当時はまだ「移籍」という言葉は、身近なものではなかった。

 この言葉を意識するようになったのは、プロサッカーリーグ(Jリーグ)がスタートした1993年頃から。日本人選手にとってはまだ縁遠いものだったが、今後は日本のサッカー界にも馴染んでいくのではないかと私は感じていた。

 その当時の「移籍」は、どちらかといえばネガティブに感じられていた記憶がある。移籍する日本人選手はJFLからJリーグクラブへ移ることがメインで、Jリーグのクラブ間の移籍はまずない……というよりも、できないと考えられていた。移籍は助っ人外国人が行うものだというイメージを持っていた選手も多かったはずである。

 そんな時代だったので、日本人選手の国内移籍は世間的にもタブーのように扱われていた。しかしJリーグも25年が経過し、当時タブーと見られていた「移籍」に対する考え方、その使い方、制度など取り巻く環境のすべてが大きく変わった。今では国内移籍も頻繁にあり、日本代表選手が国内で移籍しても不思議ではない。

 今日まで移籍には多くのドラマがあり、人々の感情をいろんな方向に揺り動かしてきた。それらのすべてがJリーグの歴史であって、この先もずっと続いていくことになるのだろう。

「規律を忠実に守る」という評価ポイント。

 Jリーグの誕生後しばらくの間は、日本人選手には国内ルールが適用され、外国人選手とは異なる移籍制度が運用されてきた。現在はFIFAの定めるルールに統一されており、同じ条件での移籍が可能となっている。

 Jリーグによって、日本サッカーのレベルは格段に上がった。それと同様にルール改正も進み、国内のみならず海外への移籍も頻繁に見られるようになった。それでもまだヨーロッパをはじめとする海外への移籍には、シーズン開幕時期の違いやサッカー文化の違いなどがあり、簡単になったとまではいえない状況だ。

 カズさん(ジェノア)や中田英寿(ペルージャ)らのイタリア・セリエAへの移籍と活躍をきっかけに、日本人選手の世界への扉が開かれた。先人に続いた多くの選手たちの存在もあって、いまでは日本人の力はヨーロッパでも認められている。特に「規律を忠実に守る」という日本人の特徴、私たちにとっては特別とも思えないこのポイントが高く評価されている。

基本的に22歳以下の日本人選手しか獲得しない。

 多くの日本人選手が、ヨーロッパだけではなく南米やアジアなど世界中でプレーする今、移籍に関しての知識や情報は増え、考え方も多様になってきていると感じる。シーズンオフと夏の移籍期間には、大きなニュースとなって注目を集めることもある。

 ヨーロッパのクラブが日本人(や他のアジア人)選手獲得の条件に挙げるポイントは、大きくわけて2つある。

 1つは、「2、3年育てることで次のクラブへのステップアップを狙える若手であること(18〜20歳)」。

 もう1つが「すでに日本で実績のある日本代表クラスの若手であること(20〜22歳)」。

 つまり、獲得対象となるのは基本的に22歳以下の若手だけなのだ。主要リーグの上位クラブになれば、25歳前後の日本代表クラスで即戦力となる選手を獲得する可能性もある。しかし、その場合でもクラブはその後の移籍まで考慮するので、以前よりこのケースは少なくなっている。

20歳を超えた選手は、欧州では「若手」ではない。

 また強調したいのは、「若手選手」として扱われる年齢が、日本と欧州とで異なるということだ。

 ヨーロッパでも10代後半の選手はまだ若手と扱われているが、20歳前後になると大人としての位置づけに限りなく近づく。すべてのクラブがそうではないとしても、実は多くのクラブが20〜22歳の選手にたいして、若手という認識を持っていないのだ。

 10代後半で所属クラブのレギュラーに定着し、20歳前後でチームの中心となり代表入りする選手もいる。昨シーズンのアヤックス(オランダ)はその典型的なクラブだ。2016-17のヨーロッパリーグを戦ったメンバーの平均年齢は約22歳、その若手中心のチームでファイナルに挑んでいる。チームのセンターラインに10代の選手を配置しプレーしていたことも特徴に挙げられるだろう。

