いよいよ決戦が始まろうとしている。

 女子15人制ラグビー日本代表「サクラフィフティーン」が、4大会ぶりとなるW杯の舞台に立つ。決戦の地はアイルランド。日本時間の8月10日(AM3:45〜)にフランス、14日(AM1:15〜)にアイルランド、18日(AM1:00〜)にオーストラリアと対戦する。

 2002年大会以来、長らく遠ざかっていた待望のW杯への切符を勝ち取ったチームを率いるのは、有水剛志ヘッドコーチ。その指揮官に、アイルランドへと向かう直前、都内某所で話を聞いた。

――2014年4月の就任から4年が過ぎました。これまでの歩みを振り返ると?

「隔世の感がありますね。この4年間で、ひとつひとつステップを踏んで来た気がします。正直僕が就任した当初は、いろいろな面ではナショナルチームとしての体をなしていなかった。予算も限られて、合宿も満足に組めないという厳しい環境で、加えてそれ以前に、国を代表して戦うにもかかわらず選手の意識レベルに問題があった。例えば代表の合宿中、食事の際にケーキから食べる選手がいましたから。ただ、選手も悪気があったわけじゃない。『アスリートとしてそれはおかしい。そんな食事じゃストレングスも作れない』と指摘されたところで、言われた選手は意味がわからない。そんなレベルでした。試合前にジャージを渡す時も、とてもこれから国を背負って戦いの場に向かう雰囲気ではなかった」

――今の代表選手や、かつて早大で指導を受けた選手による“指導者・有水”評は、「基本の積み重ねを重視し、選手に答えを与えないタイプ」と聞きました。

「それは昔から変わっていないと思います。女子代表のヘッドコーチに就任した当初、直接は聞こえてこないけど、間接的に漏れ伝わっているのが、選手たちが『有水さん、教えてくれない』とボヤいている、と。女子はいい意味で知識・スキルを高めたいという欲求が強い。だから、『どうすればもっと上手くなれますか?』と細かなところを聞いてくる。それに対して、もちろん私の中での答えはありますが『そんなの自分で考えろよ』って、まずは言っちゃいますから(笑)」

「これが正解」と伝えるのではなく、気長に待つ。

――教えてほしいのに教えてくれないとなると、選手はジレンマを感じますね。

「コンサルティングのように『これが正解』と答えを出すのではなくて、選手が自己開発できるように、選手自身が考え抜いて、自分の答えに気付くプロセスがすごく大事。そこに気付けば、絶対自分のものになりますから。ただ、選手によっては、より答えに近い本質的なことを考えさせたりして、男子を指導していた時とは割合を変えるようにしています。先ほどの試合前のジャージプレゼンテーションにしても、『ナショナルチームとしてはこうあるべきだよね』という話は1年間、一切しませんでした」

――就任から1年経った2015年5月、それまで7戦全敗、W杯を目指す日本代表にとって壁であり続けたカザフスタン代表から初勝利を挙げました。

「人は変われる、ということだと思います。カザフスタン戦後、『1年前を思い出して。今、これだけチームとして変われているんだよ』と選手たちに言いました。あの勝利をきっかけに、チームとして自分たちがやっていることに間違いはないと選手は自信を得ることができたと思います」

――そして昨年末、アジア・オセアニア予選でフィジー、香港に連勝し、予選突破を達成。その後おっしゃっていたのが、「W杯本番で勝つには、フィジカルとメンタルを2ランク上げなければならない」と。

「今年6月のアイルランド遠征やその後の国内でのテストマッチ、強化合宿を経て、確実に1ランクは上がりました。2ランクアップまで、あとほんの少し。今の時点で、理想の85%から90%まできています。W杯初戦のフランス戦に100%に達すると、選手たちにも伝えてあります。チームが着実に、一段一段高みに向かっていることは、僕が話す機会がどんどん減っていっていることにも表れています」

――というのは?

「練習中の円陣や、試合前と後、僕が『これは言わなきゃ』と思ったことを、キャプテンやチームリーダーが率先して言うようになりました。練習を始める時も、メニューの説明は僕がしますが、以前僕が言っていた、チームの士気を高める一言二言を、今は全部キャプテンが言っています。エディー(・ジョーンズ元日本代表ヘッドコーチ)も、チームが成熟すればコーチの仕事はどんどんなくなっていく、ということを話していますが、そのとおりだと思います」

チームの目標はもはやW杯出場ではない。

――チームの目標も、「W杯出場」から「W杯8強」に上方修正されました。

「リオ五輪後の去年の秋あたりだったと思います。女子ラグビーは7人制と15人制が自転車の前輪と後輪のような役割で、相互が密接にかかわりながら、サクラセブンズ、サクラフィフティーンの強化に取り組んでいます。確かにリオ五輪でセブンズは厳しい結果に終わりました。しかし、これまで自分たちが歩んできた"道"を振り返って、この道はどこにつながっているんだ? と前を見据えた時、W杯でベスト8進出は『いける』と思いました。今はその総仕上げの段階に入っています」

 実は、有水は15人制女子ヘッドコーチ就任の打診を、一度断っている。無理もない。

「それまで女子の指導はしたことがなかったし、女子ラグビーの現状なんて全くわかっていなかった。予算はない、強化合宿も潤沢に組めない、でもW杯出場がミッション、それは難しい、できないってなりましたから」

 では、なぜ有水は翻意したのか。

 有水しかいないんだ――これが打診側の最後の口説き文句だった。有水は熟考の末、「俺しかいないのなら、やるしかない」と応じたという。

 口説き文句の主は、協会コーチングディレクターの中竹竜二である。有水とは早大ラグビー部の同期で、4年生時にはキャプテンを務めた。その後2006年から2009年まで、母校・早大ラグビー部の監督とFWコーチという間柄だった。

「僕がワセダの監督になるにあたって、有水は絶対に必要な人間だと思ったんです。だから、あの時、半ば無理矢理引退してもらったんですけどね(苦笑)。僕が大事だと思ったのは、組織のために、チームのために、全力を尽くせる人間かどうか。その点で一番信頼できるのが有水という人間です」

 その見込みどおり、厳しい環境下でも常に全力を尽くし、女子15人制代表チームをW杯の舞台へと導いた“盟友”に対し、中竹はこう語る。

「愚直で頑固、深く物事を洞察するのが有水というコーチです。サクラフィフティーンは、本当に彼らしいチームに成長しました。かつてない準備を経て、これまでにない新しい形の組織になってきたと思います」

 これまで有水が、サクラフィフティーンが歩んできた道のその先に、新たな何かは生まれるのか――。答えは真夏のアイルランドで明らかとなる。

文=朴鐘泰(Number編集部)

photograph by Kiichi Matsumoto