一般的なチームの攻撃は、混み合っている中央を迂回し、サイドへボールを運んでから、次の一手を探るのが常套手段だ。

 クロスを上げてもいいし、突破力があればドリブルを仕掛けてもいいし、相手の目線をうまくずらすことができたら一気に斜めのパスを出してゴール前へ迫ってもいい。

 いい手が見つからなかったら、バックパスと横パスを交えて逆サイドにボールを移し、再び同じことを繰り返す。どのリーグでも、よく見かける典型的な“ポゼッション”の光景だろう。

 攻撃にはスペースが必要だ、という考えが土台にある。

 しかし、名古屋グランパスを率いる風間八宏監督の頭の中には、まったく別の絵が描かれている。

風間サッカーの異様さ。

 スペースへ逃げず、自ら密集をつくり、そこに飛び込んでどつき合いを挑むというクレージーなサッカー。グランパスの“いい時間帯”を見れば、その異様さは一目瞭然だ。

 ペナルティエリア付近に7、8人の選手が押し寄せて極度の密集をつくりだし、そこへボールを送り込む。少しでもトラップミスしたら、すぐに奪われるような敵との距離感だが、選手たちに躊躇は見られない。

「止める・蹴る・運ぶ・外す」の4大技術を大切にしているという点では、川崎フロンターレ時代から変わりはない。そういう選手としての基礎を、風間監督は「絶対」と呼ぶ。

 だが、絶対は保ちつつ、ペナルティエリア付近の人数の掛け方が度を越している。川崎時代も十分に攻撃的だったが、それを別のロジックによってさらに過激にしようとしている。

 風間監督が名古屋に来て3年目、いったいどんなサッカーを創り出そうとしているのか?

 5月、Number本誌の企画で風間監督にインタビューする機会を得た。テーマは「天才論」だったのだが、自ずとグランパスの話につながっていった。今回はそのときに聞いた内容をもとに、風間サッカーの“翻訳“を試みたい。

システムではなく「枠」。

 大前提として、風間監督はこう言い切る。

「そもそも私の頭の中に、システムはないんですよ。枠組でしかない。全員がストライカーであっていいし、全員がDFであっていい。逆に言うとゲームメイカーもいないし、中盤の選手もいない。つまりポジションの概念もゼロなんです」

 この「枠」というのは、名古屋に来てから生まれた新たな風間語録の1つだ。

 狭いエリアに敵を閉じ込めるイメージで、たとえボールを失っても「枠」から出る前に奪い返してしまう。

 実際の試合では、左センターバックの丸山祐市が最後尾に位置し、その斜め前にボランチのジョアン・シミッチと右センターバックの中谷進之介がいることが多い。それ以外のフィールドプレーヤー7人が、ペナルティエリア周辺へ押し寄せて行く。

 左サイドバックの吉田豊と右サイドバックの宮原和也が「枠」の両端となり、2トップのジョーと長谷川アーリアジャスール、左右MFの和泉竜司(もしくはマテウス)とガブリエル・シャビエル(もしくは前田直輝)、ボランチの米本拓司が内部で自由に動き回る。

名古屋のロンドは格闘技。

 ライカールトがバルセロナを率いてCLを制した時代、ロナウジーニョ、デコ、エトーがピッチを自由に動き回り、そのサッカーは「巨大なロンド(ボール回し)」と形容された。太鼓を叩きながらダンサーが踊っているようなド派手なサッカーだ。

 今の名古屋はそのロンドのエリアを、さらに狭いエリアにぎゅっと押し込んだ感じである。息ができないような早い展開になり、ダンスよりも格闘技に近い。

 特筆すべきは中谷の動きだ。枠ができるまでは丸山と最後尾を固めているのだが、枠ができたと判断すると、ときにサイドバックかのようにライン側に近づいてパス交換に参加し、ときにトップ下かのように最前線へ走る。“エキストラプレーヤー”として驚きを与える。

 あくまでこれは“よくある形の1つ”で、シミッチが後ろに残って丸山が前へ走ることもあれば、中谷が残ることもある。決まった形は存在しない。風間監督は「アメーバのように変化する」と表現する。

