7月10日、11日のセレクトセールに続き、「日高のセリ」として知られる7月18日のセレクションセールも落札総額、落札率とも過去最高だった昨年を上回るレコードを記録した。

 セレクトセール当歳では、イルーシヴウェーヴの2017(牡、父ディープインパクト)が5億8000万円(税抜き、以下同)という、日本のセリ史上2番目の高額で落札され、話題になった。

 しかし、日本の競馬界では「セリの高額取引馬は走らない」と言われつづけてきた。それが「定説」になっていたのだが、ここに来て、いささか状況が変わってきたようにも見える。例えば、2頭合わせた落札額から「5億円対決」として注目されたサトノダイヤモンドは、2億3000万円で落札されたのだが、昨年の菊花賞、有馬記念などを優勝。今年の天皇賞・春(3着)終了時で7億8118万6000円もの賞金を稼ぎ、「定説」を覆した。

 セリの高馬が走らないというのは、もはや過去の常識なのか。それとも、サトノダイヤモンドが例外的な存在なのか――。

 サラブレッド市場の活況が続いているタイミングだからこそ、セリの高馬のその後を追いかけ、「夢の収支」を見てみたいと思う。

最高落札額・6億円のディナシーは獲得賞金ゼロ。

 日本のセリ市場における最高落札額を叩き出したのは、2006年のセレクトセール当歳で6億円の値がついたディナシー(牝、父キングカメハメハ、母トゥザヴィクトリー)だった。もともと繁殖牝馬としての価値を見込まれ、これだけの値がついたのだが、未出走だったため獲得賞金はゼロ。

 これまで6頭の仔馬を産み、3番仔のミッキーディナシー(牝、父ハービンジャー)が2014年セレクトセール1歳で3600万円、ピラータ(牡、父クロフネ)が2015年のセレクトセール当歳で1億円、ディナシーの2016(牡、父ノヴェリスト)が2016年セレクトセール当歳で4500万円で落札されている。

 初仔のヴェルデホ(牡、父シンボリクリスエス)は取引価格は不明だが、JRAで3勝し3163万3000円を稼いだ。2番仔のアルーシュ(牝、父テテカステナンゴ)はJRAで6戦して未勝利だった。今年生まれたディナシーの2017は上場されていないので、今もノーザンファームにいると思われる。

「10年、20年のうちに大物が1頭でも出ればいい」

 ディナシーは、まだ自分の価格ぶんの「経済効果」を生み出していないが、「10年、20年のうちに一族から大物が1頭でも出ればいい」という考え方だとすれば、現時点で「損な買い物だった」と言い切ることはできないのかもしれない。

 前記2頭に次ぐ、日本のセリ史上3位の高額馬は、2004年のセレクトセール(同年は当歳部門のみ)で4億9000万円で落札されたザサンデーフサイチ(牡、父ダンスインザダーク、母エアグルーヴ)だ。

 JRAで41戦して3勝。獲得賞金は7196万5000円。11歳になった2015年の3月まで現役をつづけ、同年、種牡馬として「第二の馬生」をスタートさせた。2017年度の種付料は受胎確認後30万円。2015年は7頭、2016年は8頭に種付けしただけだが、5億円近い値がついた血統背景と立派な馬体から、ポンと活躍馬が出ても不思議ではない。最初のオーナーは途中で表舞台から姿を消したので、個人の収支を計算することはできないが、いわゆる「馬主経済」としては、大きなマイナスを記録したままである。

今年のセレクトセールでは3億7000万円の値が。

 そして第4位の高額馬は、今年のセレクトセール当歳で3億7000万円の値がついたドナブリーニの2017(牝、父ディープインパクト)で、落札したのはクラブ法人事業に新規参入する(株)DMM.com。ジェンティルドンナの全妹という超良血だ。

 第5位、2011年のセレクトセール1歳で3億6000万円で落札されたラストグルーヴ(牝、父ディープインパクト、母エアグルーヴ)は1戦1勝で引退。獲得賞金は600万円にとどまった。しかし、繁殖牝馬として3頭を産み、ラストグルーヴの2016(牡、父キングカメハメハ)は、今年のセレクトセール1歳で1億2500万円の値がついた。

