7月8日のロッテ戦の試合前、ほっともっと神戸ではオリックスの赤間謙と金田和之のサイン会が行われていた。

“オリックスの金田”にとっては初めてのサイン会。

「もう、サインにはだいぶ慣れました。最初のほうは“48”って、前の背番号書いたりしてましたけど」と照れくさそうに言った。

 金田は2012年のドラフト5位で阪神に入団。昨年オフ、オリックスから阪神へFA移籍した糸井嘉男の人的補償として、オリックスに加入した。

 阪神では2年目の2014年に中継ぎとして40試合に登板し、5勝1敗、防御率3.61という成績を残した。その後2年間は伸び悩んだが、昨年後半に浮上の手応えをつかみ、「来年こそは」と意気込んでいた矢先の移籍だった。

「タイガースから誰か1人が人的補償で行くというのはわかっていたんですけど、『まさか』でしたね。自分が選ばれるとは思っていなかったので。いろんな情報で、左ピッチャーという話もありましたから」

「人見知りなので、仲良くなるのに時間が」

 驚きとともに、不安もあった。

「野球自体はどこでやろうが僕は一緒なので、そこはいいんですが、人間関係が……。また1からなので、慣れるにはちょっと時間がかかるだろうなと思いました。自分はあんまりしゃべらないし、結構人見知りなので、人と仲良くなるのに時間がかかるんです」

 しかも、オリックスには顔見知りの選手が1人もいなかった。移籍が決まってから、選手名鑑をめくってどんな選手がいるのかを確かめたほどだ。

 昨年12月に行われた移籍記者会見では「選手名鑑を見ると、同級生が結構多いので、これから仲良くなれれば……」と心もとない様子で話していた。

 そんな金田に手を差し伸べたのが、2014年のオフにオリックスから阪神へと移籍していた桑原謙太朗だった。

オリックスの選択は「来年戦力になれる選手」。

 オリックスの佐藤達也と親交のある桑原は、「タツさん(佐藤)と飯行くけど、一緒に行くか?」と金田に声をかけた。

「何も知らない状況だったので、本当に助かりました」と金田は感謝する。

 それをきっかけに今年1月には佐藤と、金田と同い年の高木伴の3人で自主トレを行った。そこから西勇輝や松葉貴大、赤間といった同級生に輪が広がり、無事にチームメイトの中に溶け込めたようだ。球場の通路で金田に話を聞いている最中にも、横を通りかかった西が変顔をして、金田の表情をほころばせていった。

 糸井の人的補償で誰を獲得するかを決めるにあたっては、ウエスタン・リーグで対戦して阪神の若手に詳しい田口壮二軍監督も交えて、昨年12月に会議が行われた。金田も話していたように、オリックスは左腕の層が薄いため最初は左投手を狙うと見られたが、最終的には「力のある、来年戦力になれる選手」(福良淳一監督)を優先し、右腕の金田に白羽の矢が立った。

150キロを超えるストレートで一軍に定着。

 請われての移籍とはいえ、新天地では1から自分をアピールしなおさなければならない。自他ともに認める金田の武器は、150キロを超える力のあるストレートだ。

「150ぐらいのまっすぐで、ガンガンおすピッチングができるようにしたいですね」と静かに、しかし力強く言う。

 春季キャンプではストレートやツーシームでアピールし、首脳陣から上々の評価を得ていたが、キャンプ終盤に右手中指屈筋腱炎で離脱してしまった。

 自身の予想より復帰に時間がかかり開幕には間に合わなかったが、4月28日のウエスタン・リーグ中日戦で今季初登板を果たし、5月23日に一軍に昇格。一度は降格となったが、6月15日に再昇格すると、威力のあるストレートで打者をねじふせる場面が見られるようになり、一軍に定着した。

 平井正史投手コーチは、「球が強いので、ある程度ストライクゾーンで勝負できる」と評価する。

勝ちパターンの投手リレーに入り込めるか。

 徐々に、僅差で追う展開や勝ちゲームでも起用されるようになり、7月2日の西武戦では6回1イニングを無失点に抑え、プロ5年目で初のホールドをマークした。

 しかしまだ不安定さも残る。7月5日のソフトバンク戦では、1点差に追い上げた後の6回裏のマウンドに上がったが、先頭打者に四球を与え、その後、金田の送球エラーで失点し、追い上げムードに水を差してしまった。

 これには平井コーチも「打たれることはあったとしても、それ以前に最低限できることをしっかりやらないと」と苦言を呈した。

 小林宏投手コーチも、「彼はいかにバッターと勝負できるか。ちょっと大人しいんでね。いい球を持っているんだから、考えすぎずに勝負に行ってほしいですね」と期待を込めて課題を挙げる。

 今、1試合1試合が、金田にとって一軍生き残りをかけた登板となっている。

「オリックスに移籍してきて、勝っている場面や、負けていても接戦で、その後どっちに転ぶかという勝敗を分けるところで投げさせてもらっているので、すごくやりがいを感じています。来たからにはやっぱりチームの勝ちにつなげたいし、もっと信頼度を上げていかなきゃいけないと思っています」

阪神とオリックスの違いは、メディアの扱い?

 阪神とオリックス。違いはあまりないと金田は言うが、その中でも感じている違いが、チームを取り巻くマスコミだ。人気球団の阪神は、毎日紙面やテレビで多くのスペースや時間を使って報じられ、活躍した選手は大々的に取り上げられる。一方、同じ関西の球団でも、オリックスのメディアへの露出は阪神に比べればわずかだ。

 金田も阪神時代はヒーローとして紙面を飾ったことがあったが、まだそこまでの活躍をしていないのに、という思いがあったという。

「勝った時とか、取り上げてもらったら嬉しいんですけど、でも1試合だけでそこまで取り上げられるのは本当はあまり好きじゃなかった。だから自分は今の環境が合っているのかなと思います。活躍すればしただけ扱ってもらえると思うので、取り扱ってもらえるように頑張りたいですね」

 いつか、「糸井の人的補償でやってきた」という前置きがつかなくなるほどの活躍を。密かな決意を胸に、オリックスの58番はマウンドに上がる。

文=米虫紀子

photograph by Kyodo News