見据えているのは“一点突破”。

 筑波大学と株式会社ドームががっちりとスクラムを組む産学連携は、旧弊でがんじがらめになった大学スポーツの世界に、突破口を開くための"協働戦線"だ。

 特大の驚きは、筑波大学による学内スポーツ改革の陣頭指揮を、ドームの安田秀一代表取締役が執るという事実。7月27日に公式発表された。アメリカの大手スポーツ用品ブランド「アンダーアーマー」日本総代理店として知られるドームは、実はスポーツを通じた“世直し”を強力に推進するリーディングカンパニーでもあり、カリスマティックなその牽引車こそ安田なのだ。

 筑波大学の永田恭介学長は、大好きだと言うサッカーの実例で、人事の重要性を説く。

「うちのサッカー部が2部に落ちたのは、風間さんを失ってからでした。そこから這い上がり、インカレで優勝できた。小井土さんのおかげです」

サッカー部は天皇杯でJクラブを3連破した。

 筑波大学蹴球部が関東大学リーグ1部から史上初めて降格したのは、風間八宏(現名古屋グランパス監督)の川崎フロンターレへの転出という優れた指導者の人材流出が一因だったと考えられる。2015年は2部での戦いを強いられた。それが2016年は、返り咲いた1部でいきなり2位に食い込み、全日本大学サッカー選手権(インカレ)を制してみせる。風間からひとり挟んで監督に就任した小井土正亮の下で競争力を高め、今年は周知の通り、天皇杯でJリーグ勢を3連破して、大きな注目を集めている。

 ドームが仕掛けるいわば一点突破型のイノベーションは、筑波大学が先陣を切る大学スポーツの改革だけではない。スポーツを通じた地方創生を使命とする「いわきFC」も、ドームの全面支援を受けてフロンティアを開拓するパイオニアなのだ。

「筑波」と「いわき」の共通点は、昨今の天皇杯での躍進だけではない。スポーツを活用した大学と地方のイノベーション、つまりは社会的な革新を率先垂範する二つのモデルでもある。日本のサッカー選手のフィジカルスタンダードを高めていくという、本質を突き詰める挑戦でも認知度を上げる「いわき」が生み出そうとしているのは活気に満ち溢れた街。それでは「筑波」が大きな一歩を踏み出した未来は、何がどう変わっているのか――。

学生たちの福祉をいかに充実させていくか。

 筑波大学の永田学長が一例を挙げながら語ってくれたのは、学生たちの福祉をいかに充実させていくかという教育環境のさらなる改善についてだった。

「メンタルの問題って、誰が陥ったとしても、おかしくないですよね。これが欧米ですと、気軽に専門家に相談できます。アメリカの大統領には、複数のサイコロジスト(心理学者/精神分析医)が付いているほどです。骨折したら、すぐに治療を受けるでしょ? 同じようなメンタルのケアが、やがて日本でも当たり前になる。当面は安全に、そして安心して取り組めるように整えていく大学スポーツの改革が、一般の学生の福祉もしっかりマネジメントできるようになる学内の意識改革にも繋がっていくだろうと、我々は期待しているわけです」

 時代錯誤の旧弊が、いまだにまかり通っているという、そんな話でもあるだろう。安田代表取締役の招聘で加速していくドームとの協働は、まずは旧弊による歪みが軋(きし)みを生じさせている体育会運動部にメスを入れ、次は大学全般を、やがてはこの社会を、永田学長の言葉を借りれば「快適に」していこうというイノベーティブな試みなのだ。想像はこう膨らむ。正当な根拠のない偏見や固定観念による歪みや軋みを教育機関から取り除いていけば、もっと暮らしやすく、生きやすい、つまりは豊かな世の中になっていくはずだと。

あらゆるリスクを管理して、大学スポーツの産業化を。

 筑波大学が8月1日付けで新設する「アスレチックデパートメント設置準備室」のトップに、ドームの安田代表取締役を迎えるという今回の発表は、変革進展への期待を一気に高めるものだ。体育会運動部でこれまで野放しにされてきた健康リスクと会計リスク、さらには法的リスクを大学側が徹底管理し、コンプライアンスを十分に浸透させていくには、専門部局の新設だけでなく、旧弊や、その背後にあるしがらみを断ち切れる剛腕が必要となる。

 大学スポーツの産業化も、筑波大学は視野に入れている。その意味でもスポーツビジネスの掛け値なしのエキスパートであり、永田学長に言わせれば「餅は餅屋」の安田こそたしかに最適任者に違いない。

大学のスポーツ環境を充実させるための原資を稼ぐ。

 とはいえ、大学スポーツ産業化のために、安田が筑波大学に乗り込むと考えるのは早合点であり、思い違いだ。大学とは本来、人材育成機関だろう。スポーツ活動を通した豊かな人格形成にこそ、スポーツの真価がある。それが、自身の大学時代にアメリカンフットボール部で多くを学び、指導者としても学生たちと短くない時間を共有してきた安田ならではの、経験に由来する強い確信なのだ。

 自己の限界に挑むスポーツでの鍛錬を通して見込める成長は、単に身体的な強化だけではない。自発性、責任感、リーダーシップ、コミュニケーション能力の向上など心身両面で枚挙にいとまがなく、勝負や競技から得られる他者へのリスペクトはダイバーシティ(多様性)の尊重へも繋がってくる。人格陶冶に直結する価値を持ったスポーツは、教育現場に不可欠であり、そのために大学スポーツの産業化を進めていくという順序が安田の認識だ。大学のスポーツ環境を充実させるための原資を、大学スポーツ自体で稼ぎ出せれば、それこそ理想的だと。

 将来的に独自のカンファレンス(リーグ)を構成し、集客できる自前のスタジアム/アリーナを所有して、ホーム&アウェーで稼げる時代が来ようとも、収益はスポーツを含めた教育環境の整備、改善のために使う。アカデミックな学問、研究領域も再投資の対象だ。

大学スポーツ改革の取り組みから様々な分野に。

 筑波大学が鋭いクサビとなるであろう大学スポーツ改革の取り組みは、日本版NCAAをめぐる空転しがちな議論にも風穴を開けるに違いない。大学スポーツの産業化は、大学の教育環境を充実させるための手段であって、目的ではないというのが安田の考えだ。大学横断的、競技横断的な統括組織(日本版NCAA)を仮に作ったところで、目的と手段を履き違えるか、そもそも教育環境改善の意志に乏しい加盟大学が多いままなら、空疎な箱物のような組織にもなりかねない。

 あえて言えば、教育環境の充実すら目的ではない。安田との対話を通して、浮かび上がってくるのは、こんな未来だ。世界各国から個性的な才能がどんどん集まってくる筑波大学。学生はもちろん、教職員を含めてだ。そして全世界の最適化――幸せの最大化と不幸せの最小化――に貢献できるリーダーや担い手を、国籍を問わずに輩出できる筑波大学。そうした成功モデルをドームとの協働で作り上げ、第2、第3の筑波大学が後に続く。グローバルスタンダードで最高水準の日本の大学が増えていき、切磋琢磨する。

 今すぐにという話ではない。しかし、そんな胸躍る未来が訪れたなら、2017年7月27日の発表は画期的なその第一歩として歴史に刻まれているはずだ。(文中敬称略)

文=手嶋真彦

photograph by Kyodo News