奇跡のバックホーム、とはならなかった。

 夏の甲子園、9年ぶりの公立校同士の対決となった2017年開幕ゲームは、彦根東(滋賀)が6−5で波佐見(長崎)にサヨナラ勝ちした。

 試合を決した最後のシーンは2死一・二塁からの右翼前安打で、波佐見の右翼手・田中涼からベストボールが転送されたが間一髪、彦根東の三塁走者・原晟也が生還した。

「信じられないです。9回の逆転もそうですが、自分たちがやれることをしっかりやってつないでいった得点だった。選手たちがよくやってくれました」

 彦根東・村中隆之監督は甲子園初勝利に胸をなでおろしていた。

彦根東、波佐見とも一歩も譲らない一進一退の攻防。

 6−5のスコアが示すように、両者の力が出た好ゲームだった。

 試合は2回表、波佐見の主砲・内野裕太の大会第1号となるソロ本塁打で幕を開ける。直後の2回裏、彦根東は1死満塁から太田剛志の犠牲フライで同点とすると、3回表には今度は波佐見が四球を足掛かりに1番・村川大介の適時二塁打で1点を勝ち越した。

 しかしその裏、彦根東は2死からの相手失策で走者を出すと、エンドランで2死一・三塁と好機を作って6番・吉本孝祐の3点本塁打で逆転した。

 両者一歩も譲らない一進一退の攻防。それは後半に入ってからも続いた。

 波佐見は6回表、5番・浜田倫の左翼前適時打で1点を返すと、7回表には2死満塁の好機から4番・内野が右翼前適時打を放って2人が生還、逆転に成功。

 そこからゲームは動かず5−4と波佐見リードで9回裏を迎えた。この時、波佐見の指揮官・得永健監督は「このままじゃ厳しい。延長戦も覚悟した」と言う。自分たちと同様、公立校である彦根東が終盤に粘り強さを発揮すると感じていたからである。

二塁走者を止めて作りたかった「1死一、三塁」。

 実際に9回裏、1点を追う彦根東は粘り強い攻撃を見せた。

 代打・松井拓真が詰まりながらも中前へ落とす安打で出塁する。犠打で1死二塁として「チームの中心打者。彼が打つことで打線がつながる」と指揮官が信頼する1番の原晟也を迎えた。

 そして原晟也は、期待に応えて二遊間を破る安打を放つ。

 同点も期待されたが、三塁コーチャーの中井知稀は二塁走者・松井の本塁突入を制止した。1点ビハインドの状況の彦根東には、得意としている攻撃スタイルがあったからだ。

 1死一、三塁。

 様々な攻撃を仕掛けられるこの局面こそ、公立校でグラウンドが広く使えない彦根東が数多くの練習を積み重ねてきたシチュエーションだった。

ゲッツーを防いで点を取る攻撃を徹底していた。

 村中監督はこう証言している。

「スクイズだけじゃなく、1点を取る引き出しは練習してきていました。一塁走者がエンドランを掛けて、打者がゴロを打って、三塁走者はホームへ突っ込む。ゲッツーを防いで点を取るという攻撃を、狭い学校のグラウンドでやっていたんです」

 原晟也の安打で走者を止めたランナーコーチの判断も、自信を持っているからこそだ。三塁コーチの中井はこう言う。

「ケース練習で一、三塁という場面を想定して練習しています。(原晟也の安打は)センターがボールを捕球したタイミングで、ホーム生還はぎりぎり間に合うかどうかでした。そこで勝負するよりは、次のバッターに託して、ゴロを打って1点を確実に取った方がいいと思いました。打球を見た瞬間は“走者を回そう”という気持ちもあったんですけど、粘って止めました」

同点に追いついてからの4番の一打で二塁走者は……。

 そして迎えた一、三塁の場面で、彦根東はヒットエンドランを仕掛ける。一塁走者だけがスタートを切り、打者はゴロを打つ。三塁走者は打球が転がるのを見て、ホームに生還した。

 1点を取る有力な方法と言えばスクイズだが、打者の朝日晴人が左打者であるため、捕手から作戦が見抜かれやすい。だからこそリスクを最小限に抑えて、同点に追いついた。

 続く3番の高村真湖人が四球で歩いたあと、サヨナラのチャンスで4番・岩本道徳がライトにヒットを放つ。

 今度は、二塁走者に自重する雰囲気はなかった。

「ランナーの原晟也には、ヒットが出たら勝負を懸けろと伝えていた」と中井が言えば、二塁走者の原晟也も「この場面で本塁へ突っ込むことは共通認識だった」と語った。

完璧なバックホームに対して回るように滑り込み生還。

 守る波佐見も最善のプレーを見せた。守備位置が浅かったこともあって、右翼手からの送球は6.39秒でホームに届く、ほぼ完ぺきなものだった。高校野球では、バットに当たってから6.8〜7秒以内でホームに転送できれば、二塁からの本塁生還をアウトにできると言われている。右翼手・田中はそのタイムをはるかに上回るスローイングで返球してきたのだ。

 三塁ベースを蹴った時点で、右翼手の体勢を確認した原晟也は「アウトのタイミングになるかもしれない」と必死に走ったという。

 実際、田中の送球は逸れてはいなかった。しかし、コリジョンルールもあるため捕手がホームベースの遥か手前で捕球。そこから本塁タッチにいったが、原晟也は回り込んで滑りこんだのだった。

 原晟也は言う。

「コリジョンルールが始まってから、ライトからの返球、タッチは少し遅れるので、外側からホームに入る練習をやってきた。いつも通りのことがしっかりできた」

「最後のプレーは目いっぱいで素晴らしい」

 かくして、公立校同士の開幕戦は彦根東がサヨナラで制した。

 私学優勢が伝えられる昨今の高校野球事情にあって、彼らの戦いぶりは決して私学勢に劣っているとは感じさせなかった。それほどレベルの高い試合だった。

 実際に得永監督も、同じ立場にあること意識し、その上で実力を出し合った試合だったと振り返っている。

「いいゲームだったと思いますし、最後のプレーは目いっぱいで素晴らしいボールを返しました。彦根東さんは私たちの持ち味でもある粘り強さを発揮されました。ウチが普段から目指している野球をされていたので、常に怖さを感じていました。ただ、私たちには勝てるゲームであったので、生徒に申し訳ない」

 第99回大会はベストゲームから幕を開けた。

文=氏原英明

photograph by Kyodo News