「監督は就任した瞬間から退任へのカウントダウンが始まっている」

 そう言ったのは誰だったか。今季のJ1の監督人事は、その言葉の正しさを証明するかのようだ。

 7月30日、12年から5年半、浦和レッズの指揮を執ってきたミハイロ・ペトロヴィッチ監督が解任された。

 今シーズン、志半ばでクラブを去ったJ1の指揮官は、三浦文丈(アルビレックス新潟)、渋谷洋樹(大宮アルディージャ)、石井正忠(鹿島アントラーズ)、森保一(サンフレッチェ広島)に続き、これで5人目となる。

 驚くべきは、その顔ぶれだ。ペトロヴィッチ監督は浦和を2シーズン連続してチャンピオンシップ出場へと導き、昨季はルヴァンカップを獲得した。森保監督は2012年、2013年、2015年のJ1優勝監督で、石井監督は2016年のJ1優勝監督である。クラブにタイトルをもたらしたというのに、この末路――。監督の命は、カゲロウのように儚い。

 浦和の山道守彦強化本部長は、解任の理由についてこう語った。

「4月下旬の大宮戦以降、勝ち星がなかなか得られず、失点の多い試合が増えて敗戦が続いていた。我々の目標(リーグ優勝)に対して結果が伴わないなか、内容も含めて改善の兆しがあまり見られなかった」

シーズン序盤は大量得点の圧勝を続けていたのに。

 9節のさいたまダービーを0−1で落とした浦和は、それ以降のリーグ戦12試合で3勝1分8敗と、勝点を10しか積み上げられなかった。浮上のきっかけを掴めないここ数試合の戦いを見れば、何かを変えなければならない状況だったことは確か。解任もやむを得ない判断だったと言える。

 もっとも、今季の浦和がシーズン序盤から不調だったわけではない。むしろ、大宮に敗れるまでは爆発的な攻撃力を発揮し、大量得点による大勝を続けていたのだ。

2月21日 ACL1節 ウェスタン・シドニー ◯4−0
2月28日 ACL2節 FCソウル ◯5−2
3月4日 J1・2節 セレッソ大阪 ○3−1
3月10日 J1・3節 ヴァンフォーレ甲府 ○4−1
4月1日 J1・5節 ヴィッセル神戸 ○3−1
4月7日 J1・6節 ベガルタ仙台 ◯7−0
4月26日 ACL5節 ウェスタン・シドニー ◯6−1

今季のテーマは「90分プレスを掛け続ける」だった。

 4月16日のJ1・7節でFC東京に1−0と勝利すると、5勝1分1敗の成績で首位に躍り出る。

 とはいえ、ミックスゾーンが笑顔で溢れていたかというと、そうでもない。選手たちが気にしていたのは、失点の多さ。実際、鹿島とのスーパーカップを含む2月、3月の公式戦9試合のうち無失点で終えたのは、ウェスタン・シドニー戦だけ。リーグ戦での無失点は、4月7日の仙台戦まで待たなければならなかった。

 もともと浦和は今季、「相手に90分プレスを掛け続け、相手のコートで試合をする」ことをテーマに掲げていた。ホームで逆転負けを喫した昨年のチャンピオンシップを踏まえれば、守備力やゲームマネジメント、駆け引きを磨くことに主眼が置かれてもおかしくなかったが、ペトロヴィッチ監督が打ち出したのは、さらなる攻撃の徹底――。これまで以上にバランスの針を攻撃へと傾け、相手を圧倒することだった。

 そこには、2点取られても3点取ればいい、という指揮官の哲学が窺えた。

気づけば選手もメディアも、失点数を気にしていた。

 一方、選手にはリーグ最少失点をマークした昨季の良いイメージが強く残っていたようだった。もしかすると、日本代表を率いるヴァイッド・ハリルホジッチ監督が3月の記者会見で「(失点がかさむGKの)西川(周作)はトップコンディションではない」と語ったことも影響したかもしれない。それ以降、ミックスゾーンでメディアが失点について触れる機会が多くなり、選手も課題として受け止める発言が増えたように感じた。

 今思えば、落とし穴はこのあたりにあったのかもしれない。

 失点を減らすことに意識が傾いたために、ベクトルが後ろに向いてしまったからか、次第に攻撃の迫力が薄れていく。2月、3月の公式戦で7ゴールを奪ったラファエル・シルバが負傷離脱した影響もあっただろう。

