いまから31年前の1986年、東ヨーロッパで初のF1、ハンガリーGPが開催された。

 時は東西冷戦が続く時代。鉄のカーテンをこじ開けたのは、前F1会長兼CEOのバーニー・エクレストンだった。

 旧社会主義国でのイベント開催には幾多の困難が伴ったが、週末には約20万人の観客が詰めかけ、イベントは大成功。以後、30年以上に渡って、F1の夏の風物詩として、カレンダーにその名を刻み続けている。

 今年は7月30日に決勝が行われるハンガリーGPの舞台であるハンガロリンクは、「ガードレールのないモナコ」と称されるように、曲がりくねったレイアウトのコースだ。オーバーテイクが困難なため、ドライバーからの評判は芳しくない。だが、それゆえ、さまざまなドラマが生まれてきたという歴史がある。

伝説の「セナが真っ向勝負で敗れたシーン」。

 初開催となった'86年に、ネルソン・ピケ(ウィリアムズ・ホンダ)が演じたアイルトン・セナ(ロータス・ルノー)へのオーバーテイクもそのひとつだ。

 トップを走るセナと2番手のピケ。唯一の追い抜きポイントであるストレートエンドで、イン側を守るセナに対して、ピケはアウトから1コーナーへ進入するという大胆なオーバーテイクを仕掛けたのだ。

 ブレーキングでリアが流れたピケは、すかさずカウンターステアをあて、マシンを立て直しながらコーナーリング。この追い抜きは「セナが真っ向勝負で敗れた数少ないシーン」として伝説にもなっている。

 その3年後に、マクラーレン・ホンダに移籍していたセナとの勝負を制して優勝したナイジェル・マンセルのオーバーテイクも見事だった。

 予選で12番手に終わったマンセルだったが、レースではフェラーリのコーナーリング性能をフルに生かした走りで次々とオーバーテイク。トップのセナの背後まで迫ると、セナが周回遅れのステファン・ヨハンソンのマシンに詰まったのを見逃さず、一気にパス。

 “スリー・ワイド(マシンが3台横並びの状態)”でのオーバーテイクは、いまも語り草となっている。

1967年ぶりとなる、オールホンダで優勝したコース。

 マンセルの予選12番手からの勝利を上回る大逆転劇を演じたのが、2006年のジェンソン・バトン(ホンダ)だった。

 バトンは予選で4番手に入る走りを見せていたが、フリー走行中にエンジンブローに見舞われてエンジン交換。10番手降格のペナルティを受け、14位からスタートしていた。

 ウエットコンディションでスタートしたレースは、オープニングラップから大混乱。

 そんな難しいコンディションの中、バトンは1周目にいきなり4番手までジャンプアップする。その後も上位陣が相次いで消えていく中、安定した走りでトップに躍り出て、自身初優勝を飾るとともに、ホンダに1967年以来となる、マシンとエンジンのすべてを作るコンストラクターチームとして39年ぶりの勝利をプレゼントした。

1997年、タイヤ戦争勃発の発端となったレース。

 オーバーテイクが難しいにも関わらず、ハンガリーGPで不思議とドラマが生まれる理由には、タイヤに厳しいサーキットであることが挙げられる。

 '97年のレースはそれを象徴するレースとなった。

 快晴の下でスタートが切られたレースは、路面温度が上昇し、タイヤに厳しいコンディションに。

 グッドイヤー勢がブリスター(タイヤ表面にできる気泡)に悩まされて次々と後退していく中、ブリヂストンを履いたデイモン・ヒル(アロウズ・ヤマハ)がトップを快走。

 マシントラブルでファイナルラップにスローダウンし、あと一歩で優勝は逃したものの、タイヤ性能の差が車体性能を上回る一戦となり、その後タイヤ戦争が本格化するきっかけとなった。

アロンソとハミルトンの決裂が決定的になった事件も。

 オーバーテイクの難しさは、こんな事件を生むことにもなった。

 2007年のマクラーレン・メルセデスのフェルナンド・アロンソとルイス・ハミルトンのチームメート同士による内紛だ。

 ポールポジションを争う2台は、Q3のアタックの順番を巡って骨肉の争いを演じてしまう。最終的にレース審議委員会はアロンソがハミルトンのアタックを妨害したと判断し、5番手降格のペナルティを下した。この内紛によって、2人のドライバーの不仲は決定的なものとなり、その年のタイトルを逃す大きな要因となった。

 ハンガロリンクは、鈴鹿やスパ-フランコルシャンのように、チャレンジングな高速コーナーもオーバーテイクポイントもなく、ややもすると退屈なサーキットと思われがちだ。しかし、実際にはドライバーのテクニックとオーバーテイク能力が問われ、時に本能剥き出しの戦いも見られるエキサイティングなサーキットでもある。

 マシンが持つ性能を超えたドライバーの真の戦いを、今年も見たい。

文=尾張正博

photograph by AFLO