日本人メジャーリーガーは未だに少数派である。

 野茂英雄のメジャー挑戦から20年以上も経つのに、信じられないことかも知れないが、日本人選手は今でも珍しい。

 そういうことは新しい日本人選手がそのチームに来た時に、とてもよく分かる。

 新しい日本人選手に余裕を持って対応しているチームもあれば、ぎこちない感じで接しているチームもある。また一見余裕がありそうなチームでも、実は報道陣の数の多さを考慮しながらいろんな決め事をして、選手から遠ざけようとしているチームもあるし、ほとんどノーガードのチームもある。

 トロント・ブルージェイズは、ほとんどノーガードのチームだ。そして、それはこのチームで人気者になり、今はソフトバンクでプレーしている川崎宗則のお陰である。

「ムネからWelcome to Torontoってメッセージが」

「(川崎から)Welcome to Torontoってメッセージが来た。まだ心はここにあるのかも知れない、あいつは」

 と青木が笑う。アストロズからトレードで移籍し、チームに合流した8月1日の試合前のことである。

「ここにはムネの遺産があるっていうのをすごく感じる」

 ムネの遺産。

 たとえば主砲ホゼ・バティスタが青木のロッカーの前を通り過ぎる時、「ガンバッテネ」と声をかける。

 たとえばカブス時代、福留孝介ともプレーしたことのあるダーウィン・バーニー内野手が「これって空手だっけ?」とお辞儀しながら胸の前で手を合わせる。

「そんなこと、日本人は誰もやらない」なんてのは百も承知。ブルージェイズの「前任者」は「その場が和めばいい」と日本語を教え、やりたいジェスチャーをやった。

「結局、最後までひとことも話さなかった」選手も。

 今までにメジャーにやってきた日本人選手の全員がそういう印象を残しているわけではない。他の球団には「あいつとは結局、最後までひとことも話さなかった」と愚痴る元選手の現役コーチもいるぐらいだ。

 だから、メジャーリーグの中の少数派である日本人選手は皆、ある意味「先駆者」である。

 留学生や駐在員と同じように「先駆者」が印象を悪くすれば、次に来る選手はほぼマイナスからのスタートになる。ドミニカ共和国やプエルトリコ出身選手並みとは言わないまでも、どの球団にも一人は日本人選手がいるような状況にでもならない限り、日本人選手は皆、他の選手たちから注視される存在だ。

「あいつはどんな選手なんだ?」というのは当たり前。「あいつは幾ら貰ってるんだ?」、「どんな性格しているんだ?」、「冗談は通じるのか?」、「どんなものを食べてるんだ?」、「妻や子供はいるのか?」……等々。まるで転校生を迎え入れる在校生のように興味津々だ。

ギボンス監督が口にする“負けず嫌いな川崎”の一面。

 選手だけじゃない。メディアやチーム関係者も新しい日本人選手には注目する。

「何度も対戦しているから、簡単に三振しない打者だってのはよく知ってるよ」

 とジョン・ギボンス監督は言う。「まさか、カワ(川崎)みたいにノリ・アオキが踊りを披露することを期待してないよね?」と尋ねてみる。

「そうしてくれれば、いいんだけどなぁ!」とギボンス監督が笑う。

 真面目な話も、もちろんある。再び、ギボンス監督。

「カワが初めてメジャーに来た時、ある試合の後、もう皆が家に帰ったかなという時間になってもあいつは自分のロッカーの前でユニフォームを着たまま、うなだれていた。『おい、どうしたんだ?』と尋ねたら、『試合に負けた』とひとこと返ってきた。あいつはイニングの合間に踊ったり、軽妙なやり取りでインタビューに答えて有名になったが、俺はあいつのああいうところが好きだった。チームにとって一番大事なのは試合に勝つこと。それをあいつは分っていた。あの夜のことは決して忘れはしない」

チームにとって戦略的な補強ではないからこそ。

 川崎が作った入り口のお陰で、ブルージェイズは青木を「普通に」歓迎した。だが、もちろん、チームに溶け込むことと、試合に出ることは別の話だ。

 誤解を恐れずに言うと、これはブルージェイズにとって戦略的な補強ではない。不調のために先発起用が難しくなった左腕フランシスコ・リリアーノと、アストロズで出場機会を激減させていた青木とのトレードだ。お互いに所属チームでは居場所をなくしつつあった時に「ウチでなら使い道はあるよ」とそれぞれの球団が引き受けたビジネス上の取引である。

 でも、そんなことは関係ない。青木にとってはアストロズ時代同様、これからも出場機会を巡る戦いが続くことになり、出場した時に結果を残すことでしか、来季へ繋がる道は見つけることができない。

 我々に出来るのは、それを黙って見守ることだけだ。

考えてみれば、川崎も最初は期待されていなかった。

 考えてみれば、ブルージェイズ時代の川崎も最初はまったく期待されていなかった。チームの勝利への執念を見せ、結果を出し、チームに溶け込む努力をし、「あいつはこのチームに置いておきたい」と思わせたからこそ、次の年があった。

 逆境に立たされている今の青木も、似たような立場かも知れない。

「結果を残さなきゃいけないのはいつもと一緒。チームは変わったけどまた気持ちを入れ変えてやっていきたい」

 と青木。「先駆者」のお陰でチームに溶け込むのはきっと、早い。あとは今まで通り、いつも通り、ベストを尽くすのみだ。

文=ナガオ勝司

photograph by AFLO