サッカーは、さまざまな人生を乗せて前進する。まるで、アジアの片隅を走るタクシーのように。

 交通事故に遭って病院へ運んでくれと懇願し、車内で遺言を残そうとする夫とその妻。正午きっかりに泉に戻さないと自分は死ぬと信じ込み、硝子の鉢で金魚を運ぶ2人の老女。イランの奇才ジャファール・パナヒ監督は『人生タクシー』(原題“Taxi”)という作品の中で、運転手となってイランの首都テヘランを流す。車載カメラを通したドキュメントともフィクションともつかない体で、車内で時間を共有するさまざまな境遇の市民の声に耳を傾けていく。

 非日常的な客だけではなく、シートにはおしゃまな女の子も座る。授業で映画を学んだ姪っ子は、ハンドルを握る叔父に国内上映のルールを教える。求められるのは「俗悪なリアリズムや暴力」を排除し、「政治や経済に触れない」こと……。

「監督なら分かるでしょ?」

 どこの世界でも、男に言い聞かせるのが女性の役目だ。

 強い女性は、他にも出てくる。積極的な活動が仲間のはずの同業者から目をつけられ、協会から業務停止を受けた女性弁護士だ。「試合を見る前に逮捕されたの」。バレーボール観戦に出かけて逮捕された女性に会いに行くところだったというこの弁護士は、知己(そして、おそらく同志)が運転する車の後部座席に滑り込むと、行き先をこう告げる。

「天国へ!」

イラン代表で主将を務めた男の悲劇。

 世界には、歴史や宗教に根差した独特のしきたりやルールがある。他国から見れば奇異極まりなくても、文化というものを尊重するならば、簡単に全否定することはできない。だが、守られなければならないものはある。例えばそのひとつが、スポーツ。人生の一部を成すものだ。

 イランで1人、人生を奪われかけたサッカー選手がいる。

 マスード・ショジャエイ。今年に入り、ギリシャのAEKアテネでプレーしている。イラン代表で、キャプテンも務めていた男だ。

イスラエルとの対戦を禁止というルール。

 その33歳のMFは昨年8月、突然代表チームから外された。カルロス・ケイロス監督は「競技的な理由」と語ったが、額面通りに受け取る者はいなかった。

 ショジャエイ本人にも、“予感”はあったはずだ。だから、一度は抵抗した。7月28日のヨーロッパリーグ予選3回戦・第1レグでは、当時所属していたギリシャのパニオニオスから罰金処分を受けようとも、アウェイでのプレーを拒否。代表チームの同僚でもあるエフサン・ハジサフィとともに、遠征メンバーにも入らなかった。

 しかし、初戦を落として迎えたホームでの第2レグでは、2人そろってフル出場。初戦同様0−1で落として大会から姿を消したが、そこから事態は悪化した。怒りに火をつけてしまったのだ。ファンではなく、母国の政府の怒りに。

 イランは、イスラエル人国家の存在を認めていない。そのため国民に対し、イスラエルのチームや選手とのスポーツでの対戦を禁じている。2人が所属するパニオニオスが対戦したのは、イスラエルのマッカビ・テルアビブだった。イランスポーツ省の副大臣、モハメド・レザは「忌まわしい政権(のチーム)と対戦したことは、到底受け入れられない。イランのレッドラインを越えてしまった」と、2人の永久追放を示唆した。

ケイロス監督は政府の圧力を否定したが。

 ケイロス監督は、政府からの圧力を否定した。レッドラインを越えたはずの2人のうち、ハジサフィの招集は続けたことが、政治の介入を認めないFIFAからの罰則(政治介入を許さないFIFAは、過去にマリやインドネシアの国際大会出場を停止している)適用を回避する術だったという確証はない。

 だが8月以降、ショジャエイが代表チームでプレーすることがなかった事実は揺らがない。

 どういう経緯があったのかは不明だ。W杯イヤーに入った今年3月、チュニジアとの親善試合に向けたメンバーリストにショジャエイの名はあった。指揮官が「世界トップとの差は大きい」と嘆き、本番への緊張感が増す中、協会や政府も白旗を挙げたのかもしれない。SNS上で巻き起こった、各国サッカーファンの怒りの声が届いた可能性も、ゼロではない。

「僕に起こり得る最悪の事件だった」

 いずれにせよ、背番号7は帰ってきた。チュニジア戦はハーフタイムで退いたが、慣れ親しんだキャプテンマークを巻いたMFは、空白の時間をこう振り返った。

「人生では時に、自分で制御できないことが起こるし、僕にとってはそれが競技人生において起きた。いつでもすべてを自分の制御下に置けるわけではないし、あの事件が起きて、僕はしばらく代表チームに入らなかった。僕に起こり得る最悪の事件だったと思う」

 映画の世界の話ではない。

 もう1人、イラン代表で注目を集める選手がいる。1月にフリートランスファーで移籍したノッティンガム・フォレストで負傷し、W杯出場が危ぶまれているアシュカン・デヤガだ。

 両親に連れられて1歳で渡ったドイツでサッカーを学んだデヤガは、イラン代表のキーマンの1人である。だが、今回世界が注視したのはピッチ外での1枚の写真だった。

 サッカーを「偏見と戦争抜きの1つの言語である」と記したのは、治療のためにロンドンを訪れていたイスラエル代表、マッカビ・ハイファのマオル・ブザグロ。デヤガと笑顔で収まるSNS上の2ショットには、こんな言葉も添えられていた。

「僕らが示しているのは、違ってもいいんだ、ということ」

イラン人初のW杯3大会出場となるか。

 冒頭に紹介した映画『人生タクシー』の最後では、国内での上映許可が降りなかったことが明かされる。「俗悪なリアリズム」。姪っ子が口にしたセリフが、皮肉にリフレインする。

 イラン国内の人々の目に触れなかったこの作品は、しかし、世界の人々の心を動かした。ベルリン国際映画祭は、最高賞である「金熊賞」を与えた。気高さと映画への愛は、確かに伝わった。

 異なる価値観が、1つの言語を介して通じ合う。ピッチの上では、美しいものを目にできる。おそらく、6月のロシアでも。

 ショジャエイがロシア大会に出場したならば、イラン人選手として初となるW杯3大会出場を果たすことになる。そうなれば、「僕のスポーツ人生で最大にして、決して忘れられない一日になるだろう」。

 人生がサッカーを、サッカーが人生を運んでいく。

文=杉山孝

photograph by Getty Images