数字がようやくイチローらしさを表すようになってきた。

 30日時点、7月の月間成績は27打数9安打、打率.333。球宴休み前にイチローにその事実をぶつけると、彼は苦笑しながらも当然と言った表情を見せた。

「そりゃ、機会があれば、どうにだってしますよ。オールスター直前ですから……。それを言っちゃね、なかなかいいづらい(笑)」

 7月もここまで21試合に出場しているが、先発出場はわずかに5試合しかない。相変わらずの不遇起用に変わりはない。それでもスタメン出場を果たした6日のカージナルス戦では3打数2安打、1四球。しっかりと責務を果たす43歳の仕事人に、マーリンズのドン・マッティングリー監督は同じ言葉をいつも繰り返す。

「彼はいつでもしっかりと準備をしてくれている。どんな時でも彼を起用することにためらいを感じたことはない」

球場にくると、イチローはまずスタメンを確認する。

 イチローは毎日、球場に来てからスターティングメンバーが書かれたラインナップシートに目を通す。現状で、そこに自分の名はいつもない。それでもスタメンの有無に関わらず、彼は寸分変わらぬ準備をそこからはじめる。

 本拠地であれば、まずは初動負荷理論の特殊マシーン9台を使い、体の柔軟性を呼び起こす。その後は室内での打撃練習。みっちりと振り込み、クラブハウスに戻るころにはエアコンディショニングが効いたドーム球場でありながら、滝のような汗を流している。そして、この後がフィールドでの全体練習になる。

 他のナインがおしゃべりをしている間にひとりウォームアップを始め、ストレッチに取り組む時間と集中力は、誰よりも長く、入念だ。キャッチボールが始まれば、20代半ばの選手が多いマーリンズにあって、遠投の距離は最長、軽快な動きは20代の頃と何ら変わりない。

スタメンではない時の、新たなルーティンもある。

 変わらぬルーティン、変わらぬ身のこなしをキープするイチローだが、ここ数年、スタメン出場がない時に取り入れた新たなルーティンもある。両翼のポール間を黙々と走りこむランニングだ。

 一日1打席の代打稼業。走攻守でフィールドを縦横無尽に走り回っていた試合の運動量を今は保つことは出来ない。苦肉の代替策として取り入れた練習だが、コンディションを保つことは難しい。

「出来ることはやっているんですけどね。それでも足りない。ゲームの体力とは違う。まぁ、でも、これ以上できないもんね。走ったりするぐらいしかないもん」

 いつ与えられるかわからない先発出場に対し、その不遇を嘆く前に、自分が出来る最善の準備を尽くす。簡単でないことと毎日向き合い、プロとして、メジャーの世界で結果へと繋げる凄み。恐れ入ることである。

メジャー公式サイトが取り上げた「準備の美学」。

 先日、イチローの準備についての動画が話題になった。タイトルは『The Art of Preparation』(準備の美学)。

 自らの哲学を自らの言葉で伝えた内容に唸らされた。以下が彼の言葉になる。

「準備をするというのは、その日1日が終わった時に後悔をしない。言い訳の材料を作らない。1日終わった時に『あー、今日はあれをやらなかったな』とか『これをやっておけば良かった』、そういうことを1日が終わった時に思いたくないので、後悔しないためのものであると言えると思います。おそらくいい思い出、一番いい思い出ができるのは、僕が野球を辞めたあとじゃないかなと思っています。今は、昨日できなかったこと……が、一番悔しい思い出として残っています」

 準備とは、“後悔をしない”、“言い訳の材料を作らない”こと。

 イチ流の美学に心を打たれた。

文=笹田幸嗣

photograph by Kyodo News