ピッチャーに関する現在の潮流として、アマチュア球界には「球数制限」の問題がある。
 新潟県高校野球連盟が春季大会から導入予定だった「1試合100球」の制限について、今年2月、日本高校野球連盟が再検討を申し入れたことで、この問題は全国的な議論となった。
 時代は確実に「制限」へと傾いているが権藤氏はここでも意外な持論を展開した。

権藤「これに関しては、私は大反対ですよ。大反対。それはプロとアマの違いなんです。

 プロは次の日も次の日も試合がある。自分の生活をかけてやっているから100球で降ろすというのはあるでしょう。ただ、アマは、ましてや高校野球はオラが町の代表として出ていって、一生に一度の舞台というつもりで出ていって、それで『はい100球、終わり』ではやりきれんでしょう。私だったら、絶対に嫌ですから」

 プロ1、2年目の登板過多によって、わずか5年という短い現役生活を余儀なくされた権藤だが、ことアマチュア、特に高校野球に関して、球数制限は必要ないと言い切った。

 自身も佐賀県立鳥栖高校で1956年の夏、甲子園を目指して登板し、佐賀大会の準決勝で佐賀商に惜敗した経験を持っている。

 ただ、「大反対」というのはあくまでも球数制限についてであり、「球児たちの将来を考えて」という、この議論の大前提には、大いに賛同している。

「問題は球数よりも投げ方」。そして……。

権藤「例えば、松坂(大輔)は40歳近くになっても投げているじゃないですか。あの甲子園で延長17回を投げて、次の日も投げて、決勝でノーヒットノーランをやってというものがなければ、今の松坂という投手は生まれていないかもしれない。

 田中(将大)、にしても、斎藤(佑樹)にしても、投げているじゃないですか。彼らは投げ方がいいから、あれだけ投げられるんです。投げ方の悪い投手というのはちょっと投げただけで壊れるし、正しい投げ方をしていれば、少々では故障しない。

 問題は球数よりも投げ方なんです。あとは日程でしょうね。球数制限の前に日程をなんとかせないかんでしょう」

球数を制限する前に、日程を論じろ!

 肩や肘を壊さない正しい投げ方を教えられる指導者がどれだけいるのか。

 学校教育の一環としての部活動である「高校野球」がその枠の中で選手に配慮した大会スケジュールをいかに組んでいけるか。

 球数を制限する前にもっと議論すべきこと、着手すべきことがあるのではないか、というのが権藤の言葉の真意だった。

「やるのは選手なんですよ」

 権藤は強制を嫌う。

権藤「指導者の仕事というのは、誰が使えるか、を見極めること。監督の言うことをはい、はいと聞いている選手というのはいざとなったら頼りにならない。

 いわゆる、俺は俺のやり方でやるというような、やんちゃな選手の方が頼りになることが多い。誰が困った時に力を出せるのか。それを見極めたら、あとはその選手に任せるしかない。やるのは選手なんですよ」

 そういう意味で言えば、「最後まで投げろ」、「今日も明日も投げろ」というのも強制だが、「100球で降りろ」というのもまた強制である。

 高校野球界の名指導者の中にも、球数制限によって投手を守るというやり方には異を唱える人もいる。

 今回は『肩の酷使によって短命で終わった悲運のエース』という、パブリックイメージのある権藤の言葉だけに、また考えさせられる。

文=鈴木忠平(Number編集部)

photograph by Takuya Sugiyama