かかわる者みんなが夢を見た。どこまでも高く飛んでいきそうな気配があった。

 Bリーグ初年度に最も成長したチームは?

 その問いには簡単に答えられる。

 千葉ジェッツだ。

 しかし、優勝候補として臨んだチャンピオンシップ(CS)では、栃木ブレックスに22点差をひっくり返されての敗退。試合中に選手同士が口論するシーンが見られたことで「内紛」や「自滅」とも報じられ、彼らの戦いはあっけなく幕を閉じた。

 その背景には何があり、優勝するためには何が足りなかったのか。なぜ、彼らは人々を惹きつけたのか。そして、これからどこへ飛んでいこうとするのか。1年目を終えて、多くのことが検証されなければならない。

 栃木がCSでジェッツに勝った翌週のこと。当時、栃木に所属していた渡邉裕規が語った。

「正直に言うと、千葉に勝ったのはすごく自信にしていいと思います。他のチームがどうだということではないですけど、オールジャパン(天皇杯)に優勝し、あれだけの勝率をあげたチームと戦って、CSの1回戦で勝てたというのは凄いはずみになっています」

 渡邉だけではなく、ジェッツとの戦いで得たものの大きさを口にした選手は、田臥勇太や川崎の篠山竜青など数多くいた。

人気はもともと日本でも有数だったが。

 開幕当初は、日本バスケ界で最も多くの観客とスポンサーを集めるチームというのが、ジェッツの前評判だった。競技面でそれほど大きな期待を受けていたわけではない。そんなチームが、なぜ台風の目になれたのか。

 Bリーグ開幕に合わせてジェッツにやってきた指揮官の大野篤史は、『Be Professional』というスローガンをかかげた。

 お客さんを集めるプロとして、勝敗にかかわらず、見に来てもらえるような魅力を持ったチームを作らなければいけない。

 しかし集客だけが目標ならば、バスケットボールチームである必要がない。

 相手と戦うスポーツで欠かすことの出来ない“闘う姿勢”を、エナジーとともに表現し続ける。お客を集めるエンターテインメントと、バスケで相手を倒すスポーツ面の目的とを、プロとして両立させる。そんなスローガンだった。

 そして1年、掲げた理念に違わず彼らはリーグで最も成長したチームになった。

小野も、富樫も、石井も1年で見違えた。

 キャプテンの小野龍猛は、シーズンの最後にこう話した。

「天皇杯では優勝しましたし、シーズンの最後の方はチームとしての完成度もすごくあがってきました。そこは胸を張っていいところだと思います」

 ポイントガードとしてチームを牽引する富樫勇樹の言葉もポジティブだ。

「レギュラーシーズンの結果は東地区3位でしたけど、以前は差があったアルバルク(東京)や栃木とも、互角かそれ以上の戦いを出来ました。チームとしても個人としても、本当に成長できた1年でした」

 シューティングガードの石井講祐は、チームの進化を体現する存在かもしれない。29歳という年齢ながら、1年で見違えるほどの成長を見せた。

「外れたら、自分を使ったコーチが悪いと思え」

 ヘッドコーチの大野は現役時代はシューターだった。その経験を踏まえて、石井にこう声をかけ続けてきた。

「打てるチャンスが来たら、とにかく打て。外れたかどうかは気にするな。シュートが外れても、自分を使っているコーチが悪いと思っていればいいんだ!」

 大野はその意図について、こう説明する。

「シューターとして1年間シュートを打ち続けることで、見えるものがあるんです。その上で、足りないものに気づき取り組んでいく。もちろん彼には他のことも出来ると思いますが、チームメイトに依存する部分があってもいい。そうすることがチームとして相乗効果を生むんじゃないか、と考えていました」

 石井の3P成功率は、シーズン通算で41.8%を記録した。200本以上の3Pシュートを放った選手のなかで堂々のリーグ2位。石井はその理由を教えてくれた。

「ボールをもらいにいく前の動作が、シュートを狙うための動きになってきました。しかも、たとえそこでシュートを打たなくても、きれいにパスがつながったりする場面も多くて、数字に表れない部分でも貢献できたと思います」

 石井は、こんな興味深い指摘もしている。

「シーズンの初めのころは、なんで勝ったのか、なんで負けたのかがわかっていない感じもあったんです。でもシーズンが進むにつれ、『自分たちの強みはこれだ』とはっきり認識するようになりました。だから、チームはだんだんと強くなったと思います」

選手の個性を尊重し、役割を明確にする。

 自分たちの強み――。

 それがジェッツのキーワードだった。1年を通して、大野は選手たちに問いかけた。自分の得意なことは何なのか。苦手なことは何なのか。

 得意なプレーを見せるときに、アスリートは最も大きな輝きを放つ。それをチームとして追求したからこそ、ジェッツはリーグ有数の個性的なチームになった。

 ポイントガードの富樫は日本人4位タイの1試合13.2点という得点力を備える一方で、平均アシスト数も4(50試合以上出場した選手のなかで3位)など、決定的なパスも出してきた。

 脱サラしてプロになった異色の経歴の持ち主である石井は、3Pの成功率がリーグ2位。キャプテンの小野は197cmという長身ながら、アウトサイドからのシュートを涼しげに決めた。他にも成長著しく日本代表候補に入った原修太や、アグレッシブなプレーでファンの心をつかむ阿部友和もいる。

