華の都パリにあって中堅クラブに過ぎなかったPSG。
だが、カタールによる買収が全てを変えた。
W杯開催を控え、中東の小国は何を狙っているのか。
無限の予算をつぎ込んで獲得した2人のエースに
託された使命とは何なのかを、現地から読み解く。
Number960号(2018年8月30日発売)の特集を全文掲載します!

 ネイマールとムバッペ。

 パリ・サンジェルマンのカタール人オーナーが煌びやかな2人のスターを獲得したのは、欧州制覇に近づくためだ。ただそこには別の意図もある。ペルシャ湾岸の人口267万人ほどのこの小国は、'22年にW杯を開催する。

 それまでに、国家につきまとう嫌なイメージを覆い隠し、明るい光を照らす存在として、彼らに期待しているのだ。

――'17年3月8日、バルセロナの本拠地カンプノウのアウェー用控え室は、耐え難いほどの静寂に包まれていた。選手たちは頭を抱えてうつむき、誰ひとり状況を飲み込めずにいた。カバーニがときおり吐き出すスペイン語の悪態だけが、葬式のような静けさをかすかに破るものだった。

 '16-'17シーズンのCLラウンド16で、PSGはこれ以上ない屈辱を味わった。バルセロナとの第1戦を4−0と圧勝した後、敵地での第2戦は思わぬ展開に。87分までにトータルスコア5−3と迫られ、そこからわずかな残り時間に3点を奪われて、信じがたい大逆転劇を許してしまったのだ。試合後、PSGのアルケライフィ会長は「悪夢だ」とメディアにため息を漏らした。

7年間で約10億ユーロ投資。

 '11年にカタールの王族が国家の投資機関を通じてPSGを買収した時、彼らはこんなシナリオを思い描いてはいなかった。オイルと天然ガスで莫大な富を得た国は、この7年間におよそ10億ユーロを費やして、多くの一流選手を獲得してきた。

 狙いはふたつ。ひとつは、大きな成功とは無縁だった華の都のクラブをCL上位の常連とし、近い将来に頂点を極めること。もうひとつは、カタールの印象を改善することだ。

「カタールがPSGを買収した理由は?」

 フランスの経済紙『Les Echos』のインタビューで、地政学の専門家パスカル・ボニファスはその質問にこう答えた。

「彼らは国際的な知名度を手にしたかった。国家を守るために、武器を買うのではなく、世界的なスポーツに投資したのだ。長期的な戦略である」

PSGブランドは失敗と同義に。

 だとしたら、冒頭のバルセロナに喫した世紀の逆転負けは、カタールを辱めるものだ。世界中の人々が見守るなか、彼らは赤っ恥をかかされたのだから。

「PSGブランドは失敗と同義になった」と書いたのは『L'Equipe』紙のデュリック記者だ。

「高く飛翔した後に叩き落されるのなら、そこに意味はない。カタールの計画は危機に晒されている」

 あるいは、恥辱はすでに味わっていたとも言える。その前のシーズンに、PSGは準々決勝でマンチェスター・シティに屈した。このクラブはカタールの隣国アブダビの持ち物だ。最大のライバルとも言える彼らにだけは、負けたくなかったはずだ。

 シティに敗れ、翌シーズンには不名誉な歴史的敗北。王族の我慢は限界に達した。

「FFPの抜け道を探すのだ!」

 あのバルセロナ戦のちょうどひと月後、国家元首のアルタニはチームの練習場を抜き打ちで訪れている。彼がPSGのフロントへ突きつけたメッセージは明確だった。
〈プランAがうまくいかなかったため、プランBに移行せねばならない。そして今回は物事を首尾よく進める必要がある〉

 つまり、これ以上のミスは許されない、ということだ。

 日刊紙『Le Monde』によると、アルタニはひどく立腹し、会長のアルケライフィにこう言い放ったという。「あんなルール(UEFAのファイナンシャル・フェアプレー=FFP)はどうでもいい。抜け道を探すのだ。カタールの名を高めるためなら、銀行をひとつ潰してもいい!」

 同国はそれまでも出稼ぎ労働者への待遇などを批判されてきたが、'17年6月に決定的な逆風に晒される。近隣のアラブ諸国との国交が断絶されたのだ。主な理由は、カタールがテロを支援していると目されること。この由々しき状況を受け、アルタニは世界の視線を逸らそうとした。多くの人の胸が高鳴るものに、スポットライトを当てようと。そう、ネイマールとムバッペに。

ネイマールを取るしかなかった。

 先に迎えたのはブラジル代表FWだ。

『Le Parisien』紙が「世紀の移籍」と評したネイマールの加入は望み通りの衝撃を生み、パリの街は空前の騒動に包まれ、世界のフットボール界を揺さぶった。5カ月ほど前に屈辱を与えられた相手から、エースを引き抜くことに優るリベンジがあるだろうか。ネイマールこそ、バルセロナの大逆転劇を可能にした選手だった。

「あの移籍のプランは5、6月のドーハで考案された」と元PSGの上級スタッフは『Le Monde』紙に語っている。「カタールは評判が落ちることに耐えられず、大きな行動を必要としていた」

 また王族と近い筋はこう証言している。

「君主アルタニは真のビッグネームを欲しがっていた。予算に限りはなく、時間は3、4カ月あった。つまり、アルケライフィ会長には選択の余地がなかった。ネイマールを取るしかなかったのだ」

 ネイマール自身の意図はどこにあったのか。世界屈指のクラブとリーグを後にし、明らかにレベルの落ちる場所へ向かうのは、都落ちと言えまいか。当時25歳で、これから全盛期を迎えるというのに。そうした疑念に対し、本人はこう主張した。メッシの影から離れ、バロンドールを手にできるようになりたいからだ、と。

