「良い選手がいれば、アメリカに連れて帰ろうと思っているんだ」

 今はまだ“リップサービス”と受け取る方が良いのだろう。

 2017年6月、NFLのトップQBであるトム・ブレイディ(ニューイングランド・ペイトリオッツ)が来日した。アンダーアーマー社が手掛けたアジアツアーの一環として、学生へのスポーツクリニックや相撲部屋への出稽古など、公私で様々なイベントに参加し、多くの話題を提供してくれた。

 ブレイディといえば“世界で最も稼ぐモデル”であるジゼル・ブンチェンを妻に持ち、自身もスポーツ選手の長者番付上位の常連でもある。その甘いマスクと品行方正な立ち振る舞いも相まって、アメリカでの好きなスポーツ選手のアンケートでは必ず上位に入る、スーパースターだ。

 それにもかかわらず、である。

 今回のブレイディの来日は、日本国内ではそれほど大きなニュースにはならなかった。スポーツ紙が少々触れた程度で、例えばレアル・マドリーのクリスティアーノ・ロナウドが日本に来た時とは、メディアの熱狂ぶりにも大きな違いがあった。これはひとえに、日本でのアメリカンフットボールという競技の立ち位置を現している。

最高峰であるNFLの舞台に日本人が立っていない現実。

 端的に言えば、人気がないのだ。

 その理由は様々にあるのだろうが、大きな要因のひとつとして挙げられるのが「最高峰であるNFLの舞台に、日本人が立ったことがない」ということではないだろうか。

 欧州サッカーも、NBAも、MLBも日本人選手が挑戦し、彼らがそこで活躍したことで多くのファンの目に触れるようになった。

 中田英寿を、田臥勇太を、野茂英雄を見たことがきっかけで、その他のスター選手にも目が行くようになったという人も多いだろう。

 そんな中、北米四大プロスポーツの中で唯一、アメリカンフットボールだけはいまも、NFLのフィールドに立った日本人がいないのである。

ブレイディの本気のスローを受けた選手は驚いていた。

 実は今回の来日中、イベントとはいえブレイディの本気のスローイングを受けた日本人選手がいる。それがXリーグのIBMビッグブルーに所属するワイドレシーバー・栗原嵩だ。

「過去にNFLのドラフト1位選手のボールも受けたことがありますが、ブレイディのボールは別格。捕りやすさが全く違いました」

 栗原は4年前にNFLチームのボルチモア・レイヴンズのサマーキャンプに参加し、そこでの実力が認められ「契約前提」でチームのトレーニングキャンプへの招待を受けた経験を持つ。現役の日本人選手としては、最もNFLの舞台に近づいた選手だ。

 結果的にはビザの問題もあり、トレーニングキャンプへの参加は叶わなかったが、その後も再びキャンプに招待されたり、NFL経験のある選手たちのトライアウトであるベテランコンバインに呼ばれるなど、NFL経験者たちと狭き門を巡って競い合ってきた。その体験を経た上で、栗原はこう語る。

「いろんな人が『日本人にNFLは無理だ』と言いますけど、僕は実際にキャンプに行ってみて『イケる!』と思いました」

日本人が試されるのは、フィジカルよりもカルチャー。

 アメリカンフットボールはコンタクトスポーツであるため、体格の違いから日本人のプレーのハードルが高いと言われることも多い。だが、栗原はその見方には疑問を呈する。

「よく聞くのは『フィジカル面で日本人は劣るから難しい』という言葉ですが、そういう単純なことではないと思います。NFLにはフィジカルが凄い選手もいますが、十分戦えるレベルの選手もたくさんいます。そういう部分よりも、むしろ日米のカルチャーの違いが大きな差になっているように思うんです」

 日本人のNFL参戦を阻む大きな障壁――。「カルチャーの違い」とはどういうことなのだろうか。

高いパフォーマンスを出し続けるのが本当に難しい。

「NFLのキャンプに行って感じたんですが、例えばサマーキャンプだと1カ月ちょっとトレーニング期間が続いて、その前にはチームでの合同練習も数日間ある。そういう環境の中でずっとトレーニングに出続け、高いパフォーマンスを出し続けるのがめちゃくちゃ難しいんです。そこでいかに自分をアピールしていくかが重要になる。期間が長ければ長いほど“タフさ”が必要になってくるんですね。

 アメリカでNFLに挑戦するような選手は、高校時代からプロのように扱われている。田舎の高校のエースだって、地元では大スター。プロ選手と同じようにサインを求められ、それを学生時代から経験しているわけで、アピールの仕方も含め、そこにおけるアメリカ人と日本人の感覚が違うんだと感じました」

