ウリ・ヘーネスが、過去40年間におけるバイエルン・ミュンヘンの最大の功労者のひとりであるのは論をまたない。バイエルンがレアル・マドリーやバルセロナ、マンチェスター・ユナイテッドらと並ぶヨーロッパのトップクラブとして、今日も君臨しているのはGMとして彼が辣腕を振るったからこそである。

 だが、実務能力と人間性はまったく別である。後者に関しては、以前から疑問符が投げかけられていた。そして脱税による投獄から社会復帰し、バイエルンの会長に返り咲いた今、その本性がますます露わになっているという。

 アレクシス・メヌージュ記者が、『フランス・フットボール』誌7月18日発売号でヘーネスの実態を分析している。メヌージュ記者が主張するように、ヘーネスは本当にどうしようもないエゴイストであるのか。

監修:田村修一

刑務所に21カ月入っていたのに、反省しなかった男。

 監獄から帰還し、バイエルン・ミュンヘンの会長に再選されたウリ・ヘーネスは、古巣で思う存分気ままに振る舞っている。挑発的で傲慢、高圧的で権威主義。不人気には今や拍車がかかっているが……。

 2014年6月から2016年2月まで、ウリ・ヘーネスは21カ月間を塀の中で過ごした。スイスの口座に2850万ユーロ(約37億円)の大金を隠し持ち、ドイツ国税局に申告しなかったのがその理由であった。

 自由の身になったヘーネスは、大きく変わったように見えた。嫌いだったメディアへの露出が増え、インタビューにも謙虚かつ誠実に対応する。

 だが、時間を経るにつれて傲慢で挑発的な、以前の伝説的なヘーネス像が徐々に表に出るようになった。昨年11月25日、97.7%という圧倒的な得票率で会長に選ばれたのは、収監が彼の人間性にまったく何の影響も与えていないことの、ひとつの証明でもあった。

 疑うのであれば、今年5月11日にリヒテンシュタインでおこなわれたセミナーで、彼が何を話したかを思い起こせばいい。ちなみにこのセミナーの出演料として、彼は1万8000ユーロの小切手を受け取っている。

 ヘーネスは自らの監獄行きをこう表現した。

「客観的に見て、私は司法の恩赦を受けるに値した。投獄されるべきではなく、無罪放免が妥当だった。2014年6月に控訴しなかったのは、大勢のジャーナリストたちが私の家の前に群がり続けるのを終わらせたかったからだ。近親者たちを守りたかったのが理由だ」

ドイツメディアが驚愕した、ウリの言葉とは?

 これを聴いたおよそ100人の聴衆は、驚愕するとともに本来のヘーネスが戻ってきたと感じたのだった。「私こそは自己告発をしながら刑務所に収監された唯一のドイツ市民である」という言葉に、驚愕はさらに深まった。

 彼は自己告発が、逮捕直前の窮余の策であり、法的有効性を持たなかったことを完全に失念している。そしてドイツメディアは、このショッキングな発言をほとんど報道しなかった。シリアスに報じる価値がないと判断したのだった。

 それではヘーネスのクラブ復帰は大きな過ちだったのか?

 65歳というのは、引退を享受し人生のページをめくるのに適した年齢ではないのか?

有能な部下たちが続々去って、後任も決まらず……。

 ヘーネスにとっては、バイエルンなしの自分を考えられなかった。

 バイエルンは彼が生涯を賭けたクラブであった。ところがその逆は、次第に真ではなくなりつつある。少しずつではあるが着実に逆風が吹き始めている。圧倒的な支持率で会長に選ばれたものの、2019年の次期選挙では当選はおぼつかないというのが、大方の見方である。

 彼がセベナーシュトラーセ(バイエルンの本拠地)に復帰して以来、クラブの雰囲気はギクシャクして、1年前にスポーツディレクターを辞任したマティアス・ザマーの後継者候補たちは軒並みオファーを辞退した。

 理由はみな同じで、誰もヘーネスと一緒に働きたくはなかったからだった。

 それは最近引退したばかりのフィリップ・ラームや、ボルシア・メンヘングラートバッハのスポーツディレクターであるマックス・エベールも同様であった。

スペイン語を話す選手を否定してドイツ語を強制。

 ヘーネスにすれば、名門バイエルンのトップに復帰し、権力を再構築するのに時間はかからなかった。

 彼が選手に最初に指示したのは、ロッカールームの中の言語をドイツ語のみにすることだった。

 スペイン・ポルトガル語圏の選手(ハビ・マルティネス、ベルナト、チアゴ・アルカンタラ、ビダル、ラフィーニャ、シャビ・アロンソ、ダグラス・コスタ。最後のふたりはすでにチームを去ったが)が数多く存在するチームの実態を無視したオーダーだった。

