「人生で一番嬉しい瞬間だった」

 強烈なインパクトを与える一撃で、彼は一躍有名人となった。

 今年1月8日の第96回全国高校サッカー選手権大会。群馬の名門・前橋育英の選手権初制覇を決めたのは、2年生ストライカーの一撃だった。

 186cmの高さと足下の上手さを誇るFW榎本樹は、2年生エースとして初戦からスタメンを張ると、しなやかな身のこなしとポストプレー、ゴール前の飛び出しでチームの快進撃に貢献。そして、一番のハイライトは決勝戦のアディショナルタイムに生まれた。

 90+2分、MF田部井涼(法政大)がゴール前にロビングを入れると、榎本樹が反応してバックヘッドでゴール前に落とした。味方のシュートからDFにブロックされたボールが榎本の下に転がる――そこで、榎本は右足を振り抜き、強烈なシュートをゴールに突き刺したのだ。

 埼玉スタジアムがこの日一番の歓声に包まれる中、榎本はバックスタンドに陣取る前橋育英応援席に向かって全力ダッシュ。たちまち彼の下に歓喜の輪ができた。

知らない人から「良いシュートだったね」と。

 試合後のヒーローインタビューで、涙で言葉を詰まらせながら初優勝の喜びをかみしめていた榎本は、一瞬にして地元の「時の人」となった。

 しかし、彼はまだ2年生だ。卒業生が出て新入生が入ってきて新チームが始動すれば、選手権は過去のこととなり、最高学年のエースとしてそのチームを引っ張っていく立場となる。「選手権優勝チーム」という大きな看板を背負いながら、「これからのチーム」に全神経を向けなければいけないのだ。

 しかし、彼の周囲はそれを許してはくれない――。

「選手権後に前橋駅や高崎駅とかに行くと、知らない人から『良いシュートだったね』とか、『凄かったね』と声をかけられます。その時に『凄くインパクトがあったんだ』と実感すると共に、正直『いつまでも言われたくない』という気持ちもあります。もちろん言われること自体は嬉しいことだし、言われても仕方ないことだと思っています。でも、切り替えたい気持ちもあるので、できるだけ言われたくはありませんが……」

あのゴールで評価されるのは嬉しいが……。

 ずっと付いて回る「選手権優勝弾男」の評価。

 それは多分、これからも長らく付いて回る。だが、同時に自分に向けられた厳しい目にもなりうる。

「今年は絶対に結果を残さないといけないんです。選手権で優勝したり、試合できっちり点を獲るなど、今年活躍しないとより一層それだけのイメージから抜けられなくなる」

 その強い覚悟とは裏腹に、今、彼は苦しみの最中にある。

 2月11日の新人戦決勝・桐生第一戦。

 今年、前橋育英と同じプリンスリーグ関東に昇格し、今年も県内最大のライバルとなる難敵を相手に、立ち上がりから徹底マークに苦しむ榎本の姿があった。

 開始早々に相手選手が退場し、前橋育英は数的優位に立ったが、結果として最後まで相手のゴールをこじ開けられず、逆に先制点を献上し、0−1の敗戦となった。

「立ち止まって考え直す良い時間かも」

 この試合、ピッチ上の彼の表情は常に険しく、ボールが足につかなかったり、シュートを打ち切れないなど、明らかに苛立ちを隠せていなかった。

「自分が決めないといけないのに、結果を出せなかった。本当に悔しい」

 その新人戦決勝から約1カ月後の3月3日。前橋育英が主催となって同校サッカー部グラウンドで開催されたプーマカップでは、強豪と戦う仲間をピッチサイドで見つめる彼の姿があった。

「桐生第一戦で負傷したんです。ずっとサッカーができていなくて、歯がゆい気持ちはあります。正直、個人的にはちょっと出遅れた感があります。でも逆に一度立ち止まって考え直す良い時間なのかも知れません。

 この期間を有意義に過ごすために今は身体作りをしています。未だ当たり負けとかするし、今年はかなり相手も自分に強く来るので、復帰したらもう誰にも屈しない強い身体で戦っていきたい」

