いよいよ今週は今季最後のメジャー、全米プロゴルフ選手権が開催される。

 前週、世界選手権シリーズのブリヂストン招待で見事な勝利を飾ったばかりの松山英樹は、その夜のうちにファイアストンのあるオハイオ州を離れ、クェイルホロー・クラブのあるノース・カロライナ州に現地入りした。

 世界選手権2勝目、米ツアー通算5勝目、今季3勝目となった前週の優勝は「怒らないでやってみようかなと思った」「あまり期待しないでやってみようと思ったら、うまくいった」「メンタルコントロールして、ハイにならないようにしたら、うまくいった」と松山自身が振り返ったように、気持ちの持ち方を変えるという彼にとっては新たなアングルから掴み取ったもの。だからこそ、松山は終始穏やかな表情だった。

 優勝後、すぐさま始まる全米プロに対しても「来週も、あまり期待しないでやれたらいいな」「まだ、あと3日あるし」と穏やかな視線を向けていた。

 そして今週のクェイルホローでは、すでに月曜日に9ホール、今日の火曜日に18ホールを回り、メジャー初優勝を目指して練習と調整を行っている。

練習し、子供たちにサインする姿は全くの普段通り。

 松山に対する注目度はもちろん高く、優勝候補の筆頭に上げられている。現地の子供たちは「ヒデキ! ヒデキ!」と声を上げ、サインを求める。日頃から子供たちにとりわけ優しい松山は、練習ラウンドの途中でも努めてサインをしていた。その姿は前週と何も変わっていない。

 練習ラウンド終了後には、日本メディアの取材にも快く応じた。その姿勢も変わっていない。

 だが、松山の表情は、穏やかだった前週から一転して険しいものになっている。

谷原「“素の松山英樹”はたぶん休みたいはず」

「疲れは大丈夫ですか?」

「はい」

 一流アスリートであれば、肉体のコンディショニングは上手くできているのが当たり前だと思っている松山は、どんなに疲れていても、仮にどこかが痛くても、「疲れてます」「痛いです」とはまず言わない。

 だが、今日の練習ラウンド中、「手に力が入らない」と言って、ティグラウンドで仕切り直したり、ラウンド終盤は前の組が終わるのを待つ間、しゃがんだり腰を下ろしたりで、疲労の色はありありと見て取れた。

 前週の最終日、あの優勝争いの中で松山の顔は確かに穏やかに見えたが、集中力は極限まで高まっていたに違いなく、その中でコースレコードに並ぶ61をマークしての逆転勝利。エネルギーの消耗度も最大レベルであろう。優勝後は表彰式、記念撮影、優勝会見、そしてすぐさま飛行機で移動。疲れていないはずはない。

 前週も今週もともに練習し、ともに移動した大学の先輩・谷原秀人いわく「(松山は)ちょっと疲れてるんですよ、たぶん。本人は休みたいんだろうけど、“プロゴルファー松山英樹”がそれを許さないんですよ。“素の松山英樹”は、たぶん休みたい。このコースを知っているからホントは今日もハーフとかでいいはずなんです。でも、それを頑張っちゃうアイツがいるんですよ」と、ビッグでストイックな後輩を気遣っていた。

調子は「後戻りしてるんで……」という苦しい状態。

 だが、松山の表情を険しくしていた理由は、もちろん疲労のせいだけではない。

 前週の最終日は、最悪のウォーミングアップから最高のゴルフへと一転させて勝利を掴んだというのに、一夜明けた月曜も、そして火曜も再びショットの調子が振るわなくなっている。

