101回目の夏は、甲子園常連校の八戸学院光星(青森)と激戦区・愛知を勝ち上がり、直前に行われた開会式で選手宣誓を務めた初出場の誉の対戦で始まった。

 その始球式を任されたのが井端弘和氏。元中日、巨人で活躍し、長らく巨人のコーチも務めた。現在は侍ジャパンの内野守備・走塁コーチであり、強化本部の戦略担当も兼務している。

 来年の東京五輪への機運をさらに高めることが、日本高野連が依頼した理由のひとつだが、井端氏は「野球の神様がくれたプレゼント」だと快諾してマウンドへ上がった。

 登板が決まってから「みっともない姿は見せられない。キャッチャーミットめがけ、必ずストライクを投げます」とキャッチボールを重ねていたというだけあって、セットポジションから投じた1球は、見事に左打者の内角低めに決まり、今夏の甲子園は始まった。

「滝のような雨」で中断。

 現役時代に何度もプレーした甲子園ではあるが、井端氏は球児としても甲子園に出場している。当時は西東京に属していた堀越高は、1993年の第75回大会に出場。開幕日の第3試合に行われた西条農(広島)との1回戦は、1−0で逃げ切った。現時点で堀越高の甲子園での勝利は、これが最後である。

 続く2回戦の対戦相手は鹿児島商工。実力校同士の激突とはいえ、まさか大会史に残る試合になろうとは、誰も思わなかったに違いない。

 結論から書くと、鹿児島商工が3−0で堀越高を下した。どうということのないスコアだが、問題は8回表無死一塁。鹿児島商工の攻撃中をもって、試合が打ち切られたからだ。今でも動画サイトで見ることができるが、いわゆる「滝のような雨」。審判団が続行不可能と判断したことはうなずける。

 成立条件である7回は終えており、降雨コールドゲーム。甲子園にも実は「コールド」はある。第70回大会の滝川二(兵庫)対高田(岩手)以来5年ぶりだったが、戦後2試合しかない。極めて珍しい形で、井端氏の高校野球は幕を閉じた。

もしも、試合を続行していたら……。

「プレーボールから空模様は怪しかったんですよね。あっという間にグラウンドは湖みたいになっちゃって、負けを覚悟して泣き出す仲間もいたし、それを励ます仲間もいて……。自分は気持ちだけは切らさないようにって思っていましたね」

 3回裏に続く2度目の中断は、24分に及んだがその後の天候回復も見込めなかった。仮に試合が続行されていたとしたら、8回裏の攻撃は7番打者からだった。1番だった井端氏には「雨に流れた1打席」があったということだ。「どんな形で回ってくるのか、想像していたんですよね」と話す井端氏だが、それ以上に心に残っていることがある。

「僕は幸いなことに大学、プロと野球を続けることができましたが、中には高校野球が最後という仲間もいました。負けることは残念ですが、仕方ない。ただ、ああいう形だとよくある最後のヘッドスライディングや、控えメンバーの代打や代走、相手チームの校歌を泣きながら聴くなんてことはすべてなかったんですよ。

 審判の方がホーム付近に出てきて、ゲームセットと言って終わりですから。あの状態では土も持ち帰れません。記憶では、後日関係者を通じて送っていただいたんですが、やはり仲間とベンチ前でかき集めるのがいいといいますか……」

甲子園にコールドゲームは必要か。

 勝者の儀式だけでなく、敗者のさまざまな権利も雨は流したということになる。地方大会の得点差によるコールドゲームには、選手の体調、健康を守るという目的もあるだろうが、甲子園には必要かという声は根強い。

 とりわけ、ゲリラ豪雨など天候の急変は大いに予測されるところ。この試合は、雨脚が強まるのがあと10分早ければ、堀越高の7回の攻撃が終了しておらず、ノーゲームとなっていた。翌日に1回から始めるのだから、それはそれで非常に非効率的だし、もしも堀越高が勝てばリードしていた鹿児島商工の悲しみは1敗以上のものとなっていたはずだ(実際、そうした例はある)。

 かといって降雨コールドはあまりにも情が無い。合理的かつ常識的なのは打ち切った上で続きをやるサスペンデッド制の導入だと思うのだが。

「雨に負けたんだよな」

 余談だが堀越を7回「完封」した鹿児島商工の投手は、2年生だった福岡真一郎。高校野球ファンには懐かしい名前だろう。校名が「樟南」に変わった翌年の第76回大会で、惜しくも佐賀商に敗れたものの、準優勝投手に輝いた。そして今年、その息子・大真が筑陽学園(福岡)の4番打者として、春に続いて夏も甲子園に帰ってきた。

「今も当時の仲間とは会いますよ。この年齢になると家族や仕事の近況報告が中心ですが、やはりあの試合は相手じゃなく、雨に負けたんだよなって話にもなります」

 こんなふうに語る井端氏もそうだが、白球の絆は太く、長くつながっていると感じさせられる。

文=小西斗真

photograph by Kyodo News