7月14日にハンガリー・ブダペストで開幕した世界水泳選手権は、23日から競泳種目がスタートする。

 日本競泳勢の中でも注目の1人が瀬戸大也だ。400m個人メドレー、200m個人メドレー、200mバタフライと3種目にエントリーしているが、2013、2015年の世界水泳400m個人メドレーで日本人選手では初めての連覇を果たしており、今大会では3連覇をかけて臨む。

 瀬戸はかねてより、こう言われてきた。

「勝負強い選手」

 2013年の世界水泳では大会前、決して注目を集める存在ではなかった。むしろライバルの萩野公介の方が脚光を浴びていたし、同年の日本選手権でも萩野に敗れている。だが世界水泳では決勝で自己ベストを出し金メダルを獲得。2015年も、日本選手権では萩野に敗れながら、やはり世界水泳の決勝で自己ベストを叩き出し、優勝している。

リオ五輪、萩野に負けたのはやはり悔しかった。

 そんな瀬戸にとってつまずきとなったのは、リオデジャネイロ五輪だった。400m個人メドレーで銅メダルを獲得したものの、目標としていた金メダルは萩野が手中にした。

 瀬戸はレース後、大会後も笑顔で振り返った。しかし悔しさを隠すことはなく、行動にも現れていた。帰国後、自費で国際大会に参加するなど、9月から12月までとにかくレースに出場し、泳ぎ続けた。3つの大会で計24種目に出場したこともある。

「東京オリンピックまで、オフが欲しいとか言ってられないです」

 リオ決勝で予選からタイムを落とした点を反省し、もっとタフになりたいという思いがあった。

「オリンピックの借りはオリンピックでしか返せませんから」

 瀬戸はロンドン五輪代表を逃したあとも、しゃにむにレースに出場し、それが翌年の躍進につながった経緯がある。ある意味、原点に戻った、とも言えた。

水中以外のトレーニングを増やした狙いとは?

 一方で、取り組みの面で改善すべき点はあらためた。

 大学入学後、ウエイトトレーニングを始めて筋肉は増大していた。それはレース後半のパワーともなっていたが、一方でスタミナを失わせているような印象も与えた。それを考慮した中で、トレーニング方法を変える決断を下した。

「オリンピックの頃までは1週間に1日オフを入れるスケジュールでしたが、3日練習して1日休みにしました。6日連続の練習だと、どうしても週の後半になると疲労がたまっていましたが、その中で練習するより、集中して取り組んだ方がよいと考えたからです」

 さらにランニングやボクササイズなど、水中以外でのトレーニングメニューのバリエーションを増やした。

「さまざまなトレーニングを取り入れているのは、水泳に特化しすぎるよりも、という考え方です。例えば陸上で違う動きをした方が、体全体を使うようになって運動神経の刺激にもなるかなと考えているからです」

今年の日本選手権、ジャパンオープンでは連勝も。

 今年に入り、4月の日本選手権400m個人メドレーでは萩野とデッドヒートを繰り広げ、100分の1秒差で破り初優勝を飾った。しかもラスト50mでは僅差ながら先行を許し、そこからの逆転劇だった。最後の泳法である自由形は萩野が得意とすることを考えても、その価値は大きかった。

「最後にスパートを入れられるようになったのはトレーニングの成果だと思います」

 続く5月のジャパンオープンでも優勝し、2試合続けて、萩野に勝利した。

 ただ1つ、瀬戸が気にしていたのは、タイムが2大会ともに4分10秒台にとどまったことだった。

「4分10秒が自分にとって大きな壁ですね。これを越えれば、あとはぽんぽんと行くと思うんですけど……」

 思い当たる理由もなく、首をかしげていたが、6月24日、イタリアでの大会で初の7秒台となる4分7秒99の自己新をマーク。不安を吹き飛ばした。

タフなメンタルと探究心の強さでスケールアップを。

 オリンピックの直後からオフらしいオフを取らず、失意に沈むこともなく泳ぎ続けてきたのは、瀬戸のメンタルのタフさを物語っている。

 それと同時に大舞台で味わった悔しさもにじませつつも、自身を冷静に分析して、さまざまなトレーニングを試行する探究心の強さも、瀬戸の特徴だ。

 今シーズン、瀬戸の世界ランキングは3位。優勝するには、もう一段階スケールが大きくなることが必要とされる。持ち味の勝負強さと、リオ後の成果を見せつけるために。

 2020年、そしてリベンジへ向けての、大きな一歩ともなる。

文=松原孝臣

photograph by AFLO