「後戻りしてるんで……それを、また上げられるように頑張りたいなと思う」

 調子が後戻り。そしてその状況に輪をかけるように、コースの難度はとんでもなく高い。それも松山の表情をこわばらせているのだろう。

何度もプレーしたコースだが、改良で別物に。

 クェイルホローは米ツアーのウェルズ・ファーゴ選手権の舞台となってきたが、今回はコースがやや改良され、メジャーの舞台にふさわしいものへと仕上げてある。

 通常はパー72だが、今回は71。全長7600ヤードという破格の長さでパー71は、米ツアー屈指のロングヒッターにとっても「長い」と感じる設定だ。

 このコースで過去2勝を挙げているローリー・マキロイは「いつもは出だしの5ホールで1つか2つスコアを伸ばしていたけど、今回はそこをイーブンパーで切り抜けるのが目標。雨で地面がソフトになってボールが転がらないから、距離的には一層タフになっている。でも、チャンスもたくさんあるけどね」

 そして松山は、改良されたコースは「別コースですね。グリーンだけじゃなく、フェアウェイもラフも変わってる。全部違うので、初めてのコースだと思ってやっています」と、初心に戻ることを心掛けている。

「グリーンは今日は(雨の影響で)だいぶスピードが落ちたけど、それにしても早かったし、硬かった」と十分に警戒。そのグリーンは巨大で2段3段の段差があり、おまけに複雑なうねりを見せている。

「ティショットがフェアウェイにいかないと、(グリーンの狙うべき)面には絶対に打てない。ショットがカギになってくる」

チャンスホールはない、という発言の理由は。

 距離に関しては「天気が悪いので(ボールが転がらず)全体的に長いホールが続くので大変だな」と、マキロイ同様の感想を口にした。だが、マキロイが言うようなチャンスホールは「ないと思います」ときっぱり。

 マキロイは「今までよりスコアは少し悪くなるだろう」とやや警戒していたが、松山は「やってみないとわからない」と、今は見通しもない状態だ。

 調子が上がれば、松山もチャンスホールは「ある」と感じるようになるだろうか。チャンスを見つけ、チャンスを創り出そうと思えるようになるだろうか。

 そのカギとなるのが、フェアウェイ、そしてグリーンの狙った面を捉えられるショットということになる。

実は米ツアーで優勝の翌週に試合に出るのは初めて。

 ところで、これまで松山は米ツアーで優勝を挙げた翌週に続けざまに試合に出たことが実は一度もない。

 メモリアル・トーナメントで初優勝を挙げたときも、フェニックス・オープン2連覇後もHSBCチャンピオンズ優勝後も、すべて翌週はオフウィークだった。

 だが、今回はそれを初めて経験しようとしている。

「そうですね。優勝した次の週に(試合に)出るのは珍しいので」

 何ごとも「直後」は「ホット」ゆえ、松山の勝ちっぷりの印象も期待も注目も今はとても熱い状態だ。その熱さを感じつつ、自分自身のメンタル面を今回はどうコントロールすればいいのか。

 疲労を感じているのだとすれば、どう回復させていけばいいのか。練習、トレーニング、フィットネス、休息、そのバランスをどう取っていけばいいのか。

 さらには、周囲の期待をどう受け止めながら戦っていけばいいのか。

 そのあたりが、彼が今すでに直面している新たな課題になりそうである。

マキロイ「今週はヒデキこそが、カギになる」

 しかし、前週もメンタルコントロールを意識的に行なうという新しい試みをして快勝した松山である。開幕前の今はまだ最善の道を模索している段階ゆえに表情が険しくなるのだろうが、粘り強い彼ならきっと道を切り開いていくだろう。

 難コースにも笑みを浮かべながら「チャンスはたくさんある」と豪語するマキロイが一番警戒しているのは、コースよりむしろ松山のようだ。

「先週の日曜日、あれは強く印象に残る61だった。素晴らしいゴルフだった。ヒデキはこの12カ月、いや18カ月、とてもいいプレーをしているし、飛距離も出ている。自信を高めてここへやってきている。今週はヒデキこそが、カギになる」

 マキロイが「カギ」と見ているのは松山。松山が「カギ」と見ているのは精度の高いショット。

 その2つの「カギ」が一体化したとき、松山のメジャー初優勝がきっと達成される――。

文=舩越園子

photograph by Sonoko Funakoshi