 チーム最年長の38歳にして、理論派のセンター伊藤俊亮は個性が際立っていた理由をこんな風に語る。

「プレーの面では、ヘッドコーチの仕事の振り方が結果に表れているんじゃないかなと思います。それぞれが役割を理解し、頑張る。シーズンの最初から最後まで本当に徹底していましたから。そこは、お客さんにも楽しんでもらえた要因の1つなんじゃないかなと思います」

アメリカ人選手だけが得点するチームにはしたくない。

 指揮官の大野は、選手の特長を引き出そうと考えた狙いを以下のように説明する。

「もちろん助っ人のアメリカ人選手の力もすごく大切なのですが、彼らだけが得点をとって勝つだけのチームにはしたくないと思っていたので。例えば、富樫を活かすのはピック&ロール(スクリーンを使い、スクリーンをかけた選手がゴール方向にターンする形)を使った攻撃ですし、石井にはシュートを打てと言い続けてきました。小野の持っているスキルはスモールフォワードで活きると思っていますし。彼らが活きるようなアーリー・オフェンスも作りました」

 その狙いは成長神話として結実し、選手たちは活き活きと個性を開花させていった。

 では、優勝するためには何が足りなかったのか。

 1つには、各選手の武器が明確なため、相手に対策されやすかったことだ。栃木とのCSでは徹底的に対策を練られ、いつものようなピック&ロールからの攻撃は見られなかったし、リーグ最多の3Pシュートを決めたシューター陣も沈黙した。

 ジェッツが武器を磨けば、当然相手はその特長を消そうとしてくる。これからは、相手の対策を上回る準備が求められることになる。

大野コーチ「チームとしての成熟度で負けた」

 他には、22点のリードを守り切れなかったCSに代表されるように、圧倒的な攻撃力と爆発力を兼ね備えてはいても、その力を上手くコントロールすることができなかった点が課題としてあげられる。

 そもそも、レギュラーシーズンの勝率でアルバルク東京と並びながら東地区3位に終わったのは、直接対決の得失点差で劣っていたからだ。彼らは4月のアルバルクとの試合でも最大19点差をつけながら、最終的には6点差までおいあげられ、それが結果的に地区3位につながる遠因となった。

 つまり、リードを奪ったあとの戦い方に大きな課題があったのだ。大野はその理由をこう語る。

「ボールに対する執着心、1つのポゼッションをどれだけ大切にするか。特に流れが悪くなったときに、それが出来なかったところが一番の問題かなと思っています」

 チームとしての約束事を守らせるために、策は講じてきた。選手たちの心に忍び込む慢心や気の緩みを取り除くように、細心の注意を払っていたつもりだった。

 しかし、大野はこう振り返る。

「戦術や戦略で負けたのではなく“チームとしての成熟度”で負けたと思っています。成熟させられなかったことは、コーチとしての自分の力量不足です。それなりに勝てたことで、問題を見逃してしまいました。チームカルチャーやアイデンティティーについて、さらに問い続けないといけませんし、そのためのアプローチも変える必要があるかもしれません。『ジェッツはチームとして成熟したね』と言われるくらいのチームになりたいんです」

 CSのコート上での言い合いも、成熟度の低さが露呈したものだった。

ジェッツは“ゲリラ的な戦い”をしていた?

 3チームを渡りあるいてジェッツにたどり着いたベテランの伊藤はこう話す。

「それぞれの選手が、すごく成長したと思います。チームとしても、開幕の頃と比べるとケタ違いの戦いが出来るようになりました。ただ、組織として成熟しているチームは悪い流れの中でも、耐えられるんですね。僕たちは足りないものに目をつぶりながら、ある意味で“ゲリラ的な戦い”をしていた部分があると思うんです。

 横綱みたいな相撲がとれるようになるまでには時間がかかるということかもしれません。個人的には、これからチームが同じ方向を向くための何かをやっていければいいなという風に思っています」

欲張らなければ、面白くないではないか。

 Bリーグチャンピオンという頂へ向かって登っていくだけの力をジェッツは持っていた。推進力とスピードも兼ね備えていた。それも、他のチームが脅威に思うほどのレベルで。

 しかし頂にたどり着くまでには途中で回り道をしたり、悪天候を考慮してとどまることも必要だ。

 Bリーグ初年度のジェッツには、それが出来なかった。だから、最終的にはベスト8という成績に終わった。

 7月18日、ジェッツは新シーズンにむけての活動をスタートさせた。昨シーズン終盤の喧噪が嘘であるかのように、ひっそりと。彼らの戦いは続いていくのだ。

 日本バスケットボールの歴史は、悲しみと別れの積み重ねだった。

 実業団を母体とした旧NBL系のチームのなかには、親会社の経営不振により惜しまれながら活動を止めたチームもある。一方で、旧bjリーグでは参入障壁を低くした反面、経営の甘さから、ひっそりと表舞台から去ったチームも多い。ジェッツだって、経営危機にあえいだ時期がある。

 危機を吹き飛ばし、ジェッツはエンターテインメントとバスケットボールの勝負を両立させようともがいている。簡単な道ではない。ただ、彼らは日本バスケットボールの最高峰の舞台に戦う、あこがれのプロクラブなのだ。欲張らなければ、面白くないではないか。

 そして、そこで結果を残してこそ、Bリーグが開幕した意義はさらに膨らみ、日本バスケットボールの新しい歴史が紡がれていくのである。

文=ミムラユウスケ

photograph by AFLO