全英オープン最終日。首位から7打差の5位という好位置でロイヤル・バークデールの1番ティに立った松山英樹の胸の中に一抹の不安があったことを知ったのは、彼が14位まで後退して4日間を終えた後だった。

 3番ウッドを握り、セットアップに入った松山。構えてからスイングを始動するまでの所要時間は、ほぼ毎試合、メディアとして彼のスイングを眺める私の中にも感覚的にインプットされている。クラブを握る彼の両手が動き出したとき、そのタイミングがいつもよりわずかに早いと咄嗟に感じ、心の中で小さく「あっ!」と叫んだ。

 その直後、インパクトした松山の表情が「あっ!」と叫び、同時に彼は右手で右方向を大きく指し示した。

 ボールの行方を確認する「SPOTTER(スポッター)」のアームバンドを付けた英国人男性が、すぐさま首を横に振り、「ノー。ノーチャンス!」と言った。

 第1打はアウトオブバウンズ(OB)。メジャー初優勝を目指し、猛追が期待された彼の最終ラウンドは、トリプルボギー発進となった。

「ボギーとかダボで収まっていたら……」

 その後もティショットは曲がり、アイアンショットにキレはなく、長いパットがカップに転がり込むような強運を引き寄せる気配もまるで感じられない。

 下を向いて歩く松山、ロープ内を歩く日本メディア、ロープ外を歩く日本人ギャラリー。重苦しい空気が立ち込める中、松山の巻き返しはついぞ見られず、首位とは10打も開いた14位でフィニッシュ。

「(1番が)ボギーとかダボで収まっていたら、もう少し気合いを入れ直してという感じはあったけど、トリプルボギーにしてしまい、うまく切り替えることができなかった。パープレーに戻したい気持ちはあったが、それができなかったのは自分の技術の無さです」

 悔しさを噛み締めながら、松山はそう振り返った。

執拗な挽回力は、松山の武器だった。

 技術の無さ――世界2位を誇る本人がそう言うのだから、技術面の不足は、きっとまだまだあるのだろう。だが、バークデールの最終日の松山は技術云々より、諦めるのが早かったのではないだろうか。

 ネバーギブアップの強靭な精神力。落としても這い上がる執拗な挽回力。それは松山が身に付け、武器としてきた彼の強み、彼らしさだ。

 今年のメジャー大会だけを振り返ってみても、マスターズでは最終日に5つ伸ばして28位から11位へ急上昇。全米オープンでは「最悪です」と吐き捨てた初日の出遅れを挽回し、終わってみればメジャー自己最高位の2位となり、メジャー制覇の夢ににじり寄った。

 彼には辛抱強さが備わっている。だからこそ、厳しい練習やトレーニングを自らに強いてここまで来た。だがこの全英最終日は、トリプルボギーを喫した出だしの1ホールで彼の持ち前の粘りが消えてしまった。

勝ったスピースも、苦しいスタートだった。

 最終日、松山より下から這い上がった選手は何人もいた。一気に7つも伸ばし、3位に食い込んだ中国人のハオトン・リー。3つ伸ばして4位になったローリー・マキロイもそうだった。

 優勝の可能性が小さいところからならノープレッシャーでスコアを伸ばせるという見方は、もちろんできる。だが、それならば優勝に一番近い位置からスタートし、出だしの4ホールで3つ落としたジョーダン・スピースはどうだったかと言えば、松山に負けず劣らぬ最悪の発進を喫し、さらには13番でティショットを大きく右に曲げ、ラフの中の土にボールが埋まる大ピンチに遭遇。

 だが、それでもスピースは食い下がり、粘った。次打をどこからどう打つかに20分以上を費やすテンヤワンヤの中、ダブルボギーを避けてボギーで収めたことに自信を得て、14番からは4ホールで5つ伸ばす快進撃。

 そんなスピースの執念の巻き返しを見せつけられれば、やっぱりあの日の松山は、諦めるのが早かったのではないかと思えてならない。

不安をひきずり「とりあえず」で打ってしまった一打。

 粘れるかどうか。挽回できる、しようと思えるかどうか。それは、何打差か、何打落としたかといった数字だけの話ではもちろんない。

「今日は練習場もすごく悪くて、とりあえずフェアウェイの方向に打っておこうかなという感じで打った。そのあともなかなか上手く打てず、大変な一日になった」

 ウォーミングアップの段階からショットの不調を感じ、自信が無かった。不安があった。目標が曖昧なまま、「とりあえず」で打ってしまった。そんなふうにクリアではなかった彼の気持ちが自ずとボールに伝わり、だからボールの行方は定まらなかった。

「どうにかパープレーに戻したい」

 しかし、自信のないままの模索では出口に辿り着くことは難しく、最終日の松山は優勝争いの蚊帳の外へと押し出されていった。

「ここからが新しい試合」という言葉を信じたスピース。

 一方、スピースは優勝を意識するあまり「残念ながら自分で自分にプレッシャーをかけてしまい、望まない出だしになった」と悔いていた。彼もまた序盤で松山同様に3つスコアを落とし、自信を失いかけていた場面もあった。

 だが7番、さらには13番で「ここからが勝負」、「ここからが新しい試合」「ここから流れを変えるぞ」と叱咤激励したキャディのマイケル・グレラーの言葉を信じ、それを「やろう」、「できる」と信じて彼は実践していった。

 どちらも出だしで3つスコアを落としながら、スピースと松山の差を広げていったものは、技術そのものの差というよりも、技術や練習に裏打ちされて培われた自信ではなかったか。そして気持ちを切り替え、自分自身であれ、キャディであれ、運命であれ、信じる心。そんなメンタリティの持ち方と強さが、2人の差を広げたのだと私は思う。

「教えてほしいぐらい」と言っていた彼の成長。

 どうやったらメンタリティは強くなる? どうやったら自信は醸成される? どうやったら気持ちの切り替えがうまくできる?

「HOW?」は次々に想起され、その答えは、なかなか見つからないからゴルフは厄介なのである。

 だが、メジャー優勝に近づきながら、この全英オープンを14位で終えた松山に前進は見られなかったのかと言えば、そんなことはない。これまでだって彼は何位になったときも、そのたびに何かしらの「HOW?」の答えを見つけ、1つ1つ自分なりに咀嚼してきた。

「メジャーに照準を合わせるって言うけど、どうやったらそんなことができるのか。わかるなら教えてほしいぐらいですよ」

 かつては苛立ち混じりにそう言っていた松山が、今では心技体どれにおいても「悪くない」状態でメジャー大会を迎え、優勝の可能性を感じながら戦えるようになっている。

 今年はマスターズでも全米オープンでもスコアが大きく乱れる大波の日を経験し、勝つための課題は「4日間」だと言った。そして、この全英オープンでは初日、2日目、3日目と安定したプレーで大波を避け、優勝が狙える位置で最終日の1番ティに立つことができた。そのすべてが大いに評価すべき彼の着実な前進だ。

掴めそうだったきっかけが、また無くなっても。

 その前進を経た先で、5位の好位置で立った全英最終日の1番ティ。それは、松山のメジャー初制覇への本当の意味でのスタートラインだったのかもしれない。

「きっかけが掴めそうだったのに、また無くなってしまった。次は何をしなくてはいけないのかを、しっかり考えて、やっていきたい」

 どこまでも、いつまでも、1つ、また1つと「HOW?」を解決しながら進んでいく。その姿勢がある限り、松山は前進し、勝利へ近づいていく。

 そして、最後の「HOW?」を超えたとき、夢はきっと叶う。

文=舩越園子

photograph by AFLO