日本で登山をする際、入山料などはとくに必要ない。これは多くの方が認識していることだと思う。

 では、入山許可や登山届が必要かどうかは?

 答を言ってしまえば、これも必要ない。登山届を出さずに山に登ったところで罰せられたりすることはないのである。この事実は意外に感じる方が多いのではないだろうか。

 厳密に言えば、富士山や屋久島では「保全協力金」の名で1人1000円を徴収しているし(ただし支払いはあくまで任意)、浅間山や桜島などの活火山では山頂地域への入域を禁止している。北アルプスなどの一部では、入域こそ禁止してはいないものの、登山届の提出を義務化しているところもある。

 ただしこれらは例外であって、原則的には、日本の山は「無料で」「許可なく」登ることができる。それが現在の日本の法体系なのだ。

 まずはこのシンプルな原則を押さえたうえで、現在起こっていることを記してみよう。

登山届を義務化する条例が次々と。

 ここ4、5年の間に、登山届の提出を求める条例が次々に施行されている。時系列で記すと以下のとおりだ。

2014年 北アルプス立山室堂地区(一部期間のみ)
2014年 北アルプスの岐阜県側一部エリア
2015年 御嶽山および焼岳(北アルプス)
2015年 焼山(新潟県)
2016年 長野県内の主要山岳(計168エリア)
2016年 白山
2018年 富士山、南アルプス、八ヶ岳の山梨県側一部エリア

 これらの登山届の提出はほとんどが「努力義務」であって、提出しなかったからといって罰せられるようなものではない。罰則規定を設けているのは、「北アルプスの岐阜県側一部エリア」と「焼山」のみである。しかもこの2つの山域でも罰則を適用するエリアや条件はかなり限られている。

“普通の”登山者を想定した条例。

 これ以前に登山届の提出を義務づけた条例は、北アルプス剱岳(1966年施行)と谷川岳(1967年施行)のふたつしか存在しなかった。さらに、このふたつの条例は、危険度の高い区域や季節に挑戦するエキスパートを想定したもので、大多数の登山者にはほぼ関係ないものといえた。

 一方で、2014年以降に施行されている一連の条例は、逆に“普通の”登山者を想定したものとなっているところが大きな違いだ。決まりとしては緩いものではあるものの、この5年ほどの間で、登山届提出が求められる山が急速に増えてきているのが、日本の登山の現状なのである。

なぜ登山届の義務化が進んでいる?

 この背景には山岳遭難の増加がある。国内の山岳遭難は平成に入ってから一貫して増加を続けており、2017年の遭難者数は3111人。30年前と比較すると約4倍である。

 これには携帯電話の普及が大きく影響していると思われるので(昔は通報手段がなかったので記録に残らない)、そこは割り引いて考えないといけないが、少なくとも状況がよい方向に向かっているといえないことは確かだ。

 そこに、2014年の御嶽山噴火事故が追い打ちをかけた。死亡・行方不明合わせて63人が犠牲になったこの事故では、当初、遭難者の確定に手間取り、事態の把握に時間がかかった。だれがどこに入山しているのかわかるデータがないのだから、時間がかかるのも当然だったのだ。

「登山届提出を義務化しよう」という気運には、こうした背景があり、この動きは、今後おそらく他のエリアにも波及していくものと思われる。

登山届はなんのために必要か。

 ところでこうした動きを、「登山の管理強化だ」とネガティブにとらえる向きもある。が、登山届というのは、その内容を審査したりするものではなく、ほとんどの場合、行政側は届をただ受け取るだけである。事故があったときにその登山届を見て、遭難者の情報を得るために利用している。

 今年3月、神奈川県丹沢で、行方不明になった登山者が9日ぶりに発見救助されるという事故があった。こういう事故は、毎年、全国各地で起こっている。発見されたときにはすでに遺体となっていたり、あるいは発見されずじまいというケースも少なくない。

 こういうときに、行動予定が書かれた登山届があれば捜索範囲を絞ることができ、救助される確率がぐっと上がる。登山届最大の存在意義はそこにあり、つまり登山届とは一種の保険のようなものなのだ。

「登山届を出したから大丈夫」か。

 だから条例の有無にかかわらず、登山届はぜひ提出すべしというのが私の意見でもあるのだが、この件に関する報道の論調には少し言いたいこともある。

 山岳遭難を報じるニュースに「登山届は出していなかった」と付されることが、この4、5年で目立って増えた。それはあたかも、「提出していなかったがゆえに事故が起こった」とでも言いたげだ。

 だがすでに書いたように、登山届とは有事の際に役立てることが最大の目的。起こってしまったときに使うものであって、事前に遭難を防止する機能はほとんどない。登山届を提出したからといって、遭難しにくくなるわけではないのだ。

 ちょっと不適切な例えになってしまうかもしれないが、生命保険をかけたからといって死ににくくなるわけではないのと同じ。

 死なないためには、保険をかけることよりも、ふだんの健康管理や安全注意のほうがはるかに大事なことであるはずなのだが、遭難報道はそこをすっとばして保険ばかりに注目しているように見える。

 おそらくは、条例制定にともない、事故の警察発表の際に登山届についてふれられるケースが増えたのだろう。そのために、そこがホットな論点であると記者が早合点しているのではないか。

 しかし残念ながら、個別の事故の登山届の有無に本質的な報道価値はあまりない。むしろ、わざわざ登山届にふれることによって、「登山届を出していさえすれば」あるいは「ルールを守っていれば大丈夫」という、誤ったメッセージを読者視聴者に送ってしまっているようにも思う。

提出しづらい山域があるのも事実。

 登山届の提出は、登山者の自主的慣行あるいは一種のマナーとして、昔から行われていた。ところがその提出率は1割程度といわれてきた。

 なかなか提出率が増えなかったため、その後押しをするために条例が制定されたようなものだが、現状では登山者が提出しづらい山域があるのも事実だ。

 登山届を受け付けているのは各都道府県の警察だが、いまだに郵送かファクスでしか受け付けていないというところもある。提出先のわかりにくさと手間が、提出率が伸びない大きな理由にもなっているのだ。

 もちろんより提出しやすくする努力も続けられている。登山者が多い県を中心に、インターネットを利用した、より簡便な方法に切り替えるところが増えている(日本山岳ガイド協会の「コンパス」というサイトを利用するケースが主流だ)。

登山届は自分のために出す。

 もっとも簡単なのは、登山口に設置されているポストに登山届を投函することだ。

 人気山域では用紙と筆記用具まで備え付けられているので、必要事項を書けばいい。用紙がないところは事前に書いたものを持っていく必要があるが、書式に神経質になる必要はない。もっとも重要かつ欠かせないのは行動予定。次に家族の連絡先。これさえ書いてあれば、ほぼ用は足りる。

 登山届とは、「守らなければいけないルール」ではなく、「遭難しないようになるお守り」でもない。万一のときに助かる可能性を上げてくれるエマージェンシーキットみたいなものなのだ。提出するのはあくまで自分のため。そう考えると、提出しようという気分が少しは上がるのではないだろうか。

文=森山憲一

photograph by Shinichi Yajima