全英オープン初日の午前10時08分。ロイヤル・バークデールの1番ティに立った松山英樹の表情は硬かった。しかし、フェアウェイをしっかり捉え、ピン2m半にぴったり付けてバーディー発進を切ると、彼は表情をようやく緩め、口元をキュッと結んだまま小さく頷いた。

「難しい1番で取れたのは大きかった」

 もしも、18ホールの戦いが「良かったこと、ほっとしたこと」と「悪かったこと、悔しかったこと」に大別されるとしたら、好発進した松山の初日の18ホールは、「良かったこと」のほうが多かったと言えるのだろう。

 4番と6番はどちらもバンカーにつかまってボギーを喫したが、7番と9番はどちらもピン2〜3mに付けてバーディーを奪い返した。その挽回ぶりは、間違いなく「良かったこと」だ。

バンカーに入れてもパーを拾う、という戦い方。

 パー34の前半はパー5が1つもなく、パー4が続いていく単調な流れだが、パー36の後半になると終盤の15番と17番でようやくパー5が登場。その2ホールは、どちらも2オンが狙えるチャンスホールだ。

 その15番は左ラフから3番ウッドでグリーン手前まで持っていき、1mに寄せてバーディー獲得。チャンスホールを生かせたことは「良かったこと」と言えるだろう。

 17番は1m半のバーディーパットを外してパーどまりになったが、前半はバンカーにつかまった2ホールでどちらもボギーを叩いたのに対し、後半は17番でも18番でもバンカーに入れながらうまくパーを拾った。そんなふうに見方を変えれば、この2つのパーセーブは、意味のある「良かったこと」だ。

68で回り「まあ、良かったんじゃないですかね」。

 前日の夕方から断続的に激しい雷雨に見舞われたロイヤル・バークデールの初日のコンディションは出だしから雲をつかむような状況だった。フェアウェイはどのぐらい転がるのか、転がらないのか。グリーンは湿って重いのか、それとも想像以上にドライアップして途中からスピードを増すのかどうか。

 だが、松山は千変万化する難解なリンクスコースに、柔軟に対応しようと考え、実際、それがうまくできていた。

「グリーンのスピードは練習日とは違ったけど、気にしないでいけた」

 6月の全米オープンでは最終的には2位になったが、初日の出遅れは最後まで響き、だからこそメジャーを制覇するための今後の課題は安定したゴルフを4日間維持することだと言っていた。

 そんな中、2アンダー68で回った全英オープン初日は「まあ、良かったんじゃないですかね」。

松山は基本的に「悪かった」とは言わない。

 こうして見ると、松山の初日は「良かったこと」がたくさんあった。

 松山は「悔しい」、「残念」といったネガティブな感想をなかなか言葉にしないのが常。だが、誰がどこからどう見ても「悪い」と思える極端なケースのときだけは、ストレートに悔しさや怒りを表現する。

 最近で言えば、6月の全米オープン初日は、松山が「最悪です」と言い放った珍しい例となった。

 日頃から「悔しい」「悔やまれる」「悪い」と感じることは多々あるはずだが、そこを黙ってグッと飲み込むのが松山流だ。今日の初日を終えたときも、彼は「悔しい」「悪い」を一言も言わなかった。しかしそれは、彼が悔しさを一切感じていないことを示していたわけではもちろんない。

傍から見れば「痛恨の一打」でも……。

 ロイヤル・バークデールのほとんどのグリーンは、少ないところで2〜3個、多いところで5〜6個のバンカーでガードされており、7番以外はすべて、時計の4時から8時の範囲内に収まっている。それは、手前からボールを転がし上げるリンクスコースならではの攻め方を阻み、難度をアップさせるためのコースレイアウト上の工夫。いわば「リンクスの法則」だ。

 だが松山はそんなリンクスの法則を逆利用する形で、バンカーを活かし、バンカーから寄せるべく開幕前からバンカーショットの練習を重ねてきた。

 それなのに4番でも6番でもサンドセーブに失敗し、ボギーを喫したことは、悔しくなかったはずはない。

 パーの連続となった10番から14番。紙一重でパットがカップに沈んでくれなかったときも、彼は唇をぎゅっと噛み締め、視線を遠くへやっていた。パー5の17番で外した1m半のバーディーパットは、傍から見れば「痛恨の一打」。

 口には出さずとも、松山が胸の中でグッとこらえていた悔しさは、きっとたくさんあったはずだ。

「ストイック」と言われるが、この日はむしろ柔和。

 松山英樹を語るとき、しばしば使われる修飾語といえば、「自分に厳しい」「ストイック」「完璧主義」。

 だが、「良かったこと」と「悔しかったであろうこと」が混在し、「完璧」「大満足」とは言えない形で終わったこの日、彼が見せたリアクションはむしろ柔和で、良きも悪しきもそのまま受け入れ、中庸を良しとする姿勢だった。

「痛恨」となったであろう17番のバーディーパット。ラインは難しかったのか?

「うーん、難しくはないけど、外しましたね」

 技術面、メンタル面、ゲームの組み立て方や運び方。気になるところはなかった? 改良や修正が必要と思えたところはなかった?

「それを言い始めたら、きりがないので。まあ、いいんじゃないですかね」

 きりがないということは、言いかえれば、思うところがたくさんあるということ?

「それが今の状態なんで」

経験を積めば積むほど、松山は寛容になる。

 あるがままにボールを打つゴルフと同様、あるがままに現実を受け入れ、ゆっくりじっくり咀嚼していく。決して100を求めない。そうすることで結果的に100へつなげていく。ロイヤル・バークデールの初日は、そういう松山が醸成されつつあることを実感した1日になった。

 2日目は、どんな1日になるのだろうか。

「そりゃあ最高なラウンドができたらいいけど、そう簡単にはできない。このコースは簡単ではない。まっすぐ行かないと、パーを取るのも簡単ではない。そういう意味では、今日はあんまり曲がってなかった。明日は1打でも伸ばせるように頑張りたい」

 経験を積めば積むほど、ランキングが上がれば上がるほど、メジャー初優勝に近づけば近づくほど、松山英樹はゴルフに寛容になっていく。もちろん、それは徹底した練習に裏打ちされた技術と自信があればこそだが、その変化は、メジャーを制した他選手たちと相通じるものがある。

 ストイックな完璧主義者が寛容な笑顔で頷き、ナイスガイへと成長していく。その先にあるものは、おそらくメジャー優勝だ。

文=舩越園子

photograph by AFLO