「オラ(こんにちは)! 柴崎岳です。ヘタフェとヘタフェファンのみなさん、はじめまして。ちょっと緊張しています」

 入団会見の冒頭で、柴崎岳はスペイン語でそう挨拶した後、照れ臭そうな笑みを浮かべた。

 2部テネリフェでのプレーを経て、半年越しに実現したスペイン1部への移籍。複数のクラブが獲得に興味を示す中、柴崎が選んだのは「一番クラブからの熱意というか、必要とされていることを感じた」というヘタフェだった。

 ヘタフェは創立1983年という歴史の浅い町クラブだ。

 1部初昇格も2004年と最近のことだが、その後は12シーズンにわたって1部に定着。その間には2年連続('07、'08年)のコパデルレイ準優勝、初出場のUEFAカップでの8強入り('07-'08)といった成功も収めた。延長戦までもつれ込んだ準々決勝バイエルン戦の死闘は、今でも語り草となっているクラブ史上最高の名勝負である。

欧州進出は難しいが、降格を心配するチームでもない。

 しかし、近年は資金難から徐々にチームが弱体化し、残留争いを繰り返した末に一昨季の2部降格に至った。

 幸いにも1年で1部に復帰できたものの、ほどなく9年間スポーツディレクターを務めてきたトニ・ムニョスが退任。エスパニョールなどでSD職を歴任してきたラモン・プラナスを迎えた今季は新たなプロジェクトの下、再スタートを切ることになる。

 レベル的に欧州進出は難しい反面、一昨季のようによほど大きく躓かなければ残留争いに巻き込まれるチームでもない。また地元民の関心は2つのビッグクラブ、レアル・マドリーとアトレティコ・マドリーに集中しているため、ファンやメディアから大きなプレッシャーを受けることもない。

 こうしたヘタフェの特徴は若い選手が1部でのプレー経験を積むには最適な環境であり、クラブも金をかけない戦力補強の手段としてビッグクラブの若手有望株たちをレンタルで受け入れてきた。

2列目は激戦区で、10番といえど立場は約束されない。

 今夏もアンヘル・トーレス会長は「レアル・マドリーとアトレティコから数選手を借りる予定」と話しているが、並行してプラナスは数年スパンでのチーム強化を考えた複数年契約での選手補強にも動いている。

 まず昨季主力として活躍したレンタル組のダニ・パチェコ、フランシスコ・ポルティージョ、アルバロ・ヒメネス、チュリの4人は完全移籍での残留が決定。最終ラインには2人のセンターバック(ブルーノ・ゴンサレスとエミリアーノ・ベラスケス)と左SBのビトリーノ・アントゥネス、そして両SBにCBもこなせるジェネを補強した。

 中盤には1部でのプレー経験が豊富なレアル・ソシエダのボランチ、マルケル・ベルガラを獲得。2列目には柴崎に加えて左利きのテクニシャン、モロッコ代表MFのファイサル・ファジルも加わった。

 他にもパチェコ、ポルティージョ、チュリ、アルバロらがいる2列目は激戦区であり、背番号10を与えられた柴崎もポジションが確約されているわけではない。

テネリフェ時代、ヘタフェとは不思議な縁があった。

 それも見方を変えれば、中盤の陣容は昨季のテネリフェを大きく上回る質と量を誇る。しかも前線には巧みなポストプレーとシュート技術を持つベテランのホルヘ・モリーナに加え、昨季2部で21ゴールを挙げた快速FWアンヘル・ロドリゲスも加入した。彼らは周囲との連係プレーを得意とする柴崎がボールを持つたび、多くの選択肢を与えてくれるはずだ。

 柴崎とヘタフェは不思議な縁で繋がっている。

 3月12日のスペイン2部第29節。1月末にテネリフェに入団して間もなく体調不良に苦しんだ後、初めて招集メンバーに入ったのがヘタフェとのアウェー戦だった。

 そして6月24日、柴崎がテネリフェの選手として最後にプレーした場所もまた、同じコリセウム・アルフォンソ・ペレスだった。

 あと1点が足りずに1部昇格を逃したテネリフェの面々にとって、眼前で繰り広げられた地元ファンのお祭り騒ぎは、この上なく残酷な光景に映ったことだろう。

「いつか1部の舞台でプレーすることが夢でした」

 だが奇しくも柴崎は、一度は逃した1部でのプレーを、同じスタジアムで実現することになった。それはテネリフェで戦った5カ月間において、スペイン国内における自身の評価を高めてきたからこそ手にしたチャンスである。

 結果として少なくないテネリフェファンを敵に回してしまったことは残念ながら、プロとしてより良いプレー環境を選ぶのは当然のこと。何より彼はラスパルマス移籍が確実視された1月から半年にわたる紆余曲折を経て、ようやく憧れの舞台に辿り着いたのだ。

「いつか1部の舞台でプレーすることが夢でした。昨季からスペインでプレーして、チャンスを掴んで、この舞台で今季からプレーできることを嬉しく思っています」

 ヘタフェに始まり、ヘタフェに終わった2部での奮闘を終え、柴崎は今度はヘタフェの一員として新たな挑戦をスタートする。

文=工藤拓

photograph by Getty Images