 その表情からは彼なりに苦悩を重ねたことは良く分かった。

「なんだかんだ言ってうまくいった1年」

 もともと榎本は多くを話す人間ではないし、どちらかというと目立つ存在ではなかった。

 昨年の春先はAチームとBチームを行き来する程度の存在だった。しかし、インターハイ直前に3年生CBが負傷したことで、彼が滑り込む形でメンバー入りを果たした。与えられた背番号「4」は、その先輩の代役の証でもあった。だが、ふたを開けてみれば1回戦からスタメン起用され、FWとしてゴールまで重ね、ベスト4進出の立役者となった。

 この時点で彼の名前はJクラブのスカウトにも深く刻まれるようになった。そして、選手権でのド派手な活躍……僅か半年で彼の立場は劇的に変わった。

「なんだかんだ言ってうまくいった1年。インターハイで全国デビューできて、選手権で結果を残せてラッキーだった面もある。だからこそ、今年は去年がある分、より厳しい環境下でのプレーになると思います。

 そこで自分の力が問われるので、重要な1年になると。個人的には注目される分には嬉しいので、そこを力に変えたい」

「周りをもっと活かすプレー」が鍵に。

 3月15日から18日の4日間、九州は福岡県で開催されたサニックス杯国際ユースサッカー大会で、彼はチームに復帰していた。

 FWとして最前線で圧倒的な高さとフィジカルの強さを駆使してボールを収めると、質の高いポストプレーと推進力を随所に見せた。しかし、結果はノーゴール。エースとしての本分を果たしたとは到底言えなかった。

「まだまだ全然ダメ。彼は器用でいろんなことができるし、ポテンシャルがあるのは間違いない。でも、何でも自分でやろうとしすぎて自滅をしてしまっている。周りをもっと活かして、ボールをはたいて受け直して、よりパワーを持ってゴール前に入っていくなど、独りよがりなプレーから脱却していけば、必ず将来は質の高い選手になると思う。

 そのためにも今が重要なんです。ずっと彼に求め続けていることだし、彼自身も徐々に気付きつつあるからこそ、勘違いさせないようにこれからも厳しく接していきたい」

 これまで数多くのJリーガーを輩出してきた名将・山田耕介監督は、彼を甘やかす気は一切ない。それは誰よりも彼の可能性を見出しているからだった。

「試される1年になると思います」

 山田監督は、この九州でのサニックス杯の期間中に彼を使い続け、点が獲れなくても代えることはなかった。

 榎本と対戦したチームの選手や監督は口を揃えて、「榎本は凄かった」と口にする。あるプロ注目のCBは「身体が強くて競り合いで負けてしまうし、スピードもあるのでスペースを与えるとあっという間に動かれてしまう。本当に迫力があって厄介だった」と舌を巻いていた。それだけ圧倒的な力を彼は持っているわけだ。

「試される1年になると思います。僕は勝負となれば絶対に負けたくない方なのですが……一方でダメなところもあって、それは時々ダラダラしたプレーをやってしまうこと。サッカーだったらディフェンスをさぼってしまって、去年は(田部井)涼さんに凄く言われたし、今年は(新チームのキャプテンである若月)輝にも言われるので、そこは自覚を持ってやりたいと思っています」

 4月から開幕するプリンスリーグ関東、そしてインターハイ、高校選手権と彼の活躍が必要とされる舞台は沢山ある。いつまでも1月の優勝、決勝ゴールの余韻になど浸ってはいられないのである。

「選手権決勝弾男」から卒業できるか?

 もし来年の高校選手権が終わっても、未だに「選手権決勝弾男」と言われていたとしたら……この1年間であの強烈なイメージが抜けないまま残っていることになり、即ち榎本が「あの時のゴールから成長していない」ということになる。それは彼も重々承知だ。

「去年まではずっと先が見えない中でがむしゃらにやって結果が出た。今年は先を見ながらサッカーに打ち込むことで、昨年とは違う景色が見えるんじゃないかと楽しみではあります」

 不安だけでなく、未知なる自分にも大きな期待感を抱き、プロ注目の長身ストライカー・榎本樹にとって覚悟の1年が始まった。

文=安藤隆人

photograph by Takahito Ando