鉄腕左腕にまた新たな勲章が加わった。

 8月4日の巨人戦。9回に守護神の田島慎二が同点に追いつかれ、なお2死一、二塁の危機。背番号「13」が緊張感を漂わせマウンドに向かった。阿部慎之助には右前打を許して満塁とされたが、村田修一を右飛に。

 窮地を脱した瞬間、プロ野球歴代最多949登板で、米田哲也(元近鉄)と肩を並べた。

「記録はシーズンが終わってから振り返ればいい。今は記録への思いは特にない」

 この言葉に嘘偽りはなかったのだろう。

 その言葉通り、6日には早速登板を果たし、あっさりとプロ野球新記録の通算950試合登板を達成してしまった。

野球中心の生活で、他のことにはほとんど無頓着な男。

 岩瀬仁紀にとっては、2月1日のキャンプインからシーズン最終戦が終わるまで、緊張の糸は張り詰めたまま、決して心底リラックスする瞬間などはない。

 食事にでかけても下戸。たとえ敗戦投手になろうが酒で吹っ切ることができない。睡眠時間は最低8時間を確保。それを逆算しながら、プライベートも練習や試合も含めて翌日の行動を描いて就寝する。

 息抜きといえば、好きな競馬や競艇をたまにたしなむ程度。それもシーズンオフのように決してのめりこむことはできないという。

「そりゃボクだって人間だし、またシーズンかと気分が滅入ることもあるけど、こればかりは逃げられない。シーズン中は何をやっても心底楽しめないし、もうあきらめているからね」

 岩瀬はそう言って苦笑いを浮かべる。

 野球中心の生活を余儀なくされ、それ以外のことはほぼ無頓着。洋服も基本的に着れればいいと、ブランド物にこだわることもない。同僚で仲が良かった1つ年下の川上憲伸が岩瀬の洋服を選び、無精ひげが口の周りを覆う。

 野球に関係のないことに関して無神経になるのは、岩瀬に近い関係者に言わせればごく当たり前のことだ。

舞台裏では「引退」の2文字が脳裏をよぎって――。

 それでも、昨季、心が折れる“事件”があった。

 2016年8月6日のDeNA戦。1点リードの8回に5番手でマウンドに上がった。

 これが節目となる900試合登板。しかし、この日は大乱調だった。無死満塁のピンチを招くと高城俊人に右翼越え打を浴びて同点。続く桑原将志にも勝ち越しの2点左前打を打たれ、1死も取れず3失点でKOされた。

 ベンチに帰る途中に花束を受け取ったが、ぼうぜん自失。

「言葉がない。結果がすべて……」

 メモリアル登板を飾れず報道陣の前で必死に声を絞り出した。ただ、その舞台裏では「引退」の2文字が脳裏をよぎっていた――。

 これまでたとえ打たれても、翌日には気持ちを切り替え、奮い立たせてマウンドに立ってきた。そして結果も残してきたからこそ、42歳の今も勝利の一翼を担う。そんな鉄腕も、屈辱だった「900試合登板」の後遺症には悩まされたということだ。

「入団して数年の頃の体になってるんじゃないかな」

 自らを守護神に抜てきしてくれた森繁和新監督の下、「ダメなら引退」で臨んだ2017年シーズン。その意気込みはキャンプイン前の合同自主トレの姿に表れていた。

 顔がひとまわり小さくなり、腹回りも見違えるようにシェイプアップ。90キロだった体重は、8キロ減の82キロに変貌を遂げていた。大好きなコーラや炭酸飲料を極力抑え、食事時間も変更。体重は絞っても筋力は落とさないよう、自主トレ先の鳥取でも自らを限界まで追い込み続けた。

 その過酷なトレーニングを目の当たりにした中日・勝崎耕世コンディショニングコーチは「入団して数年の頃の体になってるんじゃないかな」と、20代の頃の状態に戻ったその肉体改造に目を細めた。

山本昌に続く年長受賞となった、12年ぶり月間MVP賞。

 球界最年長の決断は吉と出た。

 開幕から順調に滑り出し、6月は14試合に救援登板して1勝1セーブ、失点・自責点とも0で防御率0.00。10ホールドを記録するなどフル回転し、6月23日の巨人戦では3年ぶりのセーブも挙げた。そして抑えを務めていた'05年4月以来の月間MVPを受賞した。

 セ・パ通じて最長ブランク。

 42歳7カ月での受賞は、元中日山本昌の43歳0カ月に続く年長受賞になった。

「手応えをつかんでいたのが、結果となって表れたのだと思う。(最長ブランクの)12年前がどんな感じだったか覚えていない(笑)。この年齢でも取れるっていうのは、若い人たちに『やれるんだ』と示すことができた」

「もちろん、今もシーズンはしんどいの連続」

 史上最多404セーブを挙げている伝説的ストッパー。

 この2年は肘の不調に悩まされた。原因を突き詰め、病院に幾度も足を運んでも解明されない……。

 実は過去にも同じようなことがあった。

 '09年シーズン終盤には右腕のしびれを発症。1カ月の登板回避を余儀なくされ、このときも原因は最後までわからなかった。

「今も肘の不安が解消されたわけではない。ただ、丈夫な体に生んでくれた親にはものすごく感謝している。もちろん、今もシーズンはしんどいの連続。けど、先のことはあまり考えずやっていくしかないからね」

 岩瀬が救援投手の条件としてあげる4項目がある。

 (1)三振を奪えること
 (2)四球を出さないこと
 (3)盗塁されないこと
 (4)フィールディングがうまいこと

 ユニホームに袖を通し、打者と対戦する以上は、新人だろうがベテランだろうが関係ない。

 鉄腕左腕は、今も向上心を見失うことなくこの4項目に磨きをかけ、ひたすら汗を流す。

文=伊藤哲也

photograph by Kyodo News