鍛え抜かれた肉体と肉体が激しくぶつかり合う。ウォーミングアップを兼ねた7対7のミニゲーム。だが、通常のミニゲームで見られるボディコンタクトではない。バチバチ聞こえるのは、互いに選手生命を懸け、しのぎを削る音だ。

 12月6日と7日、JPFA(日本プロサッカー選手会)トライアウトがパロマ瑞穂スタジアムで開催された。今季で所属クラブを契約満了となり、移籍先を探す選手107名が参加。最年長は冨田大介(徳島ヴォルティス)の40歳7カ月12日で、最年少は斎藤翔太(水戸ホーリーホック)の20歳11カ月29日、平均年齢は27.5歳となった。

 ミニゲームのあとは11対11のゲーム形式(30分)が行われ、プレーを視察する各クラブの強化担当やスカウトが獲得を検討する際の材料にする。

松本、長野と渡り歩いた塩沢勝吾、35歳。

 塩沢勝吾(AC長野パルセイロ)、35歳。

 県内有数の進学校である上田高から山形大に進み、Jリーガーとなった異色の経歴を持つ。かつて、JFL、J2、J1へと躍進する松本山雅FCの象徴となったプレーヤーだ。Jリーグ通算197試合出場、34得点。配布された資料のアピールポイント欄には「ヘディング 泥臭さ」とあった。

「現役を続けたいと思ったので、トライアウトへの参加はすんなり決めました。最後までサッカー選手でいたい気持ちが勝り、自分では一線を引けなかった」

 そう語る塩沢は、2015年松本を契約満了となったとき以来、今回で2回目の参加となる。

「この場に立てるのは選手に与えられた権利。すべてを使い果たしたあとであれば、どんな結果でも受け入れ、次に進めます」

「ボロボロになるまで、自分が納得いくまで」

 長野ではJ2昇格を目指して戦ったが、その仕事は志半ばで終わった。

「松本から長野に移籍し、県全体を引っ張っていければと考えていた2年間。ある程度は自分の役割を果たせたと思いますが、後悔のほうが大きいですね。何より、チームをJ2に上げられなかった。そこで味わった喜び、悔しさを新天地で生かしたい。ボロボロになるまで、自分が納得いくまでプレーしたいです」

代表初招集から3年、坂井達弥はキャリアの瀬戸際に。

 トライアウト2日目、参加選手リストに坂井達弥(大分トリニータ)の名があった。坂井の存在が一躍脚光を浴びたのは、鹿屋体育大からサガン鳥栖に加入して2年目の2014年8月。新しく日本代表監督に就任したハビエル・アギーレにより抜擢され、9月のキリンチャレンジカップ・ウルグアイ戦で代表デビューを飾る。

 華々しいキャリアが開けるかと思われたが、ほどなくして勢いは陰りを見せる。2015年、松本に期限付き移籍。そこから坂井の流浪の日々が始まった。

 同年7月、予定された期間を短縮して鳥栖に復帰。2016年6月、V・ファーレン長崎に期限付き移籍。2017年、大分に期限付き移籍。この3シーズン、ピッチに立ったのはわずか19試合のみ。目立った成果を残せず、キャリアの瀬戸際に立たされることになった。

 坂井は自らの足跡をこう振り返る。

「プロになって1、2年目は順調に試合に出られました。そこでもっと成長し、考えながらサッカーをやらなければいけなかったんだと思います。自分なりにきちんとやっていたつもりではいたんですが、足りなかった」

たった1試合でも、日本代表の肩書は重い。

 やがてメンバーから外されるようになり、現状打破のために出場機会を求め、移籍を志願した。

「チームメイトやスタッフとコミュニケーションを取り、クラブに対する愛着を深めながらプレーしたかった。でも、半年か1年で移籍を繰り返すことになって。特に後ろのポジションの選手は戦術的な部分で根幹になり、まとめ役を務めることが多い。その点では、同じチームで長くやっている人のほうが有利で、いざというときは監督からの信頼感が差となって表れます」

 行く先々で、日本代表の肩書は注目されたに違いない。たったの1試合。だが、その事実は重い。

トライアウトを活用しているのはJ2の中位以下。

 もっとも、坂井はまだ27歳と若く、豊かな伸びしろが見込める。左利きのセンターバックという希少性の高さも売りになるはずだ。トライアウトをきっかけに、キャリアの再浮上を描いた選手は過去に何人もいる。

「鳥栖で一緒にやらせてもらった丹羽竜平さん(現・鹿児島ユナイテッドFC)がそうですね。トライアウトを経験して鳥栖に加入し、J1昇格、そして定着していくチームの中心選手になった。だから、自分もここからだとポジティブに捉えています」

 現実的に、トライアウトを補強に活用するクラブは、J2の中位以下がほとんど。カテゴリーが下がるほど貴重な戦力になる。今季のJ3を制したブラウブリッツ秋田は、昨年のトライアウトで有薗真吾と江口直生を獲得。有薗はリーグ戦32試合にフル出場し、優勝の原動力となった。

クラブ側としての目的は、意外なところにある。

 一方、惜しくも優勝を逃がし、3位に終わったのはアスルクラロ沼津。就任3年目の吉田謙監督は言う。

「トライアウトの最初の目的は、ここに参加することになった今季のメンバーのケアです。ほかから興味があると話を持ちかけられたとき、選手の特長や人となりを説明できるように自分がいます」

 トライアウトを視察するうえで、重点的に見ているポイントはどこか。

「今季、得点数ではリーグトップだったんですが、さらに攻撃力を増すためにボックス付近でのボール1個分の精度を上げたい。また、求めているのはメンタリティの強い選手。この短い時間で、いかに自分を出し切れるか。非常によい参考になりますよ」

 吉田監督は育成畑を長く歩み、以前、沼津と業務提携を結んでいたジュビロ磐田に数多くの選手を送り出してきた。この場には年代別代表の経験者がごろごろしており、才能の磨き直しは一考に値する。

「なぜ彼らが光り輝けなかったのか。この先、変わっていく可能性があるのか。そこをしっかり見極めたい」

 上を目指すクラブは、ここから這い上がろうとする選手たちの新たな能力を引き出すかもしれない。可能性を追い求める者にのみ、道は開かれている。

文=海江田哲朗

photograph by Tetsuro Kaieda