Unbeatable. 打ち負かせない。

 Unstoppable. 止められない。

 陸上の世界選手権を前にして、火曜日にロンドン市内で行われた会見で、ウサイン・ボルトは自分のことをそう表現した。

 そして、今回のロンドンでのテーマは、この言葉だ。

 Forever Fastest.

 永遠に、最速。

 2008年の北京オリンピックの100m、200mで衝撃的な走りを見せてから、早9年。ロンドン、リオデジャネイロ両オリンピックでも期待に違わぬ走りを見せ、2年ごとの世界選手権でもメダルをさらっていったボルト(2011年、大邱大会の100mでのフライングによる失格には驚いたが)。

 すでに“レジェンド”の域に到達しているが、今回の世界選手権の100mで優勝すれば、伝説は見事な完結を見ることになる。

今季ベストの「9秒95」はランキング7位でしかない。

 ただし今回は、これまでとは様相が違う。個人競技では彼にとって最も得意な200mには出場せず、100m一本に絞って出場する。

 100mはリスクをはらむ種目だ。大邱大会でのようなフライングもあるし、スタートに失敗すれば勝つチャンスは失われていく。

 しかも、欧米のメディアの間では「不安説」が流布されている。今季のボルトの100mでのベストタイムは9秒95で、ランキングの7位でしかない。ボルトより速い顔ぶれはというと、以下の通りだ。

1位 コールマン(アメリカ) 9秒82
2位 ブレイク(ジャマイカ) 9秒90
3位 シンビネ(南アフリカ) 9秒92
4位 バレル(アメリカ)   9秒93
4位 ベルチャー(アメリカ) 9秒93
6位 バン・ニーケルク(南アフリカ)9秒94
7位 ロト(南アフリカ) 9秒95
7位 ガトリン(アメリカ) 9秒95
7位 ボルト(ジャマイカ) 9秒95

ボルトを止めるとすれば、ガトリンら米国勢か。

 このボルトのタイムは、オリンピック、世界選手権を前にした段階としては、過去10シーズンで最も遅い。たしかに前哨戦となったダイヤモンド・リーグでは、身体がフィットしている感じがなく、スタートも緩慢な動作が目立った。

 それでも、ロンドンでの会見でボルトらしい「ビッグマウス」ぶりが発揮されたということは、かなり状態が上向いてきたと見るべきだろう。

 ライバルたちにとっても、今回が「ウサイン・ボルトを倒す最後のチャンス」ということになり、期するものは大きい。ボルトを止めるとするならば、やはりアメリカ勢ということになるだろう。

 日本ではガトリンの知名度が高いが、全米選手権で今季自己最高となる9秒95をマークし、ボルトから称賛を受けたほど。これまでの世界選手権では、先行しても最後はボルトに抜かれる「引き立て役」に甘んじてきたが、果たして100mを淀みなく走り切ることが出来るだろうか。ガトリンは、ボルト相手だとラスト20mを切ってから力むクセがどうしても抜けない。

175cmの小柄なスプリンター、コールマンは前半型。

 そしてもうひとり、売り出し中の若手が今季世界最高をマークしているコールマンだ。

 コールマンは身長175cmとアメリカのスプリンターとしては小柄だが、スタートに関してならガトリン以上の爆発力がある。スタートで飛び出し逃げ切るのがレースパターンだが、後半型のボルトとの対決が楽しみだ。ただし、国際経験が少なく、果たしてラスト20mをきっちりクロージングできるかという点については、ガトリン同様に疑問符がつく。

 アメリカのふたりに加え、ボルトにとって同胞のブレイクも絡み、役者が揃った「世紀のレース」になる可能性は高い。

日本勢初は9秒台の前に、まずは準決勝進出を!

 そして、日本のサニブラウン・アブデル・ハキーム、多田修平、そしてケンブリッジ飛鳥がどんな走りを見せてくれるのかも楽しみだ。

 日本国内では9秒台への期待が大きいが、私個人としては準決勝進出を望みたい。一本でも多く一線級のスプリンターとレースをすることが大きな財産になるはずだ。準決勝ともなれば自然とタイムも上がり、9秒台も現実的なものとなってくる。

 100mはわずか10秒ほどの争いだが、そのなかには多くの物語が詰まっている。

 多田のスタートから40m付近までの加速。今季、まだベストの走りとは程遠いケンブリッジが、後半の伸びを取り戻せるか。

 そして、底知れぬ可能性を秘めるサニブラウンが100mだけでなく、200mでもどんなレースを見せてくれるのか。世界選手権の舞台で、国際的に一気にブレイクスルーする可能性もある。

 男子100m決勝は、ロンドン時間の5日土曜日、夜9時45分(日本時間6日朝5時45分)にスタートする。

文=生島淳

photograph by Kyodo News