「僕が頑張ることで、屋久島でサッカーをやっている子供達が、少しでも“やれるんだ”という気持ちになってくれれば嬉しい」

 インターハイ鹿児島県代表、神村学園のエースナンバー14を背負うMF高橋大悟は、あどけなさが残る顔つきで、こう口にした。

 現在高校3年生の高橋は、全国的に見ればまだ無名の存在だろう。ただ卓越したボールコントロールと高い精度を誇る左足を持ち、広い視野と的確な判断力を駆使。相手の守備組織を壊す悪魔のようなスルーパスと、ドリブル突破からのシュートを放てるMFだ。実際、すでに複数のJクラブが獲得に本腰を入れており、J入りは確実視されている。

 実は今回のインターハイは彼にとって高校入学後、初の全国大会だった。それだけに今大会に懸ける想いはとてつもなく大きかった。

「いつか屋久島を出て、サッカーでプロになりたい」

 高橋大悟が生まれたのは、鹿児島市から南に約135km離れた、島全体が世界遺産となっている屋久島だった。

「屋久島は本当に遊ぶところがないので、サッカーや野球しかないって感じでした。夏は海で泳いでから、冬は暖まるためにサッカーや野球をして。でもそれが凄く楽しかったんです」

 高橋は少年時代、島の仲間達と自然の中で遊ぶ活発な子供だった。そして幼稚園からサッカーを始めると、サッカーと並行して野球にも打ち込んだ。競技をする人数が少ないということもあり、野球で全ポジションをこなし、サッカーでもどこでもこなす万能ぶりだった。

 その中で高橋は自然と、サッカーの魅力にどんどんハマっていった。

「サッカーの方が凄く楽しくて、いつか屋久島を出て、サッカーでプロになりたいと思うようになったんです」

浜からボールを遠くに蹴って泳いで獲りに行ったり。

 だが、サッカーをやる上でハンデもあった。屋久島には4つのサッカー少年団があるが、県大会に出場するのがやっとのレベル。しかもグラウンドの数も限られ、サッカーをする環境は決して良いとは言えなかった。

 しかし彼は自らの技術を磨くために、遊びの中で様々な工夫を凝らしてきた。

「小さい頃からボールに触っているのが好きで、家ではおもちゃで遊んだ後に、片付けないままにして、その散らばっているおもちゃを敵と見立ててドリブルをしていました。あと、近所に木が沢山ある公園があって、その木を敵と見立ててドリブルしたり(笑)。あと、夏は海に行って、浜からボールを遠くに蹴って、泳いで獲りに行くとか、いろいろやりました。自然だらけなんで(笑)」

 自然環境を活かしたトレーニングは、屋久島で育ったサッカー小僧をハイレベルな技術を持つフットボーラーに変貌させた。小4で県選抜に入って以降実力をつけ、県内でその名を轟かす存在となった。

 そして小6の段階で、九州の強豪中学からオファーを受けたのだ。

中学で入学した神村学園でも中心選手としてプレー。

 この時点で彼は島を出るか、残るかの葛藤を抱えることになった。

「その時は屋久島をあまり出たいと思っていなかったのですが、やっぱりサッカーでもっと上に行きたいという気持ちもあった。県外か鹿児島、島に残るという3つの選択肢がある中で、当時、僕は県ナンバー2の選手と言われていたんです。ナンバーワンと言われていた選手が神村学園に行くと聞いたので、僕も1番になるために同じチームに行こうと思ったんです」

 屋久島を飛び出した高橋は、神村学園中等部で着実に力をつけ、中2の全国中学サッカー大会でベスト4、中3では高円宮杯全日本ユース(U-15)に出場するなど、中心選手として結果を残し、鳴り物入りで高等部に進学。1年から不動のレギュラーを掴み、その卓越した技術を見せ、ゴールを量産していた。

高橋らに立ちはだかる、鹿実と鹿児島城西という壁。

 筆者が印象に残っているのは、彼が高1の頃のインターハイ予選決勝・鹿児島実業vs.神村学園だ。ピッチ上で1人だけ独特のリズムを刻み、小柄ながらすっと背筋が伸びた姿勢から、長短のパスを使い分けていた。特に印象的だったのが、左足インサイドのインパクトの強さだ。会場のピッチの芝は長く、中途半端なインサイドキックではパワーが足りなかったり、精度が落ちてしまうような状況だった。しかし、彼のインサイドキックは両方ともに抜群で、少ないタッチから放たれるミドルパスの弾道は非常に美しかった。

 敗れはしたものの、高橋の存在は際立っており、それ以降、彼の動向を常に追うようになった。

 しかし“県内の壁”は非常に分厚いものだった。鹿児島は神村学園、鹿児島城西、鹿児島実業の“3強”が全国1枠を争う激戦区でもある。ともに選手権ベスト4以上の戦績を収め、Jリーガーも多く輩出している3校が潰し合う中で、ここ2年間は高橋と同学年であるプロ注目のCB生駒仁ら擁する鹿児島城西がタイトルを独占し、神村学園はいつも涙を飲む存在だった。