 第6位は、1989年の旧2歳8月市場で3億5000万円で落札されたサンゼウス(牡、父トウショウボーイ)だ。庭先取引が中心だった時代でも、トウショウボーイ産駒の牡馬はセリに出すことを義務づけられていたため、高額取引馬には何頭ものトウショウボーイ産駒がいた。サンゼウスはJRAで2勝しかできず、獲得賞金は2360万円にとどまり、種牡馬としても目立った産駒を出すことはできなかった。

「億超え」落札を上回る賞金を稼いだのは……。

 第7位は2002年のセレクトセールで3億3500万円で落札されたトーセンダンス(牡、父サンデーサイレンス)で、競走馬としては未勝利。種牡馬になったが、こちらもこれといった産駒を出していない。

 こう見ていくと、「セリの高馬は走らない」というのは、今なお「定説」と言っていいようにも思えてくる。

 しかし、その一方で、「億超え」で落札されながら、自分の値を上回る賞金を稼ぎ、馬主に大きな栄誉を与えた高馬も多い。

 次に紹介する馬たちの馬名の次に記すのがセリでの落札額、その次が獲得賞金、主な勝ち鞍である。

 アドマイヤグルーヴ 2億3000万円 5億5133万5000円 エリザベス女王杯連覇
 トーセンジョーダン 1億7000万円  7億506万円 天皇賞・秋
 マンハッタンカフェ 1億3000万円 5億2283万4000円 菊花賞、有馬記念、天皇賞・春
 ミッキークイーン 1億円 4億8776万4000円(今年の宝塚記念終了時) オークス、秋華賞

 高くても、自身の値段の何倍も走る馬主孝行な馬もいるのだ。

アドマイヤムーン、ジャスタウェイは真逆のパターン。

 馬主孝行といえば、2000万円以下で落札されながら、いい意味で予想を大きく裏切る大活躍をした馬もたくさんいる。一部を紹介すると、次のようになる。

 ホッコータルマエ 1500万円 10億7870万6000円 かしわ記念、帝王賞、JBCクラシック、チャンピオンズカップ
 アドマイヤムーン 1600万円 11億8772万円 ドバイデューティフリー、宝塚記念、ジャパンカップ
 ジャスタウェイ 1200万円 9億939万8000円 天皇賞・秋、安田記念、ドバイデューティフリー
 カネヒキリ 2000万円 8億5161万3000円 ジャパンカップダート、フェブラリーステークス

 アドマイヤムーンは、現役時代の最後のほうにドバイのモハメド殿下が主催するダーレー・ジャパンに所有権が移った。トレードマネーは40億円だったという。

 また、カネヒキリは、種牡馬入りするにあたって、総額9600万円(1口160万円×60口)のシンジケートが組まれた。

10億円ほど稼ぎ、馬主としての栄誉も与えてくれたら。

 最近は、シンジケートの総額が発表されなくなったのだが、ジャスタウェイぐらいになると10億、20億といった単位の金が動くと見ていい。その全額が馬主に入るわけではないが、基本的には「馬主がシンジケートに売却した」と考えていいだろう。

 競走馬時代のオーナーもシンジケートの株を持つのが普通だから、種牡馬となってからも収入が見込める。種付け頭数がシンジケートの口数を上回ったぶんは「余勢」と言われ、それを口数で割ったぶんがシンジケートのメンバーに配分される。例えば、60口のシンジケートで100頭に種付けした場合、余勢の40頭×種付料がシンジケートの収入となる。種付料が300万円なら、40倍した1億2000万円を口数に応じて分配する。ということは、1億2000万円÷60口で、1口あたり200万円の収入となる。

 所有馬をJRAの厩舎に預けた場合、1頭あたり、毎月60万円ほどの預託料を払いつづけたうえでの収支になるわけだが、1000万円台で購入した馬が10億円ほども稼ぎ、さらにGI馬のオーナーとしての栄誉とステイタスもプレゼントしてくれたら、細かな計算などするまでもない。

 さまざまな意味で、これほど大きな「夢のリターン」が期待できるのは、競走馬のオーナーぐらいではないか。

 サラブレッド市場では、これからも巨額の金が動きつづける。

文=島田明宏

photograph by Kyodo News