ゴールを背にし、まずは右のポストに頭を寄せて両手で包む。ジャンプしてクロスバーを手で触れ、左のポストにも同じ所作。東京ヴェルディのゴールマウスを守る上福元直人が、前後半のキックオフの前に必ず行うルーティーンだ。

 縁起を担ぐ趣味はない。占いも信じない。ゲームに臨むにあたっての、神聖な儀式のようなものである。

「きっかけは、スペイン代表やレアル・マドリーで活躍したイケル・カシージャスのプレーです。ある試合で、シュートがポストに当たり、跳ね返ってきたボールをカシージャスがキャッチ。すぐさま起き上がって、ポストにハグをしていたんですね。危ないところを助けてくれてありがとう、と」

土壇場でのヘディングシュート。

 上福元にとって、カシージャスはお手本とするキーパーのひとりだ。近年、ゴールキーパーは大型化が顕著で、180cm台前半の両者はともに小柄な部類に入る。

 だからこそ、シュートに対する反応、細かなステップワーク、予測力に磨きをかけてきた。天性の体躯で及ばない者は、知恵と勇気がなければ、この厳しい世界で生き残れない。

 12月2日、J1参入プレーオフ2回戦。東京Vは終了間際の劇的なゴールで、横浜FCを下した。

 この日、唯一のゴールが生まれたのは、掲示された7分のアディショナルタイムが尽きかけた90+6分だった。東京Vが得たコーナーキックの場面、一縷の望みをかけて上福元が攻撃に加わる。佐藤優平のアウトスウィングのキック、ニアサイドに曲がり落ちてくる球筋に頭から飛び込んだのは上福元。南雄太がシュートをはじき、こぼれ球をドウグラス・ヴィエイラが押し込んだ。

「戻らなければヤバい」の本能。

 ネットが揺れるのを見届けた上福元は、自陣に向かって疾走し、やがて大の字になって倒れる。そこにベンチから飛び出してきた控え選手やスタッフが覆いかぶさった。

「みんながサポーターの待つゴール裏に飛んでいくなか、なぜ自分だけ逆方向に走ったのか。たぶん、ゴールを守るキーパーの本能みたいなものだと思います。僕のヘディングがそのまま入ったならともかく、一度はセーブされているので。その瞬間、身体は後ろ向きになり、すぐに戻らなければヤバいと頭に浮かびましたから」

 セットプレー自体はデザインされ、トレーニングを重ねてきた形ではある。あの土壇場で、相手にとっては計算外である上福元をフリーにする奇策に打って出たのか。

「いや、その発想はないです。特に示し合わせたこともなく、意図して仕掛けたプレーではない」(井林章)

「自分もあのスペースは狙っていました。そこにカミが勝手に入ってきただけ」(平智広)

神秘性もサッカーの魅力。

 ピッチ上には言葉も、周囲とのアイコンタクトさえなかった。

「かえって、それがよかったんじゃないですかね。あのプレーは、どうしても勝ちたいという魂のようなもの」(上福元)

 一方、奈良輪雄太はこう語る。

「自分がクロスを上げて、ゴール前のカミがヘディングシュート。この居残り練習はたまにやっていて、ちょうど試合前日もありました。ここでそれが出るとは思ってませんでしたけど」

 沖田政夫GKコーチもまた、「遊びじゃなかったということですよ。練習でやってきたことは無駄にならない」と話した。

 このようにミラクルを生んだ背景は一応あるものの、すべてを理屈で結びつけるのは無粋というものか。上福元のルーティーンと同様、神秘的な領域もサッカーの魅力の一部である。

「勢いはうちのほうが上」

 8日、ジュビロ磐田とのプレーオフ決定戦。舞台はヤマハスタジアムだ。

「はたして、自分たちに上のカテゴリーで通用する力があるのか。ここまで積み上げたサッカーが、J1にふさわしい価値を持つのか。それを試すには絶好の機会です。チームと個人の成長、その本当の意味が次のゲームでわかる」

 そう意気込む上福元だが、磐田はこれまでの相手とは文字通り格が違う。日本代表キャップを持つ大久保嘉人、川又堅碁、山田大記、田口泰士、そして日本サッカーのレジェンドに名を連ねる中村俊輔。豪華なタレントを擁し、メンツだけなら降格の危機に瀕するチームとはとても思えない。

 3戦連続のアウェーゲーム。レギュレーションの不利もあり、東京Vは先取点を奪われれば、そのまま押し切られる公算が高い。上福元の双肩には、より一層の大きな責任、11年ぶりのJ1を夢見るたくさんの人々の希望がかかる。

「勢いはうちのほうが上。もっとも、プレーのクオリティでも負けるつもりはないです。チームとしての戦い方がブレず、組織的にプレーできる長所を出せれば勝機はある。最後、横浜FC戦のように自分が上がる形にならないのが一番いいんですが、念のため準備はしておきます」

 そう言って、上福元は白い歯を見せた。

文=海江田哲朗

photograph by J.LEAGUE