待ちに待ったときが近づいている――。

 9月14日、レスリングの世界選手権がカザフスタンで開幕する。

 各階級で行なわれた激しい代表争いを勝ち抜いた女子選手たちの中、初めての出場となる1人の中堅選手がいる。

 50kg級の入江ゆきである。世界選手権期間中に、27歳の誕生日を迎える。ようやくつかんだ大舞台の切符だ。

 入江は中学時代から全国大会で優勝するなど、早くから将来を嘱望される存在だった。にもかかわらず、大舞台にたどり着くまでの長い時間には、紆余曲折があった。

 中学卒業後も、おおよそ順調に階段を上り、シニアの全国大会での表彰台に立ち、2012年には世界ジュニア選手権で優勝するなど、入江は実績を積み重ねていった。

 ただし、オリンピックや世界選手権などの世界大会には、縁がなかった。

ライバルがひしめく女子軽量級。

 まずは、入江が戦う女子の最軽量級は、熾烈を極めたことがあげられる。

 階級の区分けが変更される前の48kg級には、2012年ロンドン五輪で金メダルを獲得した小原日登美がいた。金メダルという成績は無論のこと、その技術をはじめとして、女子レスリングの歴史に名前が刻まれる屈指の名選手である。

 小原が第一線を退いたあとは、入江が名乗りを上げるチャンスだった。

 だがそこに、新たに台頭した選手がいた。登坂絵莉だった。もともと入江は、登坂に対して、圧倒的な差といっていい対戦成績を誇っていた。なにしろ、登坂に対して無敗だったのだ。

 ところが、ロンドン五輪後に行なわれた全日本選手権、翌年の全日本選抜選手権と、立て続けに登坂に敗れる。小原にとってかわり、名乗りを上げる好機を逃した。

 対照的に、一気に台頭した登坂は2016年リオデジャネイロ五輪で金メダルを獲得する。

登坂絵莉の次は、須崎優衣が。

 リオ五輪が終わり、巻き返す機会が再び訪れる。リオ五輪を目指していた入江には「今度こそ」という思いがあっただろう。だが、'17年、'18年世界選手権代表を立て続け逃すことになった。

 新たに壁となったのは、須崎優衣だった。'17年、'18年と世界選手権を連覇し、一気にこの階級の第一人者となったのだ。

 入江にチャンスがなかったわけではない。'18年の世界選手権代表は、規定により、須崎と入江のプレーオフの結果で決まることになっていた。だが大事な試合でリードしながら、試合終了15秒前に逆転負けを喫した。しかも第1ピリオドで4−0と勝利に近づきながらの、敗北だった。

 このとき、入江はこう反省の弁を口にした。

「もっと自分から攻めていけたら……。自分が弱かったです」

 攻めていく姿勢を忘れないことが大切と知りつつ、身体の反応は異なった。

 どこか勝ちきれない姿に、日本の上位に常にいつつ、入江は1番手になれない、そんな目も向けられるようになった。

「最後まで攻めきる」姿勢。

 迎えた今年の世界選手権代表争い。選考対象の昨年末の全日本選手権で優勝して優位に立ち、今年6月の全日本選抜選手権でも優勝すれば、自動的に代表に決まることになっていた。

 ところがこの大会での須崎との一戦で、終了2秒前に逆転負けを喫する。

 前戦と、いわば、同じ展開だった。「ここまでの選手か」。そんな声も聞かれた。

 だが、そうではなかった。代表の座を決する須崎とのプレーオフで、入江は見違えるような動きを見せ、6−1で勝利。ついに、世界選手権代表をつかんだのだ。

 過去の失敗を、「守りに入ってしまったこと」と分析。「最後まで攻めきる」という決意でマットに上がり、実践した結果だった。

「まだ五輪が決まったわけではない」

 人と人が直接戦う「対人競技」の場合、日々磨いた技術や体力がベースであるのはむろんのこと、相手の研究と対策、そして「気持ち」が重要な要素となる。拮抗した関係では、それが優劣を生む。

 現在、東京で行なわれている柔道の世界選手権でも、それは明らかだった。

 例えば、初日の男子60kg級で勝ち上がったのは、各国では「2番手」と目されている選手たちであった。必死さが、1番手を上回る躍進につながっていた。

 入江もまた、上位の選手である一方で、トップに立てずにいた。

 今年の世界選手権でメダルを獲得すれば、五輪代表内定となる。裏を返せば、世界選手権出場を逃すと、東京五輪への道は遠のく。ずっと追い求めていた舞台に立つために、最後の最後の機会で、ついに自身の殻を破っての、世界選手権への切符だった。

「まだオリンピックが決まったわけではないですし、世界選手権は初めてなので、びびることなく、戦えるよう準備したいです」

 挑む気持ちを保持できるかどうか。

 遅咲きのレスラーは、あらためて自身と向き合いながら、大舞台に向かう。

文=松原孝臣

photograph by AFLO