ほんの少し――。

 ほんの少しだけ、いい風が吹いていた。

 新緑が目立つ5月17日のアイオワーアメリカ合衆国中西部の小型都市デモインは、ついさっきまで降っていた雨のため、気温が上がった午後3時頃には蒸し暑くなっていた。

 田澤純一は、立派な州議会のビルが外野フェンスの向こうに見えるマイナーリーグ球場にいた。新たな出発の背番号である39を付けて。

 マウンドの後ろ、やや登り坂になっているところから腰を溜めて投げる。左足一本で立ち、前に一旦右腕を伸ばし、そこから上体を一気に起こして、片足のまま投げる。

 マイナー契約のキャンプ招待選手としてシカゴ・カブスにいた頃と同じ光景だった。

 田澤の額から汗が滴り落ちる。わずかに吹いた風が、彼の青い練習着を揺らした。

カブスのAAAに合流してから1週間。

「(去年)エンゼルスの時に体に覚え込ませるのには2万回やれって言われたけど、それは一気にじゃなくて、毎日、少しずつやるということ。今日はこの種目を3種類、15回ずつやったらそれで終わり。そのかわり毎日やれよ、と。その日によって良い、悪いはもちろんあるから、毎日やることが大事だと」

 体の使い方にこだわった動き。それを彼は、いつの頃からか毎日欠かさずやるようになったが、他の多くのトレーニング同様、リカバリーの時間も必要だと言う。

「その日やったことを、寝ている間に体が勝手に復習したりすることがあるから。今日やったドリルが体にインプットする時間になるから、リラックスして寝ることが大事。自分が今までやってなかった動きをあえてさせているので、その分、体に覚えさせてあげる時間が必要」

 田澤がシカゴ・カブス傘下のAAA級マイナー、アイオワ・カブスに合流したのはほんの1週間前、5月11日のことだった。

 翌日には初登板を果たし、14日にも登板して2回を無安打無失点、3三振無四球の好スタートを切っている。

開幕直前に自由契約になったが、待つ選択。

「(アリゾナのキャンプ地メサに残った)最初の2週間ぐらいは正直、何をしていたのか分からない時間だったし、無駄だったかなとは思う」

 オープン戦6試合無失点と抑えた田澤が、自由契約になったのは開幕直前の3月24日のことだった。彼がカブスと交わしていたそれまでのマイナー契約を引き継いでマイナーに残留させれば、ルール上、Retention Bonus=リテンション(引き留め)・ボーナスを払う義務が生じるので、契約内容を見直して、その3日後に再びマイナー契約をすることになった。

 田澤のようにメジャー歴の長い(7年以上)マイナー選手には、自由契約=他球団と契約する道も残されていたが、彼はカブスで次のチャンスを待つ「選択」をした。

 その決断自体は、間違っていなかった。

 カブスは3月下旬のメジャーリーグ開幕から、田澤がマイナーに合流するまでの2カ月足らずの間、開幕ロースターに入っていた選手の怪我や不調のため、延べ7人ものマイナーリーガーをメジャーに昇格させている。

 ただしその7回のチャンスに、田澤がメジャー昇格の候補になったことは一度もない。むしろ、眼中になかったと言ってもいいぐらいだ。

マイナーリーグで投げてこそ。

 当たり前だ。田澤はマイナーリーグの公式戦で結果を残し、それを評価されてこそメジャー昇格を手にすることができる立場なのだから、メジャーリーグやマイナーリーグのキャンプが終わっても継続されるExtended Spring Training、言うなれば「延長キャンプ」の若手相手に幾ら好投しようとも、それでメジャー昇格の判断がなされることはない。