高校最後のインターハイでついに掴んだ全国切符。

 それゆえ全国の舞台で彼を見ることはなかった。だが、彼は自らの力で技術を磨く術を良く知っていた。今春の九州は福岡で開催されたサニックス杯。ここで全国トップレベルの強豪校、Jの下部組織相手に見せたプレーは出色の出来だった。

 前述した左足スキルはもちろんのこと、利き足ではない右足のキック、シュートの質が明らかに向上していた。左足に持ち変えることなく、最短でフィニッシュまで持ち込むプレーにより、アタッキングエリアでの脅威の度合いをさらに増し、より怖い選手へと変貌していた。

「常に全国レベルを忘れないようにしています。九州の中だけで満足していたら、自分が望む先の世界へ進めないですし、自分が成長すればそれだけチームのプラスになる。今年は何が何でも全国に出たいので」

 強い志を持った高橋は、高校最後のインターハイでついに想いを結実させた。インターハイ鹿児島県予選決勝では鹿児島実業を相手に、高橋が決勝弾を叩き込み、高校初の全国となるインターハイ出場を手にした。

初戦でループシュート含む2ゴールアシストの大活躍。

 そして、迎えた晴れの大舞台。「楽しみしかないです。思い切り暴れ回りたいです」と、彼はこれまでの想いをぶつけるかのようにピッチで躍動した。

 輝いたのは1回戦・済美戦だった。雨が降りしきり、スリッピーなピッチだったが、高橋はそれを正確なプレーを見せた。6分、上半身フェイントをかけて右サイドからカットインし、相手CBが食いついた瞬間、DFラインの裏へ正確なスルーパス。MF原田啓史の先制点をアシストした。8分、21分にも立て続けに決定的なパスでチャンスメークするなど、1人だけ高次元のプレーを見せていた。

 そして27分、味方の落としたボールに走り込み、左足でダイレクトシュート。コントロールされたボールはゴール左隅に突き刺さった。

 後半に入っても彼の動きのキレは落ちない。68分にはペナルティーエリア右裏へのスルーパスに反応する。飛び出したGKより一瞬早くボールキープすると、鋭く反転してループシュート。ボールは綺麗な放物線を描いて、ゴール左隅に吸い込まれた。

 高橋が見せた2ゴール1アシスト。済美を4−1を下して、初戦突破を果たす原動力となった。続く2回戦の関東第一戦では先制弾を決めたが、2−4の逆転負け。ここで彼のインターハイは幕を閉じたが、屋久島出身のタレント候補は、確かに全国で爪痕を残した。

「いつもと違う景色を見ることの重要性を感じた」

「もっとやらなければいけないことが多いと痛感しました。個人のスキルでは負けていなかったけど、グループワークだったり、オフ・ザ・ボールの動きに課題を感じた。もっとボールの引き出し方、どんな状況でも自分のボールフィーリングを発揮して、周りを活かしながら前に行く。もっとゴールに近づくバリエーションを増やしたい。それ以上にこういう経験が出来る全国にもっと出たいと思ったし、いつもと違う景色を見ることの重要性を感じた」

 高校初の全国で得るものは数多くあり、より全国に出たい、より広い世界を見たいという欲望が生まれた。彼がその心を満たすためには、4年ぶりの選手権出場と屋久島出身で2人目となるJリーガーになるほかない。

 そして後者については、もう実現する手前まで来ている。

「Jリーガーとして島に帰って、また周りの人たちと」

 屋久島出身初のJリーガーは昨年、J3の鹿児島ユナイテッドFCに入団した塚田翔悟だ。ただ高橋は複数のJ1・J2クラブが獲得に動き出しており、実現すれば屋久島で初のJ1もしくはJ2の選手となる。

 だからこそ冒頭で彼が口にしたように、自分自身が夢を実現して行くことで、屋久島の子供達の希望や目標にならないといけない。この想いが彼にはある。

「僕は屋久島が好きです。あの小さい島で育って、周りの人の温かさを知っている。僕が小さいときにサッカーをやっていた大人の人たちが、僕と遊んでくれた。その人たちが今は“頑張れ”、“プロになれ”と凄く応援をしてくれているので、その恩返しをしたい。Jリーガーとして島に帰って、また周りの人たちと一緒にあの自然の中でボールを蹴りたいです」

“屋久島の星”は故郷への想いを胸に抱き、豊かな発想と確かな技術をより磨き上げ、さらなる成長を遂げようとしている。大自然を相手に個性を磨いた屋久島での日々と同じように――。

文=安藤隆人

photograph by Takahito Ando