近年女性アスリートの活躍が目立つ。

 思い出してみるだけで、沢山のアスリートの名前や顔が浮かぶだろう。

 スポーツの起源を辿ると、女人禁制だった古代オリンピックに対し、近代オリンピックでは第2回大会から女性の参加が認められ、近年の参加者は男女半々になっている。

 さらに最近は、女性アスリートは新たな地位も確立してきている。「美人アスリート」としてスポーツのアイコンになったり、バラエティ番組で存在感を発揮するなど、親しみやすく、爽やかな印象と華やかな功績でスポーツ界を盛り上げる、まさに強さと美しさを兼ね備えた存在だ。

 このように活躍する選手たちの多くは、10代の頃から芽が出て20代後半から30代で引退する瞬間まで、トップを走り続ける。開幕した世界水泳でも世界中から若い才能が集まっているが、特に水泳でオリンピックを目指すような選手は、幼少期から競技を始め、10代の頃から世界のトップで戦う選手がほとんどである。つまり、思春期をアスリートとして迎えるのだ。

同じように食べても、急に体重が増える。

 英語でいうと「teenager」。色んなものに興味をもち、大人の女性へ成長していく段階だ。「あの選手は、身体の線が変わった」とか「身体が重くなり、以前のようにパフォーマンスができなくなった」というコメントを聞いたこともあるのではないだろうか。

 女性アスリートは、思春期という壁に必ずぶち当たる。年齢に応じて女性ホルモンの分泌が活性化し、体が生物学的に変化していくことは必然だ。

 今まで出来ていたことが出来なくなったり、今までと食べている量が同じなのに急に太り、体重のコントロールが難しくなったりする。アスリートでなくても、女性ならば少なかれ経験があるだろう。

 私自身もそうだった。15歳で日本選手権に出場し、初代表は16歳の時だった。

 当時は練習すればその分だけ速くなったし、体はガリガリだった。その後、少しずつ、身体の変化を感じる。月経前になると、精神的にイライラした。体重も3キロくらいすぐ増えるようになり、最初はコーチにも不思議がられた。

「何故太るのか」と私自身とても機嫌が悪くなったし、今思うとチームメイトには迷惑をかけたかもしれない。なんでこんなにイライラするのか、自分でも悩んだし、体幹トレーニングでもお腹に力が入らない感じがした。私自身が悪いのか、精神的に弱いのか。しかし、そうではなかった。

アスリートは、トレーニングで月経が止まることも。

 この症状、実は「月経前症候群」通称「PMS」というそうだ。水泳のパフォーマンスにも影響はあったが、適切な対処ができればだいぶ改善できるようになった。

 選手が体調の変化を感じたときに、このことが広く認知されていれば、と思う。

 所謂生理痛や、過多月経による貧血などで悩んでいる選手も少なくない。強い月経痛は「月経困難症」と呼ばれ、将来的に子宮内膜症を引き起こすこともあるという。

 さらにアスリートには、過酷なトレーニングによる無月経という問題もある。「月経がないから楽」と安易に考えるわけにはいかない。無月経とは3カ月以上月経が停止している状態を表し、そのうち運動が原因であるものを「運動性無月経」という。

 その最大の原因はエネルギー不足と言われていて、過度な食事制限やオーバートレーニングによって引き起こされる。体重を減らすためのトレーニングなどでエネルギー不足が続くと、女性ホルモン分泌量が低下する。中でもエストロゲンは骨量の維持に関わっているので、運動性無月経は骨密度の低下につながる。そして、弱くなった骨に運動負荷がかかることで、疲労骨折の原因になってしまうのだ。

リオ五輪では、中国選手の発言が賞賛された。

 しかし今は、これらの症状は婦人科できちんと診断してもらえば、治療が可能になった。

 私も10代までは、何となく自分にとってベストの対処方法が分からず、悩んだりもした。その後、少しずつ自分の体重増加のタイミングや、食欲増加の理由、トレーニングの状況を考えられるようになった。

 大会の前にプレッシャーがかかっている時や精神的に辛い時も、自分がおかれた状況を客観的に把握出来るようになった。

 リオ五輪で、中国人競泳選手の傅園慧(フ・ユアンフイ)選手が400mリレーのあとに「生理中で自分の泳ぎができず、チームメイトに謝った」と発言したことが話題になり、「苦しい状況でよく頑張った」と賞賛されると同時に、まだスポーツ界において生理は選手が話しにくい問題であることも浮き彫りになった。

 女性の身体は繊細だが、もう「我慢する」という時代ではなくなったと感じる。科学、医療の発達もあり、知識を身につける環境は多くあるだろう。

 これから先、ますます女性アスリートの活躍の場面は多くなっていく。女性アスリートの輝きの根底には、様々な身体の変化を乗り越えている強さがあるのかもしれない。彼女たちが自分らしく、強くしなやかに輝いていけるように祈っている。

文=伊藤華英

photograph by AFLO