感じることなのです。

 しかし、同時に今はグローバル化の時代です。それはソーシャル・メディアを通して、世界中の人々、日本やアメリカの人々がクラブの中に入って来てくれることを意味します。地元はベース、国際化はチャレンジなのです。

「我々は大金を出してくれる投資家を望んでいない」

――ヴァツケさんがCEOに就任してからドルトムントは財政的に安定し、成長を続けています。何がポイントだったのですか?

「もちろん成長は大切です。近年、クラブの運営コストは上昇しています。海外からお金が集まり、チームの値段が上がる。その流れについていくためには、成長が必要なのです。そして我々はそれを上手くやってきました。12年前の売り上げは7500万ユーロでしたが、今は4億ユーロです。12年間で売り上げは600%になりました。

 ただ大切なのは、手に入れたお金で次のステップを目指すときに、収入以上のお金を支出しないこと。これはドルトムントにとって非常に大切な方針です。なぜなら、全ての仕事を自分たちでやるからです。我々には毎年5000万ユーロも出してくれるようなロシア人やアラブ人、中国人の投資家はいませんし、我々もそれは望みません。だから、収入以上の支出はしない。単純なことですが、難しいことでもあるのです」

――たとえばマンチェスター・Uやレアル・マドリーは新戦力の獲得に多くの資金を投じ、競技面での成功を求めます。そして実際にタイトルを獲得して収入を増やす。そういったやり方をドルトムントが取ることはないのですか?

「成功の目指し方はクラブによって違います。投資をしてスター選手を獲得し、タイトルを取る。それがレアル・マドリーのやり方ですね。ドルトムントは、大きな資質を持った選手、たとえばデンベレ、プリシッチ、そして7年前の香川真司のような選手を獲って成長させる。

 我々は経済的に好調ですが、レアル・マドリーやマンチェスター・Uほどではない。それでもこの方法で成功を収めています。我々はUEFAランキングで7位に入っていて、マンチェスター・U、マンチェスター・C、リバプールよりも上なのですよ。

 去年の夏、ムヒタリアン、ギュンドガン、フンメルスを1億700万ユーロで売却し、1億ユーロ以上を選手獲得に費やしましたが、クリスティアーノ・ロナウドひとりだけを買うようなお金の使い方はしませんでした。そうではなく、3年後にクリスティアーノ・ロナウドのようなプレーをするデンベレと契約をする。うちで活躍する前、誰がオーバメヤンのことを知っていましたか? レバンドフスキは? 誰も彼らのことを知らなかった。でも今では世界的なスターです。このやり方でレアル・マドリーとも戦い、たびたび勝利を収めています」

Jリーグのクラブにもできるドルトムントの方法論。

――なぜドルトムントはその方法を選ぶのですか?

「理由は簡単です。12年前、我々は破産寸前でした。無一文の状況で、3000万ユーロの選手を獲得するなんて言えません(笑)。そんなお金はありませんから。

 また、ドルトムントは過去を振り返ってもバイエルンやレアル・マドリーほどに強かったことはありません。ドルトムントは人口60万人の小さな街です。レアル・マドリーのような基盤はありません。

 今の状況は十分すぎるほどなんです。(破産の危機から脱したばかりの)10年前、ドルトムントの売り上げが4億ユーロになると誰が予想したでしょう? しかし、それが今は現実です。ドルトムントはもう一文無しではありませんし、1ユーロの負債もありません。その意味で、このやり方は正しいのです」

――Jリーグのクラブは財政的に難しい状況にあります。ドルトムントのようなやり方ができると思いますか?

