東京ドームで7月14日から12日間にわたって行われた第88回都市対抗野球は、7月25日に決勝戦が開催された。東京都のNTT東日本が、昨秋の日本選手権準優勝チームであるさいたま市の日本通運を10−4で下し、1981年の電電東京時代以来36年ぶり2度目の優勝を飾った。

 今秋に控えるプロ野球ドラフト会議で上位指名候補と目されるプロ注目の右腕、西村天裕の調子が上がらない中での厳しい戦いとなったが、そのダメージを感じさせない豊富な投手力と、それをバックアップした野手陣の積極的なプレーは、チームスローガンである「アタック&チャレンジ」をまさしく体現していた。

 印象的だったのは東芝(川崎市)と戦った準決勝、0−0で迎えた9回裏1死二塁の場面だ。

 東芝の3番手で登板したJX-ENEOSからの補強選手・柏原史陽が投球モーションに入るか否かの絶妙なタイミングで、NTT東日本の二塁走者・喜納淳弥は猛然と三塁へスタートを切った。

 まさかの三盗だ。

 一打出ればサヨナラという場面だった。

 セオリーから言えば、120パーセントどころか150パーセントの確信がなければ走って良い場面ではない。それでも喜納の足はさも当然のように三塁へ向いていた。

 結果はセーフだった。

ギャンブルとも思っていなかった、異様な三盗。

 東芝のベテラン捕手・井川良幸はこの奇襲に虚を突かれて三塁に投げることも出来なかった。

 究極とも言える勝負の場面で三盗を決めた喜納が、この場面を振り返る。

「自分が走ったときは、(相手投手が)まだモーションを始動していなかったと思うんですけど、守っている野手の『走った』という声も、普通の球場だったら届くのに、ここは音でかき消されて届かない感じがしました。そういう状況もたぶん味方になったんじゃないかと思います」

 マイクと巨大スピーカーで拡大される応援団の声、ドラムが鳴り響く音、そうした都市対抗野球独特の雰囲気も味方につけた。

 さらに喜納はこう続ける。

「もしかしたらあそこで牽制が来たかもしれないです。だけどそこは勇気と賭けですよね。でも自分の中ではそこまでギャンブル性を感じてもいなかったんです」

 喜納はかなりの確信をもって、三塁へスタートを切っていたと言うのだ。

目指したのは“1死三塁”の場面を作る野球。

 飯塚監督がNTT東日本の監督に就任したのは2014年のこと。今年で4年目を迎える。

 目指したのは“1死三塁”の場面を作る野球。

 盗塁が先で犠打が後か、犠打が先で盗塁が後かはその場のケースによるが、次のバッターが内野ゴロでも、外野フライでも、はたまた敵失でも暴投でも点が入る、より先の塁を狙うことで相手チームにプレッシャーを与える野球を目指した。

 一線級の投手を複数そろえるトヨタ自動車や日立製作所に対抗するために何をするべきか、それを追い求めた結果、前述の“セオリー破り”の走塁も飯塚監督の中では当然の策となった。

 しかし、試合で失敗すると「無謀だ」「無策だ」「何を考えているんだ」と非難の声も飛んできた。

「私が監督をやるようになって4年目になるんですけど、その間、見ている人から『なんだ、あの盗塁のアウトは』とか言われ続けたんですけど、チーム内ではそれでもオーケーという約束事でここまで進めてきました。二盗でも三盗でもオーケー。(失敗しても)ミスとはとらないです」

 この4年間、どんなことがあっても信念を変えることはなかった。

 その想いは選手、スタッフ全員に伝わっていた。

「誰であってもあそこは走っていたと思います」

 前述の三盗を決めた喜納が語る。

「結果的に目黒(聡)さんが打って勝ちましたけど、うちのチームは元から攻めの走塁だったり、バッティングだったり、守備でもですけど、攻めの姿勢を大切にしているチームです。だから自分じゃない誰であってもあそこは走っていたと思います」

