7月14日、初めて熊本で行われたオールスターゲームを取材した。始球式に臨んだ、託麻フェニックス主将の野中颯太くん(12歳)が試合前に、グッとくるスピーチを行った。

「僕たちが学校に行けるのも大好きな野球ができるのも、たくさんの支援のおかげです。全国の皆さん。熊本は、元気です!」

 筆者の生まれ故郷でもある熊本が震度7の揺れに2度も襲われてから2年3カ月が過ぎた。現在でも7600人以上の人々が仮設住宅での暮らしを余儀なくされており、みなし仮設でも2万人以上の方々が生活をされている。

 阿蘇地域と熊本市街地を結ぶ大動脈の国道57号線は阿蘇大橋付近の山崩れにより寸断されたままで、復旧にはまだ数年を要する見通しだ。また、県民の心のシンボルでもある熊本城の石垣はあらゆる場所で崩れたままになっている。

 天守閣も復旧工事の為に足場が組まれており、てっぺん部分をわずかに拝むことができるだけだった。

地方球場は圧倒的に若者が多い。

 その熊本城の横にあるリブワーク藤崎台球場で開催された球宴で、改めて感じたことがあった。地方球場の客層は、12球団フランチャイズ球場に比べて圧倒的に若者が多いのだ。

 この試合では外野芝生席のチケットは一般発売がなく、熊本地震復興支援の一環として野球少年と野球少女を対象とした約3300人の招待エリアとなっていたが、それを差し引いても球場周辺では親子の姿が本当に目立った。

 熊本城の二の丸広場で行われたパブリックビューイング会場でも家族連れはもちろん、学生と思われる若者グループがあちこちで散見されたのがかなり印象的だった。

 都市部に住むと実感が薄いと思うが、地方の場合「ちょっと足を延ばせば……」と言われても交通の便も運賃も格段に違う。居住地域によって、プロ野球の観戦環境格差はかなり大きい。

プロ野球が自分の街にくる嬉しさ。

 だから、自分の子ども時代もそうだったが、年に一度あるかないかのプロ野球はとにかく楽しみで仕方なかった。「勝負」はシーズンオフから始まっていた。新聞にいつ来季日程が載るかと待ちわび、一覧表の中に小さな文字で自分の街の球場名を見つけるとガッツポーズをした。

 たとえ贔屓チームでなくとも関係なかった。来てくれてありがとう。その感謝だけだった。

 試合の1週間前からは毎日のように週間天気予報をチェックした。雨マークは天敵だ。待ちに待った当日、急ぎ足で球場に向かった。入場ゲートでチケットをもぎってもらう。

 当時はあのほんのわずかな時間がやけに長く感じたが、今思えば少し待たされたことで、その先にある夢の世界へのワクワクドキドキの高揚感がさらに増していたような気もする。

地方開催は2013年で途絶えていた。

 今回、オールスターゲームが地方球場で開催されたのは5年ぶり13例目だった(12球場目、松山坊っちゃんスタジアムが2度)。

 '92年、仙台・宮城球場で実施されたのが最初の例だ。

 昭和の時代のオールスターゲームは年3試合行われていたが、日本野球機構と労働組合・日本プロ野球選手会の取り決めで'89年から2試合に減少。ただし夏季オリンピックが開催される年に限って、野球振興のためのチャリティーゲームとしての1試合を加え、第3戦を地方球場で開催することになったためだ。

 '96年は富山アルペンスタジアムで実施。その次はなぜか3年後、'99年に倉敷マスカットスタジアムで行われ、'00年は長崎ビッグNスタジアム、'01年は札幌ドーム(当時ファイターズ移転前)、'02年は松山坊っちゃんスタジアムと続いた。

 しかし、以降は2年に1回などやや不定期となり、'12年の岩手県営野球場、'13年のいわきグリーンスタジアムと東日本大震災の復興支援として開催されたのを最後にその後4シーズンは地方開催が途絶えていた。

4年に1度地方開催、で足りるのか。

 NPBとすればオールスターゲームは数少ない財源確保の機会となっており、目先のビジネスを考えれば収容人数の少ない地方開催のデメリットは大きい。熊本のリブワーク藤崎台球場も来場者数は13760人だった。

 それでもNPBは地方球場でのオールスター開催にあたり「野球振興を目的に、プロ野球の試合を球場で目にする機会の少ない地域などの人にも興味を持ってもらい、楽しんでもらいたいという理念に基づき」と明記している。

 また、今年度以降も4年に1度、地方球場でオールスターゲームを行うと発表している。だが、過去に決め事が遂行されてこなかった事例があるだけに、正直先行きは不透明だと言わざるを得ない。

 今回、パブリックビューイングの会場で特別解説者としてステージに立っていた、熊本出身の“平成の三冠王”松中信彦氏も地方開催の意義を唱えていた。

「OBになってからは野球教室などのイベントであらゆる地方に足を運ぶことが多いけど、現役選手の生のプレー、迫力や凄さを見てもらうのは試合が一番。生のプロ野球に触れてもらう機会は大切だと思う」

野球人口の減少を止める方法として。

 また、'13年にいわきで行われた球宴では1つの縁が生まれている。MVPを獲得したホークスの内川聖一は、その獲得賞金で「(東日本大震災で)被災した子どもたちのために何かできないか」と言い、オフに野球教室に出向いた。それ以後も毎オフ行っており、彼のライフワークとなっている。

 果たしてオールスターの地方開催は4年に1度でいいのか。野球人口の減少、人気衰退と言われて久しい中、やはりNPBが強力なリーダーシップを発揮していくべき。その中で、毎年でもオールスターを地方開催するくらいの心意気はあってもいい。

 足枷があるのは承知の上だ。ならば、いい加減に、最初からオールスター開催の売上をアテにするその構造自体を本気で再構築するべきではなかろうか。モタモタしている時間はないはずだ。

文=田尻耕太郎

photograph by Kyodo News