 また彼は、テゲルン湖畔にある自宅に、スタッフを定期的に招待している。

 最近ではカルロ・アンチェロッティを、ソーセージの晩餐に招いたのだった。ふたりはこの機会を利用して、クラブの抱える状況について話し合った。それから2日後、ヘーネスはメディア取材の際にアンチェロッティをこう揶揄した。

「もちろんカルロには優れた資質がある。どんな状況でも彼は決して落ち着きを失わない。だが落ち着きだけで、スター選手のグループを統率することはできない。ときに彼らの本性を刺激することも必要だ」

 まあ、その点はアンチェロッティも認めざるを得ないだろう。

サポーターからの支持も失いつつある現実。

 5月20日、バイエルンの27度目のブンデスリーガ優勝を祝い、選手たちが市庁舎のバルコニーで観衆の祝福に応えているとき、突然マイクを握ったヘーネスが、サポーターへの謝辞を述べ始めた。

 そこで彼は自分に向けられたブーイングを抑えようとしたのか?

 これはひとつの終わりの始まりであるのか?

「彼が会長に復帰して良かったと思っていた」と語るのは、1983年からシーズンチケットを買い続けているサポーターのハンス・バシュトである。

「もう彼の時代は終わった」

「しかしある時期から、状況のコントロールが次第に難しくなり、とりわけコミュニケーションに関する過ちが相次いだ。

 服役したことで、もっと謙虚になるのではと期待したが、根っこの部分はまったく変わっていない。もちろんバイエルンへの貢献は多大なものがあり、彼なしにはヨーロッパのトップクラブの地位をこれほど長く保てなかった。

 ただ、もう彼の時代は終わった。新たなページをバイエルンはめくるべきときだ」(ハンス)

 5月22日におこなわれたブンデスリーガU-19選手権決勝、ボルシア・ドルトムント対バイエルン・ミュンヘン戦の際に、ドルトムントのあるサポーターがヘーネスのすぐ間近で彼を揶揄する仕草をした。それもPK戦に臨むBVBのファンが、選手たちに檄を飛ばしているまさにその瞬間にである。

「彼が納税者を馬鹿にしているのは許しがたい」

 ヘーネスへの憎悪がピッチ内外で高まり、メディアを通じて伝えられる彼の言葉が、周囲の怒りを招いているひとつの証拠といえた。

 その立ち居振る舞いには、多くの人々が驚きを隠せずにいる。政治家のなかには、ラインランド州政府法務相のトマス・クチャティのように、彼を再び監獄に入れるべきだとまで主張するものたちもいる。

「ヘーネス氏があれほど傲慢な態度を取るとすれば、バイエルン州の豪華な刑務所で、週末のバカンス付きで21カ月間収監されたことが、何の役にも立たなかったと結論づけざるを得ない。彼が納税者を馬鹿にしているのは許しがたい。これまで彼がしてきたことを省みれば、もっと謙虚で慎重になって然るべきだ。

 挑発的なことばかり言っていると、司法当局が過去の書類をほじくり返して、再び起訴することにもなりかねない。彼にはそれは悪夢だろう。いつの日にか、彼が再び塀の中で暮らすことになっても私は驚かない」

「ウラジミール・プーチンにぜひ会ってみたい」

 クチャティにとってショックだったのは、その発言の後、ヘーネスが政治家は民衆の気持ちを理解していない、と述べたことだった。

 例えば、民衆は今日のドイツに蔓延しはじめている反ロシアの風潮を、支持してはいないとヘーネスは主張している。

 表立ってはいないが、彼らの気持ちはそう(ロシアが好き)であると。

「ウラジミール・プーチンにぜひ会ってみたい。彼も私と同じで、ソーセージが大好きらしいからな。会えば西ヨーロッパ諸国への親近感を、彼に抱かせるいい機会になる」

 ヘーネスは変わってはいないことの、これもまたひとつの証拠である。

文=アレクシス・メヌージュ

photograph by Phillipe Caron/L'Equipe