 さらに、暑さが増したことでACL出場による疲労が表面化して、前からのプレスに後ろが付いて来られない、攻撃参加した選手が戻って来ない、チャレンジ&カバーの関係が甘くなる、といった現象も目立つようになり、歯車が狂い出す。

 こうして、いつしかチームは得点力が陰り、失点はかさむという負のスパイラルに陥ってしまった。

オートマチズム確立の一方で同じミスの繰り返しが。

 チーム内に迷いが生じていることは、選手の言葉からも感じられた。「まずは無失点にこだわりたい。失点しなければ最悪でも勝点1は獲れるんだから」と語る選手もいれば、「失点をしないような戦いをすれば、うちの良さは出なくなる」と言う選手もいて、チーム内には異なる考え方が存在していた。

 イージーなミスによる失点が続いた6月25日のサガン鳥栖戦のあとには、西川がこんなことを話していた。

「失点シーンに関してチームとしてのミーティングはないので、そこは選手同士でしっかりと話し合って修正していかなくてはいけない」

 どうやらそこには、失点に目を向けるより、攻撃をさらに良くすることに主眼を置きたいとの指揮官の考えがあったようだ。だからこそ、あれだけ機能的なオートマチズムが確立されたが、一方で、それが同じミスを繰り返す原因だったかもしれない。

 7月22日のセレッソ大阪戦のあと、柏木陽介が「一回ケンカをしようかなって思う。それぐらい厳しく言い合わないといけない」と嫌われ役を買って出ようとしていたが、それはすなわち、失点における責任の所在が曖昧になっていることを意味していた。

指揮官も大胆な策を講じたが、悪循環の中では悪手に。

 ペトロヴィッチ監督ももちろん、好転しないチームを、ただ指をくわえて見つめていたわけではない。

 7月5日の川崎フロンターレ戦では従来の3-4-2-1ではなく4-4-2を採用し、前述のC大阪戦では2シャドーに外国籍選手であるズラタンとラファエル・シルバを並べた。7月29日の北海道コンサドーレ札幌戦ではハーフタイムに3人同時交代という博打を打ったが、そのすべてが裏目に出てしまった。

 ペトロヴィッチ監督が大胆な策を講じることは、過去にもあった。

 例えば、FCソウル戦。ウイングバックの駒井善成をボランチで起用したが、これは見事に奏功している。チームが好転しているときはどんな策もうまくいき、悪循環に陥っているときは、打つ手がことごとくハマらない――。それは、勝負事にはつきものかもしれない。

「ミシャに出会えなかったら今の自分はない」(柏木)

 昨季はうまくいっていたのに、なぜ、こうなってしまうのか。1人ひとりに宿るその疑念が、負のスパイラルを加速させたこともあるだろう。

 確固たるスタイルを持ち、迷ったときに立ち返る場所がある浦和でさえ、こうなるのだから、負のスパイラルとは恐ろしい。恐ろしいからこそ、断ち切るためには、解任という大鉈を振るわなければならなかったのだ。

 5年半にわたった浦和とペトロヴィッチ監督の蜜月は、悲しい結末を迎えた。選手たちも一様に、動揺を隠せなかった。

「嗚咽するぐらい泣いた。ミシャに出会えなかったら今の自分はない。ここからチームが上に行くことが、ミシャへの恩返しになると思っている」と柏木が噛みしめるように想いを吐き出せば、槙野智章も「監督と通訳の(杉浦)大輔さんのために俺たちがやらなきゃ、ふたりが余計に悲しむ。この交代がチームにとってプラスに働くようにしなければ意味がないし、監督にも決断を下したクラブにも申し訳ない」と神妙に語った。

 感傷に浸る暇などないことは、選手たちもよく分かっているはずだ。堀孝史新監督を迎えたチームにとってリスタートの場は、奇しくも潮目が大きく変わった大宮戦。流れをもう一度変えるのに、これほど相応しい舞台はないだろう。

 さいたまダービーを制して再び、力強く前に進んでいくこと――それが、育ててくれた恩師への恩返しにもつながるはずだ。

文=飯尾篤史

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