「それぞれ役割が決められているわけではなく、枠の中で全員が流動的にどんどんボールに絡んで行くサッカー。常に流れに乗れることが大事になる」

新加入マテウスが肉離れするほど。

 このとき選手たちに求められるのがプレーの連続性だ。

 枠の中では1プレーに許される時間はごくわずかで、「縦パスを出す」、「ドリブルで運ぶ」、「ワンツーで抜け出る」といった選択を瞬時に行い、次のプレーに移らなければならない。そのためには全員のコミットが必要だ。

 また、相手に枠から逃げられるとカウンターを食らってしまう。フィールドプレーヤー全員がセンターラインを越えているためオフサイドも取れない。うしろでオーストラリア代表GKのランゲラックが控えているとはいえ、相手を脱出させてはならない。

「うちの場合、もはや攻守の切り替えという概念はないんですよ。プレーの連続と呼んでいる。枠を変えないようにやっているから、ボールを失っても押し上げるのが速いし、戻るのも速い。今季加入したマテウスはこんな動きをしたことがなかったから最初は肉離れを起こしてしまいましたが、ようやくこのスピードに頭も体も慣れて流れに入ってこられるようになりました」

練習場で響く「こだわれ!」。

 では、もし狙い通りに相手を枠に入れられたら、何が起きるのだろう? 普段20人が狭いエリアに集まるような練習は、ほとんどのチームがしていない。一方、名古屋はしている。優位に立てるのは、その状況を日常にしているチームだ。

「枠でつくる距離感の中で、いつも自分たちは練習をしている。多くのチームはその距離感では練習していない。もし自分たちがその中でサッカーをできるのであれば、相手は対策しようがない。自分たちがフィールドの大きさを決めて、相手をそこに引き込む。こうなったら、もはやシステムのマッチアップなんてないんですよ」

 もちろん密集地帯に引きずり込んだだけで崩せるほど、サッカーは簡単ではない。相手がパニックになる中、きっちり仕留めるには、自分たちの「止める・蹴る・運ぶ・外す」の4大要素を追求し続けなければならない。

 グランパスの練習場へ行くと、風間監督のこんな声が聞こえてくる。

「こだわれ!」

 基礎の質にこだわれということだ。

 特に「外す」(ボールを受ける前のアクションで、相手に動きの矢印を出させ、その逆を突く動き)に関しては、求められるものが川崎時代とは異なるものになっている。

 また、今季はワンツーがおもしろいように決まり、それが攻撃のさらなる加速につながっており、そのロジックも昔とは異なる。

 それらのメカニズムの詳細については書くのは控えよう。ぜひ試合を見て、秘密を紐解いてみて欲しい(選手全員を見渡せるので、スタジアムの方がわかりやすい)。

「ないものを考えた方がおもしろい」

 筆者の知る限り、こういうサッカーはヨーロッパでも見たことがない。そう伝えると、風間監督に一喝された。

「どこかを真似する気もないし、参考にしようとも思っていません。大事なのは自分の発想。他から勉強しようとしたら、どこにもないものを生み出せなくなる。ないものを考えた方がおもしろいですよね? だから自分の過去からも学ばないんです。自分の過去はすでに“ある”ものだから」

 どこにもないものを生み出したい――。グランパスの試合を見ると、まさにその思いと情熱が伝わって来る。

 まだ枠の外に逃げられて失点したり、そもそも枠をつくるまで至れない時間帯もあり、苦しむ試合もある。13節に松本に0−1、14節に仙台に1−3で負けて2連敗し、一時は2位につけていた順位を4位まで落としてしまった。ジョーがルヴァンカップの神戸戦で負傷し、松本戦前に離脱したことも影響しただろう。

 ただし、「どこにもないもの」が簡単にできるわけがないのだ。

「設計図を用意すれば、そこに選手が当てはまって安定はするでしょう。でも、我々は設計図をつくらない。今は平屋かもしれないけど、気がついたらビルを目指しているかもしれない。ドームになるかもしれない。選手たちはそれだけいろんな可能性を持っているから。過去は関係なく、前へ進み続けていきます」

 訳がわからないものに、人は興味を惹かれやすい。昨季、グランパスは平均観客数のクラブ記録を更新した。今季、さらにそれを更新するだろう。

文=木崎伸也

photograph by Keiichiro Natsume