 寒いアイオワに行くより、暖かなアリゾナで調整した方がいい――。

 チームが決めた32歳のベテラン・リリーバーへの配慮は理解できるが、マイナーリーグで投げなければ、昇格のタイミングも何もない。可能性はほぼゼロだと言っていい。

 キャンプ地=温暖な気候の中で調整することを「メジャー昇格の準備ができ次第、メジャーに上がれるのだろう」と解釈した人もいたようだが、それはとんでもない誤解である。

「飼い殺し」寸前の状態だった。

 カブスが本当に「本人の準備が出来次第、メジャーに昇格させる」と考えているのなら、最初から彼は開幕ロースターに食い込んでいたし、そもそも自由契約にすらなっていない。

 田澤がアリゾナ居残りを「無駄だったかな」と感じた理由のひとつは、若手相手に投げることで得るものが少ないからだった。実際、田澤はこの春、こんな経験をしている。

「どんどん初球から振ってくるし、こっちがやりたいことがあっても何もできないような状態だった。それでも球速とか回転数を測られているので、真っ直ぐを投げなきゃいけない。本来やりたいことは違う」

 田澤がメジャー昇格のアピールにならない場所でのプレーを強いられた理由のひとつは、カブスはメジャーだけではなく、マイナーにも投手が溢れている状態だったからだ。

 田澤よりも優先的に試したいマイナー選手が大勢いた。違う言い方をすれば、当時の田澤は「飼い殺し」になる寸前だった。

 事実、4月や5月の上旬にカブスのトミー・ホトビー投手コーチに田澤のことを聞いてみると、「アリゾナで調整している」以上の言葉は出てこなかった。

徐々にカブスが田澤を気にし始めた。

 ところが、田澤がマイナーに合流した後に話を聞くと、こんな言葉が返ってくるのだ。

「昔と違って、今は映像でマイナーの選手たちの姿を確認できるし、球速や回転数も計測しているから詳細なデータを得ることができる。

 でも何よりも大きいのは、情報のResource(供給源)が増えたことだ。(AAA級アイオワの投手コーチ)ロッド・ニコルズとは頻繁に連絡を取り合っているし、この前までメジャーにいたテイラー・デイビス(捕手)にも話を聞くことができる。タズ(田澤)がすでに2イニングを抑えていることも分かっているが、結果だけではなく、そうなるに至った内容も把握できるようになった」

 カブスが以前より、田澤の存在を気にし始めたと分かるのは、ホトビー投手コーチの次のような言葉からだ。

「彼の持ち球のレパートリーは、このチームの救援投手陣の中でもユニークなんだ。とんでもない速球を投げるわけではないが、カーブでストライクが取れるし、あのスプリットは今でも大きな武器となっている。彼がこれからいろんな状況で投げていけば、このチームに必要なのかどうかも、もっと鮮明になる」

キャリアがあるからこそ、昇格ハードルは高い。

 田澤のメジャー昇格の可能性が一気に高まった、というつもりはない。

 それはレッドソックス時代、マイナーから這い上がった彼自身がよく分かっていることだ。

「やっとスタートラインに着いたという感じかな。ここでも初球から振ってくる打者はいるけど、球を見てきたりとか、駆け引きで勝負してくる打者もいる。そういうところがもう少しうまく、捕手を信じて投げられるようになればいい」

 田澤はメジャー歴7年を超えるベテランであり、一度メジャーに上げればマイナーには簡単に落とせない立場だ。怪我人や不調に陥った選手の代役としての「一時的な昇格」は(緊急事態を除いて)ほぼ100%有りえず、カブスが「シーズンの最後までメジャーで起用する」という決断をしなければ、メジャー昇格は難しい。

「そこは気にしてもしょうがないんじゃないですか?」と田澤は言う。

「キャンプで結果出したけど、クビになる時はなるんでね。ど真ん中投げても打者が振らない時もあれば、狙ったところに投げても打たれるときもある。ボールが手から離れたら後は、自分にはどうにもならないんで、マウンドに上がるまでの準備が大事。後はそれを上が評価してくれることを信じるしかない」

「日本でやれないルールはあるけど……」

 32歳のマイナーリーガー、田澤純一はこれからどこへ向かうのか。

「日本でやれないルールはあるけど、僕は最初にアメリカにきた時から、ずっとここでやっていくんだというつもりでいたから、後悔はないです。去年も2回クビ(自由契約)になって、今年もキャンプの途中でクビになってるけど、こういう経験もそうできることじゃない、人にできない良い経験をしていると思うんです」