 喜納はチーム内で俊足の方ではけっしてなかった。誰であっても走っていたということは、チーム内でその方針が浸透しているという証明でもある。

 6回裏に同じく1死二塁の場面で三盗を決めた下川知弥が、喜納の言葉を補足する。

「当然確信もありましたし、なんのためらいもなく自分も行けました。戦術的なことなので細かい話はあれですけど、試合前にチーム内で確認していたことですし、塁に出てから決めたことではないです。それをたまたま僕も実践したというだけで、たぶん僕じゃなくても走っていたと思います」

 失敗を恐れず常にアタック&チャレンジを続ける姿勢。野球に限ったことではない人として大切な部分を、飯塚は野球をとおして若い選手達に教えてきた。

積極的なプレーによる失敗は、ミスではない。

 その想いをもっとも噛み締め、日本通運との決勝戦では試合を決めるスリーランを放った下川も次のように続ける。

「僕が入社して1〜2年目の頃は、試合で結果が出せなくて、飯塚監督にかなり迷惑をかけたと思います。それでも我慢して、期待して、使い続けてもらいました。

 最近のオープン戦でも(都市対抗野球の準決勝と)同じような場面で三盗を失敗しましたけど、攻めていく姿勢はチーム内で常に言われていたことでしたし、積極的な失敗に関してはミスと捉えない監督さんなんで、本番でもやりやすかったというのはあります。だから、なんとしてでも恩返しをしたいとはずっと思っていました」

 174cm、73kgと野球選手としたらけっして体格に恵まれた方ではない。それでも左打者で左中間のスタンドを越える打球を放つ。躊躇したスイングでは到底出来ないことだ。

オープン戦では意図的に積極的なプレーをさせた。

 決勝戦はこの下川だけでなく、5番を打った主将の越前一樹、7番を打った加藤孝紀(明治安田生命からの補強選手)、9番を打った伊藤亮太の4人が本塁打を放った。監督曰くオープン戦でも類を見ない珍しい戦いぶりだったのだという。

 だが、ここに挙げたビッグプレーの数々は偶然の産物ではけっしてない。

 記者団の前では「走塁練習は特にしていないです。隙があったら行こうぜとは常に練習の時から言っていますけど……」と煙に巻いた飯塚監督だったが、それ用の練習は大会前に何度も繰り返してやって来た。

「しっかり練習してきたことを本番で出すために、オープン戦では何が悪くて失敗したかを感じてほしかったので、選手みんなに盗塁を含めわざと積極的に色んなことをやらせました。そのための練習、そのための練習試合ですからね。それで試合で成功したら『だろ、だろ』ってね(笑)。成功した選手の喜んだ顔も見られるのもあるし、そうやって少しずつ向上心を育てていく野球。それを目指しているんです」

NTT東日本の覇権は、しばらく続くだろう……。

 選手と年齢が近いせいもあって、納会では一緒になってはしゃぐこともあるという飯塚監督。そんな監督を安田武一投手コーチや、コーチ兼任で捕手を務める上田祐介、ベテランの北道貢、大竹飛鳥、目黒らが盛り上げる。

 準決勝でサヨナラ打を放った目黒について飯塚監督は次のように語る。

「昨年まで不動のレギュラーだった目黒が足(代走)から守備固めまで、一切腐らずにやってくれている。本当に有難いですよね。

 後輩を指導するというか、若手の練習に付き合っている姿を見たりして、本当にいい歳の取り方をしているなって思いますし、僕らのチームはコーチが3人しかいないんですけど、もう1人コーチがいるような存在でもあるんです」

 次は秋の大阪ドーム、日本選手権が戦いの舞台となる。

 監督、コーチ、ベテラン、若手が一体となっているチーム、この強さはしばらく続くだろう。

文=永田遼太郎

photograph by Kyodo News