内川聖一、骨折。

 7月23日の試合で一塁守備の際に、強烈な打球を処理しようとして左手親指を痛めた。後日になっても腫れが引かなかったため、検査したところ剥離骨折が判明した。復帰は9月以降になる見込みで、残り30本に迫っている通算2000安打の今季中の達成は微妙になった。

 それにしても、今年のホークスは故障者が多い。シーズン序盤から離脱者が相次いだが、現在もリハビリ組のメンツは大変なことになっている。内川のほかに和田毅、松坂大輔、五十嵐亮太、川崎宗則のベテラン勢がいて、今春のWBCにベネズエラ代表で出場したスアレスも右肘にメスを入れたため今季マウンドに立つのは不可能。そしてドラフト1位ルーキーの田中正義も6月に一度実戦登板したが、その後音沙汰のない状況が続いている。

 ただし厳しい局面に立たされているのはホークスだけではない。

クルーズをトレードで獲得した楽天に対して……。

 パ・リーグの2強を形成しているイーグルスもまた、“故障禍”に苦しめられている。長期離脱した茂木栄五郎がようやく復帰と囁かれ始めた矢先に、藤田一也や主砲のペゲーロ、岡島豪郎、絶対的守護神の松井裕樹が相次いで離脱した。さらに今江年晶は骨折で今季絶望となった。

 しかし、イーグルスはこの絶妙なタイミングで補強に成功した。

 内川の骨折が判明した翌日(7月26日)、クルーズを金銭トレードでジャイアンツから獲得したのだ。すると、クルーズは同日の大事な首位攻防戦で即スタメン起用され、さっそくタイムリーを放つなど期待に応えてみせたのだった。

 イーグルス、なかなかやり手だ。

 その一方で、考えた。ホークスはどうするのか? と。

2014年CSでMVPを獲った吉村裕基がいるじゃないか!

 GM気取りで思考を巡らせてみる。プロ野球ファンの“楽しみ方あるある”の1つだ。

 一軍主力級の獲得は非現実的。だから、ファームの成績をチェックする。いや、ちょっと待てよ……。改めて思い当たる。少し頭を冷やして考えれば、ホークスのファームのメンバーが一番豪華で贅沢極まりないのではないかと。

 そして、あの男の存在をすっかり失念していた自分を猛省した。

 ホークスには、内川と同じ右打者の、吉村裕基がいるじゃないかと。

 通算129発の実績の持ち主。'06年に高卒4年目にして26本塁打を放つと、'08年には自己最多となる34本のアーチを掲げた。'12年秋のホークス移籍後は、数字はともかく印象深い活躍が多かった。'14年のクライマックスシリーズ・ファイナルでは初戦でサヨナラツーベース、第4戦で決勝打、第5戦で先制打、第6戦でもタイムリーと連日大きな働きを見せてMVPに輝いた。

今季一軍では6打数1安打、本塁打、打点ゼロ。

 記憶に新しいところでは、熊本地震直後の昨年4月17日、ヤフオクドームでのイーグルス戦だ。4対7のビハインドで迎えた9回2アウト一、二塁に代打で登場し、抑えの松井から起死回生の同点3ランを放った。これがシーズン17打席目での初安打だった。さらに、延長11回裏に回ってきた2度目の打席で、左翼席へサヨナラ2ランを放り込んでみせた。熊本の知人から聞いた話では、避難所にテレビが設置されその瞬間はみんなが笑顔になり大歓声が沸き起こったというほどだった。

 こんなバッターがいるのに、なぜパッと思い出せなかったのか。今年、吉村は苦しいシーズンを送っている。開幕は二軍スタート。4月18日に出場選手登録されたが、3試合に出場(うち2試合スタメン)しただけで23日にまた二軍降格となった。今季、一軍で残している数字は6打数1安打で、本塁打も打点もゼロ。もし、このままシーズンを終えれば、高卒1年目(6試合18打数4安打)の成績すら下回ってしまう。

二軍でも打率2割6分1厘、3本塁打、18打点だが。

 7月28日、ファーム本拠地のタマホームスタジアム筑後へ足を運んだ。

 この日はウエスタン・リーグのカープ戦。吉村は「3番・一塁」でスタメン出場していた。5打数1安打だったが、唯一のヒットが追撃のタイムリーとなり、チームはその後逆転勝ちを収めた。ここ一番での勝負強さは健在だった。

 だが、2軍でも突出した成績を残せているわけではない。この日がチーム77試合目だったが、40試合出場、打率2割6分1厘、3本塁打、18打点の数字である。

 藤井康雄二軍打撃コーチは「チーム事情もある。ファームは色々な選手を試したり、経験を積ませたりする場なので毎試合出場というわけにもいかない」と説明した。

 ただ、藤井コーチは昨年は1軍を担当し、ホークス移籍当初から吉村をよく知る人物でもある。「打撃の状態は決して悪くない。試合にずっと出られないことなどもあって、数字はついてこない部分もあるけど、内容は悪くないと思っている」とも語っている。

内川は「僕が頑張れたのはヨシがいたから」と話す。

 当の本人は今、何を思うのか。

「たしかに僕としても打撃の状態は悪くないと思っています。だけど、もう8月を迎えますし、一軍も二軍も残り試合数は減っていく一方なのでね。僕自身そんなにチャンスは多くないと思っていますが、しっかり準備をして臨むだけです」

 もう少し細かい話まで聞きたかったが、話を遮るようにロッカールームへと戻ってしまった。焦りやもどかしさは当然感じているはず。今、メディアとゆっくり話をする気分になれないのも承知の上で、こちらも声をかけたので引き止めることはしなかった。

 吉村の打撃技術の高さに関しては誰もが認めるところ。内川もその1人だ。

「僕は2つ年上で先にベイスターズに入団していましたが、最初はとんでもない打者が入ってきたなと思いました。とにかく飛ばす。そして、同じ高卒入団なのに僕より早く一軍に上がった時期もあった。あの時は本当に悔しかった。僕が頑張れたのもヨシ(吉村)がいたことが大きかった」

「つらいことは誰でもあります。でも……」

 やはりと言うべきか、ホークスからは何の音沙汰もなく、今季補強期限の7月31日が過ぎていった。

 どんなアクシデントも、今いるメンバーで乗り越えてV奪回を果たすという意思の表れである。

 以前、吉村に訊いたことがある。野球人生で一番つらかったことは? と。

「つらいことは誰でもあります。でも、野球選手である以上、応援してくださるファンがいたりして、自分は恵まれているんだなと感じています。苦しい思いと言うのは本人しか分からない。今までも苦しさがあって良い思いもしてきた。そしてまた、苦しい思いはやってくる。でも、自分は恵まれていると感謝する。その気持ちがあれば、どんなことも乗り越えていけると思うんです」

 この夏の福岡は連日35度以上の猛暑日。例年以上に厳しい暑さが続く。吉村の顔も、筋肉隆々の両腕も日焼けで真っ黒になった。

「若い選手たちと一緒にやることで刺激を貰っていますよ(笑)」

 また必ず“良い思い”が出来る日が来ることを、信じて。

文=田尻耕太郎

photograph by Kyodo News