U-20W杯以降、堂安律への注目はとても高かった。

 オランダにはこの流れが特に強く、ガンバ大阪の堂安律選手のフローニンゲン移籍にもつながった。韓国で開催されたU-20W杯での彼の活躍後には、オランダのコーチ仲間やエージェントから私にも問合せがあったほど、彼は注目されていた。

 訊かれたのは、日本での評価は? 性格は? 語学力は? これまでどのような環境でプレーしてきたか? などなど。実際にいくつかのオファーがあるという話も聞いていた。彼のように、ゴール前で決定的な仕事ができる左利きの選手は特に評価が高い。アジリティ能力が高く、ターンの切れ味が鋭く、シュートが上手い点も、特にポジティブな要因に挙げられる。

 もっとも、選手の評価に関する話は日常的に行われているので、堂安選手の移籍についても契約に至るのはそんなに簡単ではないと考えていた。だが実際は、想像以上に話が早くまとまったようだ。

 正直に言って、このスピード感には驚いた。もちろんヨーロッパのクラブは選手獲得の知識や経験が豊富である。彼らのネットワークは世界中(特にヨーロッパ内)のいたる所に張り巡らされていて、急な案件でもその場で対処することが可能だ。エージェントがプライベートジェットで移動して契約をまとめることもある。

 すでに契約を結んでいる選手であっても、シーズン中に契約期間の変更や内容の見直しを図ろうとエージェントはいつも動いている。常に連絡が取れる状態を保っており、携帯電話やメールのリターンはとにかく速い。そのような仕事の進め方を間近でみて、いまの欧州のスピード感を知ることができた。

ヨーロッパ中で、日本人選手についての質問攻めに。

 このオフを利用し、短期間ではあったがスペイン、イタリア、イングランドを旅して回った。その途中で知り合ったサッカー関係者からは、何人もの日本人若手選手について質問を受けた。

「可能性を秘めた若手がたくさん日本にいる!」と彼らは評価していた。彼ら若手選手たちには国内外でサッカーを経験し、確実に成長して日本サッカーやJリーグのレベルをより高いものに押し上げてもらいたい。

10代の選手にはどんな練習、経験が必要なのか。

 では改めて、ヨーロッパのプロの世界で「若手」とは何歳くらいをイメージするのか?

 一般的に考えれば17〜19歳だろう。VVVフェンロでは、アカデミーでプレーしていた15歳のGKをトップチームのトレーニングに参加させ、1年後に16歳でプロ契約したケースもある。

 では10代の選手たちにとってどのような経験、トレーニングを積んでいくことがベストなのだろうか。これは永遠に議論されていくテーマだが、やはりボールを蹴る(距離、スピード、種類)こととボールを止めることが大切になる。単純ではあるけれど、このトレーニングを徹底して、レベルアップを図ることが重要になる。蹴る止めるのレベルが高ければ高いほど、その後に大きなチャンスが巡ってくる。

 海外移籍を目指すのであれば、語学力も必須となる。語学の準備ができているだけでも、成功の可能性は格段に上がるだろう。もちろん海外遠征などを経験できればさらにいい。できることなら中学生までに海外旅行や遠征などで、日本以外での生活を体験してもらいたい。そうすることで日本の良さを改めて感じることができ、日本がさらに好きになるかもしれない。積んだ経験を踏まえて、海外挑戦について考えていけばいい。

 今回の堂安選手の移籍は、あらためて海外移籍の難しさ、魅力について考えるきっかけになった。

 最後になるが、私自身も新シーズンからイングランドのリーズ・ユナイテッドに“移籍”することになった。肩書は「Head of Football Development-Asia LUFC」。監督をマネジャーと呼ぶ国で、フロント側の仕事をしながら強化に携わり、チームマネジメントを学びたいと考えている。

文=藤田俊哉

photograph by Toshiya Fujita