「多くのクラブがドルトムントの方法を使えると思います。実際、アジアから多くのクラブが我々と提携し、学びたいとやってきます。

 このやり方は、我々にとって替えの利かない方法です。もしレアル・マドリーのような方法で突き進めば、どこかでまた違う方法が必要になります。つまり、市場が小さくなったり、放映権収入が減ったりすれば、多くのクラブはどの方法が正しいのかを考えることになるでしょう。

 ただ考えてみてください。チェルシー、バイエルンのような方法を採用しているクラブは少ない。それ以外はバルセロナの道を目指しています。彼らは最も成功しているクラブの1つですが、ほとんどの選手は自前です」

――近年のサッカー界のバブルについてはどう見ていますか? イングランドや中国は多くの資金を投入しています。

「中国リーグはすぐに落ち着くでしょう。政府が表明したように、中国のサッカーは欧州の選手にお金をばらまくのではなく、自前で選手を育てなければなりません。

 アメリカでも1970年代に同じようなことがありました。彼らはベッケンバウアーやペレなどを獲得しましたが、サッカーは“TVのスポーツ”にはなり得ないのです。サッカーにはその地域から育った選手が必要で、我慢をして自前の選手を育て、誰もがサッカーをプレーしたくなるように動かなければならない。昔アメリカはそれに一度失敗し、今は徐々に上手くいき始めている。

 アジア諸国の取るべき道も同じです。日本はアジアの中で指折りのサッカー国ですが、ヨーロッパのトップとはまだ差がある。できることは、若い選手の育成だけです」

「日本のスタジアムは美しく、浦和も手強かった」

――では、Jリーグは何を……。

「それはなんといっても若手の育成につきます。良質な環境、つまり練習環境、育成機関、子供や若手が関わるインフラ全体に投資をするのです。よい指導者、芝のグラウンドも必要です。外国人の監督を連れてくるのは、外国人の選手を連れてくるよりは安いですから。

 人々はときにポドルスキに興味を抱きます。しかし、その対象は外国人選手だけでなく、日本人選手のスターもいなければなりません。人々が国全体でサッカーに熱狂するのは、代表チームがプレーする時だけなのです。イングランドは世界中からお金を集めていますが、代表チームは何も勝ち得ていません」

――Jリーグの状況は、ドイツのお隣のオーストリアに似ています。ほとんどの代表選手が海外でプレーし、国内リーグはそのステップになっている感があります。この状況を変えるために何をすべきですか?

「難しい質問ですね。良い選手はいつだって高いレベルでプレーすることを望みますし、ドイツにも国外でプレーする選手はたくさんいます。

 大事なのは、Jリーグでプレーする日本人が素晴らしい選手であること。1990年にドイツがW杯で優勝した時、多くの選手がイタリアに行きました。しかし、イタリアが財政的に厳しい状況になると帰ってきました。

 いつかJリーグが強くなった時……我々は昨日試合をしましたが、インフラが非常に素晴らしいという印象を持ちました。スタジアムは美しく、相手も手強かった。浦和は少なくとも前半は素晴らしい戦いを見せた。Jリーグにはあらゆる面で大きなポテンシャルが眠っていると思います」

――ブンデスリーガに話を移しますと、現在バイエルンがリーグ5連覇中です。この状況はリーグにとって好ましくないのではないですか?

「もちろん緊張感がないのは良くないことです。しかし、彼らを阻むのは難しい。バイエルンは常に優勝していて、これからの10年で最も優勝するでしょう。バイエルンは50年間も一流の成績を残していて、12年前にドルトムントが破産寸前に陥ったような低迷期もありません。しかし、バイエルンとの差はかつてほど大きなものではありません。

 ただ、状況はイタリアのユベントスも似ています。フランスのPSGもそうです。昨季モナコが優勝して状況は変わりつつありますが……。我々が2011、2012年とブンデスリーガで優勝した時に似ていますが、モナコの選手はすぐにチームを離れてしまいました。そうなれば、またPSGが優勝するでしょう。イングランドだけが例外でしょうね。それがイングランドの強みです。5〜6クラブが豊かな状況にある。

 ドイツでその水準にあるのはバイエルンだけで、彼らはドルトムントより1億ユーロ以上多く選手に年俸を払っています。そんなクラブが育成などにも目を向ければ、成功する可能性は高くなります。両方あるから彼らはすごいのです。