 この春、カブスを自由契約になった時、田澤にはアメリカの他球団を探す選択肢はあったものの、「日本」という選択肢はなかった。

 今さら蒸し返すつもりはないが、大事なことなので、書いておく。

 田澤が2008年、日本プロ野球のドラフトを回避してアメリカのボストン・レッドソックスという選択をした時、日本のプロ野球機構は「将来のNPBを背負う優秀な選手が海外に流出するのを防ぐため、やむを得ない措置」として「(社会人野球出身者は)海外球団と選手契約した場合において、当該球団を退団後2年間(高卒選手の場合は3年間)の、NPB所属球団との契約を禁止する」(「」内は日本プロ野球選手会ホームページより抜粋)という罰則を設けた。

 その撤廃を求めている日本プロ野球選手会が、彼らのホームページで書いているように「プロ野球選手が、日本のプロ野球球団と契約し、年俸を得るという経済活動を著しく制限することから、独占禁止法上明らかに違法」だそうだ。

「どれだけ稼ぐかは関係ない」

「当該球団を退団後2年間」と明記してあるのなら、田澤はすでに当該球団レッドソックスを退団して2年(3年)以上経っているので、今の田澤にはもはや効力がないような気もするが、いつの間にか「田澤ルール」と呼ばれるようになったこの規定が、田澤から「日本」という選択肢を奪っているのは確かだった。

 そして、それは田澤が本当に「日本」を望み、保守的な考えを支持する人々のバッシング(批判)を覚悟で行動するまで目に見えない「効力」を発揮し続けるだろう。

 実は田澤自身、この春、その罰則規定について訊かれることがあった。

 それはアリゾナ・ダイヤモンドバックスに彼と同じように社会人野球出身の吉川峻平投手(現ハイA級バイサリア)が入団したからだ。

「世界中のいろんな人たちと一緒に野球できることって、自分にとっては凄いプラスだった。僕の場合だったら、(ジョッシュ・)ベケットとか(左腕ジョン・)レスターとか、(斎藤)隆さんや松坂さん、岡島さんもそうだし、上原さんやイチローさんとか、今年だったらダルビッシュとか。

 そんな凄い人たちと一緒に野球ができるなんて、お金を出してもできないこと。そういうことだけでも、僕はアメリカに来て良かったんじゃないかなと思う。それが成功なのか失敗なのか、他の人がどう判断するかは分からないけど。

 だから、吉川くんの選択が成功か失敗は別にして、いろんな人と一緒に野球ができるのは彼が選んだからできることなんです。他の人にとってはどれだけ稼ぐのかってことかも知れないけど、そういう部分は関係ないと思う。彼は絶対にいい経験をしているし、これからもいい野球人生を歩んでいって欲しいなと思うんです」

逆境だらけの春は過ぎた。

 現在32歳の田澤は、今年24歳の吉川に比べれば「野球人生、そんなに長くはない」と。

「今でもまだ、打たれたら悔しいし、少しでも良くなりたいという気持ちがある。それがなくなったら、アリゾナに残るなんてことはしてないし、やらなきゃいけないと自分が思えているのがいいのかなと思う。

 またクビかよって腐って終わるなら、もう野球をやっててもしょうがない。自分なりに考えて、まだ野球に対してちゃんと向き合えているから」

 田澤のマイナー合流後、カブスはさらに4人のマイナー投手をメジャーに昇格させた。

 その中に「Junichi Tazawa」はなかったが、昇格したほとんど全員のマイナー投手が数日のテスト期間を経て、マイナーに降格している。

 その間、田澤はさらに3試合に登板して計5試合3安打1失点(自責点0)。

 逆境だらけの春が過ぎ、ほんの少しだけ、いい風が吹いている。

文=ナガオ勝司

photograph by AFLO