甲子園大会では、試合開始予定時刻の2時間前に「試合前取材」という囲み取材の時間がある。

 一塁側、三塁側、それぞれアルプススタンド下に室内練習場があり、そこに次の試合の出場校の監督、部長、ベンチ入り選手たちが居並んで報道陣を待つ。

 記者たちは思い思いに、お目当ての“取材先”を取り囲んで、質問を浴びせることになる。いただける時間は、わずか10分である。

 あるチームの試合前取材でエースピッチャーを近くで見たら、以前より姿がすごく大きくなったように感じた。

 少なくとも、地方予選の決勝戦までは、骨がユニフォームを着ているように(失礼!)見えていたのが、甲子園の室内で記者たちに囲まれている彼は、骨を程よく筋肉だか脂肪だかが覆って、ユニフォームがぴったり似合う体型になっていた。

「こいつ、こっち来てから4キロぐらい太ったんですよ」

 教えてくれた野球部長先生の笑いが苦々しかったから、ああ、あれかな……と思い当たることがあった。

昔は心配といえばケンカだったが。

「甲子園に来て、何がいちばん頭が痛いかって、選手たちの体重管理。これがいちばんですよ。昔は、もっと違うことのほうを心配してたんですけどね」

 ちなみに昔の心配のタネは、選手たちの「大阪探訪」だったそうだ。

 自由時間にスッと宿舎を抜け出して、珍しい大阪の街に迷い込む。ふらついてくるだけならまだいいが、時には“いけないお店”に引っ掛かってしまったり、地元の悪いのに難癖つけられてケンカになって逆にのして帰ってきたり。

 あとで問題になったら大変だから、面が割れているかもしれないその選手は、レギュラーなのに結局試合に出せなかった……なんて笑えない話もあったという。

「体重のことだから、そこまでおっかない話じゃないと思うでしょ。でも、全員にかかわることだから、ある意味そういう“事件”よりもっと私たちにとっては怖いんです」

練習時間が短くて、ごちそうが出ると……。

 予選を勝ち上がって甲子園を決めた球児たちは、取るものも取りあえず、慌ただしく旅支度を整えると空路、陸路、学校によっては海路、関西にやって来て、指定された宿泊先に入り、旅装を解く。

 そこから先は、「大会期間中」という扱いになって、勝手な行動はできないと聞いている。

 練習は原則2時間、指定されたグラウンドで行う。前後にミーティングがあり、その中でわりと長い時間をかけて試合に備えた「座学」があり、対戦する相手チームの研究などに当てられる。

 基本的に、それ以外の時間は「自由時間」となり、休養するなり、仲間たちとの談笑に興じるなり、少なくとも、普段の学校がある時期の「野球部生活」に比べると、ストレスの少ない時間の経過になるようだ。

 物理的なエネルギー消費が少ないわりに、食事は3度3度、宿泊先が工夫をこらした「ごちそう」が振る舞われる。

 宿泊先がホテルの場合は、朝食、夕食がバイキング形式。旅館の場合は、料理の品数の多い定食形式のことが多いと聞いているが、「さあ、どんどん召し上がれ!」と、食べ盛りの選手たちがお腹いっぱいになるように、ご飯もおかずもふんだんに用意される。

 選手たちはというと、ほどよい運動と十分な休養で食欲のかたまりと化し、さらに食べることぐらいしか「楽しみ」のない生活のせいで、ストレス食いのような状態にもなっていて、まあ、食べること、食べること。

「見ているこっちが、気持ち悪くなるぐらい食べますから」

 部長先生から泣きが入るほどの勢いで、片っぱしから食べまくる。

「普段“食育”とか言いながらたくさん食べることを奨励している手前、肝心の甲子園に来て、そんなに食うなとも言えませんからねぇ……」

 結果、試合の日までに何日もあったりすると、ユニフォームのサイズを急遽LからXLに上げねばならない選手が何人も現れて、出入りの運動具屋さんをあわてさせたりもするそうだ。

体重が増えて体のキレがなくなることも。

「困るのは、太ってしまって、プレーに悪影響を及ぼすことなんです。ピッチャーは、重い荷物背負って投げてるようなものですから、後半のスタミナがなくなってくる。体のキレがなくなるから、スコアボードに出るスピードの数字は同じでも、“棒球”になって持っていかれてしまう。

 前にあったんですよ、本当に。50m5秒台で走る1番バッターを走らせたら、ベースの1メートルも手前で刺されてしまった。ええっ! と思ってほかの選手に聞いたら、あいつ、3キロぐらい増えてるそうです……だって。気づかなかったこっちも悪いんですが……」

 甲子園のグラウンドで、ユニフォームを内側から圧するほどの肉体美に、最近の高校生は体格がよくなったなぁ…などと感心している裏には、こんな事情があった。

「最近の子はおとなしいもんです」

「最近の子はおとなしいもんです、昔に比べればね。お題目だけじゃなくて、本気で試合の日に全力でプレーに打ち込めるように、そこまでの時間を使っている。

 だから、ほぼほぼ実力通りの結果を出してくれます。勝ちそうだと思った相手には勝つし、あぶないかな……と思う相手にはちゃんと負ける。こっちとしては予定が組みやすいし、想定が立てやすくて助かるけれど、こっちがびっくりするような大勝負っていうのがなくなったなぁ……それが、ちょっとさみしい気もするね」

 昔は、甲子園で関西にやって来て、「男になって」郷里に帰っていった“猛者”が、チームに何人かはいたのだそうだ。

「まあ、手を焼きました。油断もスキもありゃしない。ちょっと目を離したら、もういない。コンビニなんてなくてスーパーに買い出しに行ってた時代なんて、品物の納品用の出口からドロンですよ。3年の最後の夏ですから、こっちももうそんなにうるさく言わないだろうってタカをくくって、向こうのほうが上手(うわて)ですよ」

 苦い思い出でもあるんだろうに、不思議と、部長先生の横顔が懐かしそうになごんでいる。

「しかし、いったいなんなんですかねぇ」

「そういうヤツらだったからなのか、勝てるわけないような格上のチーム相手にして、土俵際で豪快にうっちゃり食らわしてね……そんないい思いさせてもらったこともありましたけどね」

 いや、べつに、そんなことすすめてるわけじゃないですよ……。

 あわてて打ち消すあたりが、やはり“先生”なのか。「しかし、いったいなんなんですかねぇ……高校野球の強い、弱いとか、甲子園の勝ったとか、負けたとかって、ねぇ」

 そこまで言って、ちょっと目線を下げた野球部長先生の向こうを、コンビニ袋を下げてホテルに戻ったポッチャリ型の選手たちが、もう暗くなっているのに「こんちわ!」と言いながら通り過ぎていった。

文=安倍昌彦

photograph by Hideki Sugiyama