彼らは絶対、1日に1回は“スーパープレー”をする。

 実際のトレーニングキャンプでも、プレーの実力以上に魅せ方の違いを感じたという。

「僕はほとんどキャッチングのミスはしなかったんですよ。そこは非常に評価してもらいました。マンツーマンでも、一度も負けなかったと思います。そんなレシーバーは多分、僕しかいなかった。肉体面でも、何人かがケガで抜けていく中で、僕は我慢して出続けた。本当にすべてを出し切っていたんです。

 でも、他の選手を見ていて思ったのが、彼らは絶対、1日に1回は“スーパープレー”をするんですよ。僕は全ての動きを堅実にミスなくやっていたとは思うんですが、いわゆる“スーパーキャッチ”みたいなものはできていなかったんです。ああいう時の魅せ方は感覚が違うのかなぁと強く思いましたね」

 来日中にブレイディが行ったイベントでも、こんなことがあった。ゲストの小学生とボールを籠に入れるゲームでの対戦中のことだ。リードを許していたブレイディは最後の最後、勝負の一投を見事に籠に叩き込み、ファンの喝采をさらって行ったのだ。イベントの小さなゲームであっても小学生を差し置いて主役になってしまう。万人の目を奪うプレーをするという資質が刷り込まれているのだろう。

バスケもそうですけど、アメフトは“国技”なんです。

 栗原は、そこにアメリカンフットボールという競技に対するアメリカ人の強烈なプライドを感じたという。

「アメリカだとコーチがプレーに関して怒ることってほとんどないんですよ。落球したら怒るとか、そういうのはなくて。代わりにいいプレーをすると凄く褒めてくれるんです。そういう指導が小学校、中学校から続いているんでしょうね。ミスを怖がるより、良いプレーをすると評価されるということを全員が分かっているんです。キャンプでもミスなんて気にしないし、『良いプレーをしよう』ということしか考えていない。でも、日本の教育だとミスを怒られるんですよね。だからどうしても『ミスをしないようにしよう』という考えになる。そういう教育の差が出ているんじゃないかと。

 しかもアメフトは、人気が極端にアメリカ国内だけのスポーツでしょう。もちろん野球もアメリカ発だし、バスケもそうですけど、アメフトは“国技”なんです。アメリカ国民の人間性、アメリカのすべてを映しているんだと思うんですよ。スポーツ大国であるアメリカが自信を持って魅せるスポーツがアメフトで、アメリカ人の国民性や、魂がすべて詰まっていると思うんです」

NFLに行ける保証なんてないけど、可能性はある。

 そんな現実を目の当たりにしたからこそ、今の若い選手にはもっと大きな夢を持ってほしいと栗原は言う。

「フィジカルやコミュニケーションの能力はもちろん高いレベルで求められますが、それは超えられないほどの壁ではないと思います。僕自身は高校からNFLに行きたいと思っていたけれど、その方法論としてすぐにアメリカに行くという考えが出なかったんですね。いまはそういう選手も増えていますし、NFLもマーケットを世界に広げようとしている。いろんな可能性があるんです。

 いまの日本にも、中には本当にいい選手がいるんですよ。もちろんNFLに行ける保証なんてないですけど、可能性はある。リスクはあるけれど、それでも大きな夢を追う選手が出てきてほしいですね。僕はまだいまの日本のレシーバーでは一番だと自分では思っています。だからこそ、『コイツを超えたらNFLに行ける!』という基準であり続けたいと思っています」

「重要なのは“覚悟”と“献身”という部分」

 昨年9月にはUCLAに所属する庄島辰尭(しょうじま・たつあき)が、日本人として初めてNCAA1部の公式戦でプレーした。他にも、アメリカの大学からNFLへ挑戦する日本人も増えてきている。少しずつ、重い扉は開こうとしているのだ。

 日本人フットボール選手に能力も、環境も備わった時、最後に必要なものはなんなのか。それは、ブレイディの言葉が雄弁に物語っているような気がする。

「日本人選手も能力、スキルとしては十分にあると思いますし、ぜひ近い将来、NFLでも活躍してほしいですね。ただ、競技としてNFLのフットボールが非常にレベルが高いのは事実です。だからこそ近道は存在しない。重要なのは“覚悟”と“献身”という部分。それがいかにできるかだと思います」

「アメリカ1強」という特異な競技を、大舞台で戦い抜く“覚悟”ができた時――。

 その時こそ、日本人初のNFLプレーヤーが誕生するのかもしれない。

文=別府響(文藝春秋)

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