 スペインもいつかカタルーニャが独立してバルセロナが脱退すれば、レアル・マドリードが毎年優勝することになりますよ(笑)。スペインにとって幸運なのは、2つの本当にトップレベルのクラブがあることです。ドイツでは我々がそのようなクラブになろうと努力していますが、もう少しこの状況は続くでしょう。しかし、永遠ではありません。いつか、バイエルンが王者でなくなる時は来ます。

 もちろん優勝争いが白熱すれば最高ですよ。ただ、人々はCL出場権を争ったり、残留を争ったり、ドイツ杯を戦うクラブにも自らを重ねます。それぞれのクラブにストーリーがあるのです」

「“私がクラブの一員”という意識が大切」

――ドイツでは賛否両論になっていますが、レッドブルが実質的に買収したRBライプツィヒはブンデスリーガのパワーバランスを変える可能性があるように見えます。ライプツィヒについてどうお考えですか?

「ライプツィヒは良いチームです。そこに疑いの余地はありません。

 彼らにはお金もあります。しかし彼らの資金は、レッドブルとオーナーのディーター・マテシッツに依存しています。いつか彼らが“もうやる気がない”と言ったらライプツィヒはお終いです。それはドルトムントでは起こりません。我々は誰か1人にクラブの政治を任せるようなことはありませんから」

――Jリーグのクラブは企業のサッカー部が母体で、そのカルチャーが色濃く残っています。

「Jリーグにも固有の文化的な成り立ちがあるのでしょう。ドイツでは多くのクラブは市民、人々によって設立されています。ドイツ人は、“私がクラブの一員”という意識を強く持っているのです。ライプツィヒには17人しかクラブ会員(クラブ総会に参加し、クラブ運営について投票する権利を持っている)がいません。日本のクラブはどれくらいクラブ会員がいるのですか?」

――日本にはドイツのような、意思決定に参加できるクラブ会員の制度がほとんどありません。多くのチームは企業のサッカー部が母体で、人々はファンとしてクラブを応援しています。

「そうなのですか。ドルトムントにはクラブ会員が15万人います。我々はそういうクラブです。エボニックやプーマはスポンサーで、それ以上ではありません。その意味で、ドルトムント対ライプツィヒは、文化の衝突なのです」

――日本はドイツのようなサッカー文化を発展させるべきなのでしょうか?

「なぜ日本人は“自らがクラブの一員だ”という思いの重要さをもっと意識しないのでしょう? それこそが必要なものです。

 イングランドもドイツと同じ文化で、クラブは人々が作ったものです。しかし今やそうしたクラブはイングランド人のものではなく、アメリカ人やタイ人のものになっている。それではいつか問題に直面します。なぜなら、外国人のオーナーは代表チームに興味がないからです。代表チームが良くなければ、サッカーへの熱は薄れます。それは危険です」

スマートフォンよりもサッカーが上回る部分は?

――近年の若者はスマートフォンのゲームなど娯楽に溢れています。そうした娯楽に対して、サッカーが持っている魅力とは何なのでしょう?

「1954年にW杯で優勝した時の代表監督であるゼップ・ヘアベルガーがこんなことを言っていました。『人々がサッカーを観に行くのは、どんな結果になるか分からないからだ』と。サッカーの試合は、誰にも結果がどうなるか分からない。もし一日中ゲームに興じていれば、どういう結果になるかはだいたい分かる。それが1つです。

 もう1つは、プレーすることです。それはサッカーを観ることよりも素晴らしい。サッカーの素晴らしさはプレーすることにあるのです。問題は時間に限りがあることです。私はもう経験しました。いつかプレーできなくなるときが来ます。どこかをケガして。その時、自らがプレーできることの素晴らしさを知るのです。この気持ちは誰にも説明できません。

 チームメイトと一緒にプレーをして、試合に勝つ。すると溢れ出したアドレナリンとエンドルフィンで体が満たされます。家に帰ってきてソファに座っていると、全身が痛みますよ。しかし、試合に勝ったのです。それが最高の瞬間です。それはスマートフォンやコンピューターやテレビでは体験することができないのですよ」

文=山口裕平

photograph by Takuya Sugiyama