途方もない巨額がバルサへ。

 この大胆なオペレーションには巨額のカネが費やされたが、そこには複雑な財政状況があった。

 '14年にPSGはFFPの規定に反したことで、UEFAから6000万ユーロの罰金を科された。以降、クラブの財政状況は厳しい監視のもとに置かれている。ルールは3シーズン総額の赤字が3000万ユーロを超えてはならないとしている。

 しかしバルセロナがネイマールにつけた値札は2億2200万ユーロで、カタールは満額を支払った。その移籍金は過去最高額の倍を軽く上回る。

 スペインのラ・リーガはFFP規定に背くとして、PSGからの契約解除金を拒否する構えを見せた。だが結局はネイマールのデビューが1週間だけ遅れたにすぎなかった。途方もない巨額が耳を揃えてバルセロナへ用意されると、それ以上誰も異議を唱えなくなり、「解決法が見出された」と『Le Monde』紙は綴っている。

ウルトラスから不満の声明。

 手段の詳細は明かされていないが、カタール人たちが創造性を発揮し、〈物事を首尾よく進めた〉ことは確かなようだ。ネイマールが'22年W杯の大会アンバサダーも務める見返りに3億ユーロを受け取るとする報道は、立証されていないとしても。

「いずれにせよ、カタールはネイマールのイメージを利用して自国開催のW杯を世に広められる」と『フランス・フットボール』誌のノタリアーニ記者は指摘する。「外交危機に瀕していたカタールが、マーケティングのクーデターを起こしたのだ」

 ネイマールはフランスで順調なスタートを切った。初戦で1得点1アシスト、対戦したギャンガンのMFドーは「2億2200万ユーロは安いよ」とその技に魅了された。2月に負傷離脱するまで20試合に出場し、19得点13アシストを記録。リーグ最優秀選手にも選ばれた。

 ただし、不快な後味も残った。前所属先のバルセロナは契約不履行を理由に850万ユーロを彼に請求し、同僚カバーニとの不仲説も根強い。重要な一戦で沈黙することもあるし、負傷もままある。

 昨季終盤には怪我が癒えたにもかかわらず故郷で気儘に過ごし、クラブを去る可能性も囁かれた。優勝を決めたモナコ戦にも顔を出さず、不満を持ったウルトラスは気まぐれなスーパースターに「PSGという組織への敬意を求める」と声明を出した。

ムバッペを嫌う者はいない。

 もうひとりのスーパースター、ムバッペは地元出身でもあり、彼を嫌う者はいない。パリ郊外のボンディで生まれたとびきりの新星は、1億8000万ユーロでモナコから引き抜かれた。ただしFFP対策のため、最初の1年はローンにして、移籍金の支払いをネイマールの分とずらした。

 彼が育ったボンディは失業率の高いタフな地域だ。そんな故郷にはムバッペの壁画がある。ロシアW杯で大活躍し、母国の2度目の優勝に貢献すると、それは新調された。「'98年はフランスのフットボールにとって最高の年だ。キリアンが生まれたのだから」というメッセージが添えられて。

 10代とは思えないほど地に足がつき、礼儀正しく、知的で寛大なムバッペはボンディの希望の星であり、PSGの──ひいてはカタールの──新しいシンボルだ。

「キリアンはフランスの若者たちの模範だ」とボンディのトマサン市長は『Le Parisien』紙に語った。「ハードワークと努力の象徴。彼は銀のスプーンが口に添えられるような環境で育っていない。成功を掴むために戦ってきたのだ。尊い価値だ」

ネイマールとどっちが主役?

 ところが皮肉にも、ムバッペの飛躍がクラブに新たな問題を招いている。人気沸騰する“フランス国民の息子”が、はからずもネイマールから主役の座を奪おうとしているのだ。

「ネイマール対ムバッペ、真の争い」

 リーグアンの今季開幕日、『Liberation』紙の1面にはこんな見出しが躍った。同紙のシュニデル記者はこう書いている。

「メインキャストはどっちだ? ネイマールの輝きは薄れている。W杯で失意のうちに姿を消したように。かたや、ムバッペはパーフェクトに近い出来だった」

 新シーズンは2人の一挙手一投足に注目が集まる。時にはうがった見方もされるだろう。しかしカタールからすれば、両選手にはこれまでどおりクラブに残り、輝き続けてもらう必要がある。トゥヘル新監督にとって最も重要かつ難しい仕事は、彼らのエゴを制御することになるはずだ。そして最低でもCLの4強に残り、2年契約の間に欧州制覇を達成しなければならない。

「誰もがカタールを知っている」

 今オフはFFPの規制もあり、正式に迎えたムバッペの移籍金以外、巨額の投資を抑えたが、40歳のGKブッフォンをフリーで迎えている。元イタリア代表の大ベテランの先は長くないし、GKにはアレオラとトラップがすでにいた。

 それでも彼を獲得したのは、その優雅な存在感と高い知名度に期待したからだろう。世界中がPSG、そしてカタールを語る機会を絶やしてはならない。中東の湾岸国の狙いは、クラブの買収に動いたときから、そこにあった。

「2011年以前に、カタールを知っていた人はいたか? フランスでは、地政学か燃料に関わる人だけだった」とボニファスは言う。「だが今や、誰もがカタールを知っている。PSGの買収とシャツの胸のエッフェル塔、そして'22年W杯開催権により、カタールは世界地図に確かな存在感を示すようになった」

 ネイマールとムバッペ、彼らのプレゼンスこそがそれをより強固にするのだ。
(翻訳・構成=井川洋一)

(Number960号『ネイマール ムバッペ カタールの野心をかなえるWエース。』より)

文=グレアム・バーガー

photograph by AFLO/Getty Images