2020年の東京五輪を射程とする若きハンドボーラーが、力強い一歩を踏み出した。

 7月29日に行なわれたハンドボールの日韓定期戦で、18歳の部井久アダム勇樹が日本代表デビューを飾ったのだ。

 部井久は「べいぐ」と読む。博多高校3年の彼は、パキスタン人を父に持つ。背番号15のユニフォームの背中には、「BAIG」の文字があった。

 ハンドボール日本代表は、'17年2月からダグル・シグルドソン監督のもとで強化を進めている。元アイスランド代表で日本リーグでもプレーしたこの44歳は、ドイツのクラブチームや代表チームで指導者として結果を残してきた。'15年に世界最優秀監督を受賞し、昨夏のリオ五輪ではドイツ代表を銅メダルへ導いている。

 韓国に9−11とリードされた前半22分、世界的名将と言っていい指揮官が動く。日本の攻撃の局面で、部井久がコートに送り出されたのだ。

「年代別の代表では国際試合も経験させてもらっているのですが、今日みたいにお客さんがたくさん入っているなかでプレーするのは初めてでした。まあでも、そこまであがることもなく、そこまで緊張することもなかったです」

最初のプレーでシュートを放つも、得点ならず。

 日韓戦へ向けたトレーニングでは、主力メンバーに混じってプレーしていた。シグルドソン監督からは、「成長しているぞ」と声をかけてもらっていた。コートに立つことを予感できていたから、緊張の糸に身体が縛られることはない。194センチの長身が、のびやかに躍動する。

 最初の登場シーンで、自らシュートを放った。攻守が入れ替わるとベンチへ戻るが、次の攻撃の局面でも部井久はコートに立つ。チーム最年少の18歳は、自らのシュートで韓国のゴールを襲った。

「最初のシュートはあれだったんですけど、次はいつもだったら決めているポイントだったんですが、ちょっと慌てちゃって……」

 その後も攻撃の局面で投入されるが、シュートへ持ち込むことはなかった。チームは後半のラストプレーで同点とし、シグルドソン監督の初陣はドローで幕を閉じる。

13勝40敗の韓国に引き分けたのは前進だが……。

 試合後の部井久は、ふたつの表情を浮かべた。過去の対戦成績で13勝2分40敗の韓国に負けなかったことを前向きにとらえつつ、自らのプレーを厳しく見つめていた。

「目標としては1点でもいいから点を取りたいというのがあったので、得点できなかったのが悔しいですね。惜しいじゃダメなんで、決めないと。自分としては悔いが残るというか、悔しいですね」

 記者とのやり取りを重ねていくうちに、部井久の胸中で悔しさが膨らんでいく。

 歯がゆさや物足りなさもプラスした、ストレートな感情が溢れ出てくる。

「なかなかチャンスも少なかったんですけど、少ないチャンスを決め切る力は必要だと感じました。たとえばの話ですけれど、あそこで自分が決めていれば今日の試合は勝っていたので。そういうふうにあとから後悔しなくていいように、少ないチャンスでも決め切れるようにならないといけないです」

 記者が入れ替わり、同じような質問を浴びる。そのたびに、部井久は自らを責める。

「超悔しいです。もう一回やり直したいくらい悔しい。デビュー戦はホロ苦というか……もっとやれるところを見てもらいたかったですし、2本目のシュートはすごいチャンスだった。あの1本にかける集中力を持たないと。チャンスは与えてもらうだけじゃなく、自分で作らないといけない。自分でチャンスを作る意味でも、あれは決めなきゃいけないし、決められたと思います」

この日の経験が、部井久のモチベーションになる。

 胸を熱くするのは、悔しさばかりではない。日本代表の一員としてプレーした初めての経験は、部井久の心に太い芯を通した。

「今日の試合はこれからの自分のモチベーションにつながると思います。もっと努力しないといけないことだらけなので、個人としては悔しい結果だったので、それをモチベーションに頑張ろうと思います。こういう大きな舞台でももっともっと自分らしさを出していけば、やっていけるんじゃないかなと感じることもできましたし。いい意味での危機感というか、もっと成長しないと東京五輪で活躍する目標は達成できない。これから3年間、しっかり充実した時間を過ごしていきます」

代表復帰した宮崎大輔も部井久を頼もしく感じている。

 チーム最年長のベテランも、今回の日韓戦をレベルアップのモチベーションとする。'15年11月以来の代表復帰を果たした宮崎大輔だ。

 コートの内外で日本ハンドボール界のアイコンとなってきた男は、若いチームメイトに頼もしさを感じている。「勝てなかったけれど、大きいゲームです」と切り出した。

「劣勢のゲーム展開になってくると、誰がシュートを打つんだってなるんです。でも、今日はみんな自分で狙っていたでしょう。それはすごく良かったと思いますね」

 ゴールへの意欲を見せたチームメイトには、部井久も含まれている。18歳の高校生と36歳の自分を比較して、宮崎は「ダブルスコアですから」と笑う。

「初めての日本代表の試合ですから、すごい緊張したと思うんです。でも、試合前にコートへ入ってボール回しをしたら、戦う眼をしていた。高校生ですけれど強い気持ちを持っていて、『もうちょっとこういうパスを下さい』とか言ってきますし。そういう姿勢がすごく力強い。果敢にシュートを狙ってますしね。今日の彼は良い悪いという評価をする以前に、しっかりとプレーしていたと思います」

 部井久の存在は、刺激になっているのか。国際経験豊富な宮崎は、「もちろんですよ」と即答した。

「年齢はダブルスコアでも練習中はライバルなので、自分のなかでは負けられない気持ちでやっています。まだ若い選手ですから改善できる点はあると思うので、これから練習で色々と教えていきたいと思います」

高校卒業後は、ヨーロッパでのプレーを視野に入れて。

 今年1月に行なわれた世界選手権で、日本は出場24カ国中22位に終わった。世界ランキングは22位である。1988年以来の出場となる東京五輪で世界を驚かせるには、数多くのハードルを越えていかなければならない。

 いまはまだ、世界のトップオブトップを仰ぎ見る立場である。だからこそ、このチームの伸びしろに期待したくもなる。

 ヨーロッパのクラブで研鑽を積む海外組がいて、1月の世界選手権に大学生で出場した玉川裕康や徳田新之介のような選手もいる。選手としても指導者としても実績豊富なシグルドソン監督のもとで、日本がライバルを上回る成長曲線を描いていくことは不可能ではないはずだ。

 今夏はインターハイと世界ユース選手権に出場する部井久は、高校卒業とともにヨーロッパのクラブでプレーするプランを描く。「向こうでプレーしてもっともっとレベルアップして、東京五輪を迎えたい」と瞳を輝かせる。18歳の夢もまた、日本代表の可能性を拡げていく。

文=戸塚啓

photograph by AFLO